第33話:帰り支度を済ませたら

「こじつけですけど何か悪い?」

「開き直ったよコイツ。というかお前俺のこと師匠と呼ぶんなら早くこの枝を退けろ」

「さっきも言ったけど私は貴族だから良いの。それに勝負してくれるって言うまで退かさない」

「我儘過ぎん?」


プクッと膨れて可愛い顔してはいるがやってることはえげつない。こんな行為が『貴族だから』ってだけでまかり通ったら世も末だろう。というか正直言って俺とティナが戦う意味なんてないし、ティナ自身が戦いたいだけって言うなら少なくとも今この場ではない気がする。いや、気がするじゃなくて絶対にこの場ではない。


つまり、俺が選ぶべき選択肢は……


「……分かった、戦おう」

「やった!……いや待って。その言葉に本当に嘘はない?」

「嘘じゃない嘘じゃない。戦うと誓おう」

「本当?」

「ホントホント」

「……帰ったら嘘を見抜く魔法とか教えてくれない?」

「あるけど禁忌だから駄目」


そんなやり取りの末に俺の言うことを納得してくれたのか、枝をポイッと捨ててようやく開放してくれた。


「ふぅ。それじゃ、少し片付けるから外で待ってて」

「分かった」


納得したようで何より。

そう思いながらティナの背中を見ていると、前触れもなくいきなり振り向いてきた。


「帰ったりしないよね」

「するかボケ!そもそも俺がこの場に来たのもお前を連れ戻すためなんだぞ」

「……それもそうか」


あまりに鬱陶しかったため思わず声を荒らげてしまう。

だがそのおかげか、俺の気持ちが伝わったようでようやく外に出てくれた。


「さて……」


その姿を最後まで見送ったのち、俺はゼクスの方へと振り返る。


「もうそろそろお別れだ。久しぶりに会ったけど楽しかったよ」

「えっ、お前ら知り合いだったの?」

「そうじゃなきゃこんな仲良くしてないよ」


シアの問いに、ゼクスが苦笑いしながらツッコむ。


「俺等は師弟関係にあるんだよ。勿論俺が師匠でコイツが弟子。いやぁ〜あの時は可愛かったなぁ」

「そりゃあ十歳の子供はいつでも可愛いもんだろうがよ」

「そういうことじゃないよ。言葉遣いとか諸々のことさ」

「……ま、十年も時が経てば人間色々なことを経験してるもんだ」

「それは……」


そこで一度会話は途切れる。

俺もそれを皮切りに帰りの準備を始める。


「ご主人?」


背中からシアの心配そうな声が聞こえた。それだけでもゼクスに何かしらの変化があったことが伺えるが、俺は黙々と帰り支度を進める。


そして全てのものをバスケットの中に入れ込んだところで、ようやくゼクスから次の言葉が聞こえてきた。


俺の、本当の名を呼ぶ。


「なぁ、。お前に一体何があったんだ?お前の魔力はもっと―――」


だがそこまで言葉を紡いだところで、横からシアの純粋無垢な疑問の声に遮られた。


「クイナ?シークじゃなくて?」

「あ。……シア。よく聞け。……あ、いや……クイナ。コイツにはお前の正体、バラしても良いか?」

「そいつが絶対にバラさないって保証するなら」

「……分かった。バラさせないと誓う」


俺は振り返りながら、さっきまで俺たちが腰を下ろしていた敷物を魔力を使って浮かび上がらせる。そしてとある魔石を次元収納口ポケットから取り出し、片手で砕く。

そこから漏れ出た魔力を使用し、その敷物の裏に元々描かれていた魔法陣にその魔力を流し込むことで魔法を発動する。


使う魔法は、防音対策の“土魔法:衝撃吸収”の完全な上位互換。


「“風魔法:大気の凪エアー・ロック”」


魔法陣が淡く光る

魔法は、発動した。


ゼクスの方も、魔法が発動したと確認してから話し始めた。


「コイツの本当の名前はクイナ=エシハ。魔法師協会の最上位称号『賢者』の一つに名を連ねる『土の賢者』だ」



















「おーい。待たせた?」

「遅い!先に帰っちゃったかと思ったけど……確かにちゃんと約束は守るらしいね」

「俺の信頼低いなぁ。ゼクスたちに別れを告げて来たんだよ」

「……ん?」


俺の言葉に何か引っかりを感じている様子のティナに、俺は次元収納口ポケットから緑色の魔石を取り出して目の前に見せつける。


「ここで一つ豆知識。さっき俺は属性魔法はそれぞれ個人に適した魔法しか発動できないと言った。だがしかし、俺らの業界では結構有名な抜け道が存在する」


それを右手で握り直し、パキンと砕く。


「それが特定の魔物の魔石を使うことだ。よく見てろ」


そう言って、俺はその漏れ出た魔力を使用し、その魔力でわざわざ空中に魔法陣を投影させる。そして残りの魔石の魔力で魔法を発動。


「“風魔法:浮遊”」


そう唱えたのち、俺は重力という枷から解き放たれ地面から数メートル浮かび上がる。


「お〜〜〜!!そんな裏技が……というかそんなことできるなら始めから言ってよ!!」

「こんなの教えてもそれなりの魔力操作の技術レベルまで達しないと発動すらしないし、出会って初期で教えても意味ないからな」


魔法を発動させたまま、そのまま俺は高度を上昇させる。そして俺はをこの目で確認したのち、ティナへと告げる。


……一時の別れの言葉を。


「それじゃ!!」

「は?」


エルヴァレイン邸のある方角へ方向転換。からの空中移動を決行。

別れは告げた。そしたらやること唯一つ。

戦闘なんてせず帰宅、である。……うしろから何か聞こえているが、今は別に振り返る必要もない。

恐らく多分、鬼の表情をして追いかけて来るのだろうし。



















「あんの師匠!!逃がすかっ!」


いや、私自身もいつかは逃げるんじゃないかと予想はしていた。……していたがあまりにあり得ない方法だし、まさか始める前に逃亡するとは思ってもいなかったので、思わず反応が遅れてしまう。


