第30話:謝ることの意義
「どうかしたのか?腹でも痛いのか?」
不意にシアが隣に座りながら俯いた私の顔を覗き込んでくる。
「……ううん。なんでもない」
心の中がバレないように、取り繕うようにお得意の笑顔を浮かべる。
「そう……か」
それを見たシアはそれ以上は何も言わなかった。
ちゃんと、誤魔化せたかな。
「(……いや、もうそうじゃないって分かってる)」
ほんと、どうしてこんな場所に鏡なんてものがあるんだろう。
ああ、なんて下手くそな笑顔。
「下手な演技だな」
唐突に、後ろからそんな言葉が聞こえてくる。
あまりに自分の思考に当てはまるそのセリフに、苦笑いしかできない。
「普段は、もっと上手なんだけどね」
「……なぁ、お前はオレら陽ノ狐の秘密の力を知ってるか?」
なんの脈絡も無く、いきなりそんなことを聞いてきた。
陽ノ狐、という聞き慣れない単語が聞こえてきたが、それには反応せずに私は後ろをゆっくりと後ろを振り返りながら、小さく首を横に振る。
「読心」
読心……ってことは今私が考えてることも?
「あぁそうだ。因みに頑張れば深層意識まで読み取れる」
そんな絶対に誰にも言ってはいけないことをそんなあっさりと……。
「仕方ないだろ。お前がそんな今更みたいなことでうじうじ子供みたいに悩んでるから悪いんだよ」
「(…………)」
「お前器用なことするな。心の中でも完全に口を噤むなんて」
「君はプライバシーというものをご存知?」
「オレは魔物だからそんな人間社会特有の概念なんか知らねーなぁ」
よ、幼女に言い返されてる……!
「まー見た目はこんなんだけど実年齢はお前より結構年上なんだぜ?」
「だから心読まないでよ……」
終始ニヤニヤと受け答えをしているシアに、思わずため息を吐いてしまう。
「さっきも言ったけど、そんな下らないことで悩むお前が悪い。理由はそんな暗い思考をずっと聞かされているオレの身にもなってみろ。こっちまで気分が悪くなる」
「……ごめん」
特に何も悪くもないに謝ってしまう。
というかそういえば謝罪の言葉を吐いたのも久しぶりだ。
「……お前どんな生き方してきたんだよ」
「私は君の言う通り我儘娘だからね。自己中に、我儘に、そして貪欲に行きたい道を頑張って歩いてきた」
シアのツッコミに、私はこれまでの生き方を堂々と胸を張って答えた。
私は天才と言われるだけあり、大抵のことは頑張らなくてもやればできる。
だから私は大抵のことを頑張ってきた。自分の思うがままに事が運ぶような力を身につけるために、できることのそれ以上を目指すために私は努力を続けてきた。
その過程で謝るという行為が必要でなかっただけ。
「ふ〜ん」
もっと細かく言えば謝ることが起きないように頑張ってきた。
それは誰だって怒られるのは嫌だろう。そしてその叱咤を糧に人は成長していく。
それだけ、なのだが……
「でも……今謝ってみて案外謝罪も悪いものではないんじゃないかって思えてきた」
「そりゃ……どうしてだ?」
謝ることで得られる許し。
これは人間にとって定期的に取らなければならない必要不可欠な存在だった。
それが、今まで謝ってこなかった私が今初めて知ったこと。
「ふぅ〜ん」
私は何度でもこの言葉を言う。
大抵のことは頑張らなくてもなんでもできる。だから勿論怒られないこともできる。
私がこれまで天才と言われ続けたのは、怒られたくなかったのが一つの要因だろう。勿論天才と言わなく無くなったからと言って怒る父さんと母さんでもない。
過去の、なんでもない些細なことで怒られた、幼い心に刻まれた小さなトラウマ。
私は改めてシアの方に向き直り、手を後ろに縛られたまま腰を曲げ、謝罪する。
「ねぇ、シア。改めて……ごめんなさい」
「……不思議なやつだな。謝る必要もないのに、寧ろ攫ってきた側のこっちが謝るべきなんだが……」
バツの悪そうな声が頭の後ろから聞こえてくる。
だがその後、逡巡の間もなく額に大きな一発をくらう。
