第31話:少なくとも師匠の登場の仕方ではない

「言いたいことはそれだけか?」

「……っ!……そう、だな言いたかったことはもう言えた」


思わず息が詰まった。

だってその顔には、


「師匠、やっぱその癖直したほうが良いよ」

「癖?」

「……………………それ」


思わず目を伏せてしまう程の歪んだ笑みが浮かんでいた。


「……そうか」


師匠は、それだけを言うといきなりティナたちの方へと歩いていった。


「お、おいっ!」


その声に、ゼクスは止まってゆっくりと振り返る。


「大丈夫。もう殺そうとは思わない」


その顔にはもう先程のような狂った笑みはなく、俺が昔よく見ていた疲れ果てた無理した笑顔をこちらに向けていた。

その顔を見た瞬間、言いたかったことが全て吹っ飛んでしまった。


「……っ」


懐かしいその笑みはとても心が苦しくなる。

その背中が離れていく、何か言わなきゃいけない。ここだけは絶対に面倒くさがってはいけない。

そう思った時には、俺は既に駆け出していた。


その先はゼクスの背中……ではなく、


「ちょっと待ってて!!」


これから彼とともに歩んでいくであろう魔物―――シアの元へと。



















「ぜぇ、はぁ……!……はぁ」


ん?遠くからなんだか荒い息遣いが……。


「息遣い?」


私の心の声に、シアが疑問の声を浮かべる。

そして私達はその声のする方に、ほぼ同時に振り向くと、


「師匠!?」「誰だお前!?」


ティナとシアの二つの声が重なり辺りに響き渡る。

その声に俺は息を絶え絶えにしながら反応する。


「はぁ……!……はぁ、ちょ、ちょっと待って……!息が……!……っはぁ……!」


よろめく足止めでティナたちの前に歩くと、一歩二歩と寄っていった挙げ句。

バタン、と地面へ座り込んでしまった。


「(あぁ、体力が……!き、鍛えようかな……)」


最近の移動範囲がエルヴァレイン邸の中か領都内でしか移動していなく、それも今回のように走って行動することが殆どなかったため体力が低い低い。

この場まで駆けつけたのだって、領都を出てからは人気のない場所の移動は全て唯一の魔法オリジナルマジック産のゴーレムに頼り切っていたし。


「大丈夫?師匠」

「はぁはぁ、……っ、だ、だいじょぶ……」


あ、頭に酸素が……!思考が巡らないし視界がボヤける!

十回くらい深く息を吸って吐いてを繰り返し、ようやくまともに周りが見られる状態まで戻ったところで……


「あれ?師匠?」


ようやっと自分のことを名前ではなく師匠呼びになっていることに気がついた。

俺のその言葉に、ティナ自身今更気がついたらしく、「あっ」という声を上げてから突然顔を赤くしてモジモジし始めた。


「い、今のなし!シーク!師匠じゃなくてシーク!」

「……別に……師匠呼びでも良いんだけど。というか寧ろ……そっちのほうが俺からしたら馴染みがあって好きだけど?」


今までずっと自分自身がゼクスのことを師匠と呼んでいたことから物珍しさはあるが、不思議とそれがしっくり来る。

というか師匠と呼ばれたい感も全然ある。

だって師匠よ?師匠っつったら弟子を教える代わりになんでも言う事聞いてくれるアレでしょ?(多分違う)。それに師匠となったら敬われる立場になるわけで…………、


「(でもやっぱ人に教えるのめんどかったな)」


唐突に我に返る。

教えるのは嫌いじゃないけどいかんせんめんどっちぃ。


なんて怠惰的且つ、ティナの思考に似てきたのか自己中心的なことを思っていると、


「じゃあこれからは師匠で」


先程の乙女の―――剣聖より強い乙女だが―――恥じらいはどこへやら。人が変わったように遠慮が無くなってしまう。


「……慣れが早いと言うべきか」


その様子を見て思わずそんな言葉を漏らす。

ま、そもそもとして『シーク』って名前も偽名だしね。

と、言う感じで両者の会話もそこそこに、そこに居心地悪そーにゆっくりと手を上げる狐っ娘が一人。


「なぁ、イチャイチャするの止めてそろそろオレのことも構ってほしいんだが?」

「お前にはこれがイチャイチャしているように見えたのかよ……」

「そうだよ。それに私婚約者いるし」

「へー、そうなん―――」


…………ん?