その心は、騙され半分。もう半分は、空を飛ぶ、という行為が自分にもできるのだという可能性への期待を胸に懐いて、彼女は追いかけようとする。


……が、しかし、


「ま、待て!!」


意識の外から聞こえてきたソプラノの叫び声に、駆け出そうとしていた足が止まる。


「シア!?」


勢いよく振り返って見た場所には、確かにシアとその付き添いであろうゼクスが側にいた。

息切れをしながら短い足を必死に動かしてこちらに向かってきている様に思わず心がときめくが、今は何分急いでいるのだ。


「い、急いでるから何かあるなら早くして!」


その私の言葉に、シアは足を止める。

そしてシアは大きく息をすい、


「ティナー!!」


まだ私のいる場所とシアのところとではまだまだ距離は離れているが、それでも十分過ぎるくらいの声量で私の愛称を叫ぶ。

そして前に拳を突き出して、満面の笑みで言う。


「頑張れ!!」


思わず息が止まる。


さよならの挨拶でも、再開の約束でもなく、ただ一つ。

頑張れ、と。


彼女は最後まで激励を送ってくれているのだ。


「うん!!」


だったらこちらも返す言葉はそれに対応するものだけでいい。

余計なものはいらない。


「頑張る!!」


こちらも拳を突き出す。


……さぁ、応援の言葉はもらった。


深く深呼吸をして、行くべき方向を見据える。

そして少しだけ足元を見て躊躇いの気持ちが生まれるがすぐさまそれを一蹴し、その刹那、


部屋着用のスカートを腰の辺りまで遠慮もなしに引き裂く。


これで走りやすくなった。

さぁ、行こう。



















「いや……あのお姫様早すぎんだろ」

「噂じゃエルヴァレイン家の次女が時期剣聖を受け継ぐらしいよ」

「ホント?……えっ?その話が本当なら……」

「俺らをボコボコにすることも可能だっただろうねぇ」


エルヴァレイン家の剣聖の名は国内外問わず、結構な認知度を誇っている。


遥か前に行われた、魔王と初代勇者との戦い。『初代人魔大戦』と呼ばれているそれで大きな活躍を上げた剣の使いが居た。

それこそが先代エルヴァレイン家当主である『エバンス=エルヴァレイン』その人である。


「話によるとエルヴァレイン家は特殊な剣術だったり、怪力の一族だったりなどでは全然ない。まぁ、今代の剣聖はまた違うらしいが。……彼らが持つ力は技術にあるらしい」

「技術?」

「そそ、ただの技術。しかもそれは剣に限った話じゃない。……身体を動かす技術だ」

「身体……」


そう呟きながら、シアは自分の両手を見つめる。

その動きをチラリと横目で見て、ゼクス自身はティナが駆けていったその先を見る。


「さっきの走りだってそうだ。『走る』という行為に含まれる無駄を全て省き、どのタイミングでどの身体の部分に力を入れて、どの体勢で足を動かすか。走るという動きの最終形かつ究極がまさにさっき見たアレ」

「はぇ〜」


今はもう見えないティナの背中から視線を外し、シアの目線へと合わせる。


「こんな動きだってそうだ」


そう言って、俺はゆっくりとした動作で握った拳をシアの胸へと当てる。


「恐らくだが……、足を強く踏み込んでその際に生じた前へ向かう力の方向を拳に乗せて、それに呼応するように腰を捻り、前へ向かうスピードを加速させるために足の筋肉に最適な力を入れ、それら全てが一つの糸で繋がるように上半身を曲げ、手を握る。……もっと何かしらの必要不可欠な動きはあるんだろうけどなぁ」


長ったらしい説明が終わると同時にシアの胸に当てていた方の腕を全力で脱力させる。


「……なんだか頭がこんがらがってきたな……。……さっきの話もあるし」

「アレは……彼が許可するまで墓まで持ってくつもりでいろよ」

「私が死ぬのまだまだ先なんだけど。少なくとも彼よりかは先には死なない」

「ところがどっこい。数年前にどこかの学院で行われた研究では肉体と魔力はかなり深く密接に関係していることが分かった。そこからの結果から察するに魔力を操作できれば肉体の改造なんてこともできるかも……。そして彼ほどの魔力操作技術があれば寿命を伸ばすなんてチョチョイのチョイかも」

「……さっきの話聞く前だったら鼻で笑えたんだけどな」


頭の中で、さっき彼から聞いた言葉が反芻する。


『俺は他の奴らに比べたら魔力保有量も圧倒的に少ないし魔法のバリエーションも低い。だが俺の力はお前らを殲滅することなんて容易い。……一応釘は刺しといたぜ』


身震いを起こす。

彼の言葉は本心ではないことは心を読んで分かっていた。

……いや、違うのだ。身震いを起こしたのは……だから……だからこそ。


その言葉自体に嘘がない、ということにも心の底から気づいてしまったからなのだ。


「(本当に……頑張れ、ティナ)」





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