「あだっ!」
「大げさだ!!…………頭を上げろ。いつまでそうしているつもりだ」
「シアが許してくれるまで」
「変なとこで強情なやつ。……ホントは今ので許したつもりだが……」
そこで、言葉を切る。その際に何かが地面の石を擦る音が聞こえた。
「あい分かった、お前のことを許そう」
その瞬間、なんとも言えない不思議な感覚が私を襲った。今まで意識していなかったが、これこそ『肩の荷が下りた』というものなのだろう。
思ったよりも優しい声で私の謝罪は承諾されたのもあるのだろうが、私のことを殆ど知らない赤の他人からの許しというのも大きかった。
私はその謝罪を聞いたのち、ようやく頭を上げると目の前の光景に思わず「あっ」と声を漏らす。
「なんだ?謝罪を受け入れる立場なんだから横柄な態度よりも畏まった態度の方が良いに決まってるだろ」
短い足を丁寧に折り曲げて綺麗に星座をしていた。さっきの擦る音は、シアが姿勢を正すために生じた音だったのだろう。
荒々しい言葉遣いに反してその丁寧すぎる態度に、ギャップを感じつつもそれ以上に私は思わず感動していた。
「お前の思う通り、人間にとって『謝る』という行為も一種の救いなんだろうな。だがオレは魔物であって貴族の娘とかいう人間にとっての特別な存在でもなんでもないからその気持を全て理解することは無理だ。ま、それでも……魔物にとっても誰かに頼りにされるのは悪い気持ちじゃない。正直オレにとっちゃあ同族でもない限り、お前の見てきた魔物が良い奴か悪い奴かなんてどうでもいいがな」
そう言ってシアは大きな声で笑った。
「……ありがとう」
「おうよ!」
若干恥ずかしいから聞こえないように言ったはずだったのに、その声はシアの耳には届いていたらしい。
優しい笑みを浮かべながら、元気な声で返事を返すのだった。
そしてそれを遠くから見つめている二人の人影があった。
「解決したっぽいよ、師匠」
「お、マジか。おたくのお嬢さんには感謝だな。身近にいる俺はアイツの微妙に空いてしまった心の隙間を埋めることはできない。今回の件で失ってしまった仲間の代わりになれば、なんて思っていたんだが」
「おい、そんな重要なポジションを任すなよ。ティナってああ見えてかなり自分勝手なんだぞ。知らず知らずのうちにズバズバその傷を開いていくかもしれないのに」
「まぁまぁ、結果オーライ結果オーライ」
「相変わらず見切り発車が過ぎるなぁ師匠は。言ったら悪いけどもっと慎重に事を運んでいたら『あの事件』だって起きなかったかもしれないのに」
「…………」
土の賢者である世の中の正義の味方は、国を襲った反逆者に向けて静かに諫める。
「カリンのことは……俺からは何も言えることはない。師匠はその然るべき贖罪をするために今この場に立っているんだと思う」
反逆者は黙る。
その自らの罪を改めて自分の身に刻むように。
「それこそカリンだけじゃない。ブ―やゼンタ、ポロン……他のみんな。全員が師匠を信じて付いていった……みんな良いやつだった。魔物だってのに、自分の家族を殺した憎い対象のはずなのに、人間を全否定せず正しい見方を持って生きていた」
これは半分八つ当たりのようなものだ。
俺はあの事件で失ってしまった彼らのことを知っている。仲だって良かった。だがそれ以上に……
「それを壊したのはアンタだ、ゼクス=ゲオ。……なぁ、そろそろやり方を変えたほうが良いんじゃないか?」
目の前の覇気のないこの男が一番悔しいはずだ。誰よりも彼らの近くに寄り添っていたからこそ、その悲しみは俺の比ではない。
「だから師匠。ティナを殺すなんてバカなことは止めようぜ」
だからこそ、俺はその悲しみが誰かを傷つけてしまうことを許さない。
彼のような優しい人間が、魔物のために手を取っていける人間が、彼ら魔物との道を違えることだけは決して俺が許さない。
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