「……うぇっ?」


………………………………、


……………………、


…………、


……、


「「はぁ!!??」」



















「……とっ!取り敢えずそれは後で聞くとして……今はこっちの件について―――」


と、いち早くその動揺から抜け出した俺は目下の問題を解決するためにシアの方へと向き直るが、


「バッカ!そんなことよりもこっちの方が気になるだろうがよ!」

「そ、そりゃあ気になるが……!…………気になるなぁ……!」


突如投下された爆弾に俺は抗おうとはした。だが抗えなかった。

そんな心の弱い俺たちは―――クイナに至ってはゼクスのことを待たせているということを自覚しているのに、だ―――一斉にティナへと詰め寄った。


そこからはやんややんやの押し問答が続き、なんだかんだで時刻はもう既にお昼を過ぎていた。

そして暫く続いた質疑応答の数々も沈静化していき、決定的な終わりを告げたのはシアのお腹から鳴った、クゥ〜、という可愛らしい音だった。


「しっ、仕方ないだろっ!朝ごはん食べてなかったんだから……」


お腹を抑えながら、それと同時に可愛らしく口を尖らせる。

それとは正反対に、


「というか私もお腹すいた。シーク、何か持ってきてないの?」


と、それに釣られてか自分もお腹の音が鳴ってしまったにも関わらず淡々と報告と要求をするティナに、呆れながら答える。


「俺はティーゼさんやスチュワーデスさんみたいにそんな万能人間じゃねぇんだぞ」


俺のその返答にわかりやすく肩を落とす。

が、


「……たーだ、俺が万能人間じゃないってだけであの二人は万能人間に該当する」


が、次に放たれたその言葉に跳ねるように反応する。


「もしかして……?」

「そのもしかして」


そう言うと、俺は掌を上に向けて、まるで両手で何かを持つような動作を取る。

その変な格好に、二人して首をかしげていると……



突如!上から籐のバスケットがその両手に吸い込まれるように落ちてきたではないか!



「ほい、ティーゼさんが用意してくれた朝ごはん。それと……」


そして今度は両手で持っていたバスケットを片腕で抱え直すと、空いた方の片手を次元収納口ポケットに突っ込み、


「ほいっと」


気を利かせて、腰を下ろしても良いように大きめの敷物を一気に取り出す。取り出した敷物はフワッと宙を舞い、綺麗に一つのシワもなく地面へと着地する。


そこに俺は「よっこいしょ」というジジくさい声とともに座り込む。


「ん?どうした、食べないのか?」

「……えっ!?あっ、食べる食べる!」

「…………えぇ……」


見方を変えれば魔法よりも魔法みたいなことをしているクイナに向けて、未だに衝撃から抜け出せていないシアは呆然と立ち尽くすしかできなかった。


その間に、クイナはとある人物に向けて呼びかける。


「師匠!待たせてごめん!一緒に食べようぜ!」


その言葉にいち早く反応したのはさっきまで呆けていたシアだった。


「ご主人!?」

「いやぁ、遅いな〜、まだかな~ってずっと待ってたよ」


飄々とした声とともに、何ら変わりないゼクスがさっきまで俺がいた場所から現れる。


「ちょっといつから見てたんだよ!?」

「案外初めの方から―――」

「なっ、ならもっと早く出てきてくれよ!ちょっと気まずかったんだからな!」

「あそこのシーク君と」

「アンタもかよ!というか今更だけどアンタ誰!?」

「ほんとに今更だな。ま―――」


そこで言葉を切り、手招きしながら、


「取り敢えず食べながら話そうぜ。うちのお嬢様が待ってんだから」





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