第29話:我儘少女ふと悩む
「はぁ……」
目が覚めて一番最初に起こした行動がため息。その日一日の運が全て無くなってしまうような行為だが、それも仕方ないと俺は思っている。
ゆっくりと体を起こし、寝間着の状態で窓から外の様子を眺める。そしてジッと外を集中して見てみると……
「……こんな莫大な魔力が滲み出てきたら嫌でも場所が分かるよなぁ」
目で見えるものではない。
そこに在ると感じるのだ。
ここで突然だが、『魔力酔い』について説明してみよう。
魔力酔いとは、魔力を扱う魔気の感受性が高い魔法士がなりやすい症状で、魔力の元となる魔気を大量に体に浴びた時に起こる。
概要は、その名の通り魔力に酔う。しかも俺は特段その魔力酔いが起きやすい体質らしく、普段は魔力操作で浴びる魔気を調整しているのだが、いかんせん朝というのはまだ意識が微睡んでいる状態なわけで。
「……気持ち悪っ」
朝起きたばかりでまだ意識がハッキリとしていないせいか、暫くボケっと眺めているといつの間にか酔ったような感覚に襲われる。
これが魔力酔いだ。
それも多幸感の与えることのない酔いだから気持ち悪いったらありゃしない。
「でもまだマシか。はぁ……はぁ……最初の方は……マシだったんだけどなぁ。最近だと魔力も増やしすぎたせいでティナ自身が魔力を発散するまで体を起こすことすら、できなかったし」
なぜなら動いた瞬間、俺はもうアウトな状態になってしまうし、そもそもとて動かすことがもう難しい。
そんな俺は今、酔いに向く意識を分散させるためにそこそこ大きな声で呟いている。
「はぁはぁ、……うぉえっ。い、胃液が。くそぉ、こんなことで負けてなるものか……!」
苦痛に耐え忍ぶこと数分。ようやく意識も覚醒し始め、魔力操作の感覚も戻ってくる。それを機に急いで体の周りを覆うように自らの魔力を隙間なく体の表面に纏わせた。
「よ、よーし。今日も部屋の中でのリバースという最悪の事態は回避できた……」
息切れを起こしながら朝一の謎の達成感を噛みしめる。
ここ最近はこんな感じだ。
だが俺とて賢者だ。勿論こんな状況にまで陥っているのに何も対策をしていなかった訳じゃないし、そんな訳がない。
俺はよろめきながら“氷華”の隣に置かれてある小さな麻の袋を手に取り、口を開いて小さく振りながら中身を取り出す。
そこから転げ出たのは二つの指輪。
「フッフッフ、これさえあれば……!っと、どこかになくしでもしたら大変だ。さっさとしまって次元収納口ポケットの中にでも入れておこ」
これはつい昨日完成したもので、本来ならティナが学院に出発する当日に完成するよう計画していたのだが、まさかのティナ自身の誘拐という形で予定を大急ぎで前倒しして、ようやっと完成させた『魔道具』だ。
素材は土魔法で全て生み出せるから材料費は実質ゼロ!しかも魔道具の肝となる魔石は全てエディ君(※クイナ作魔道具)が作り出してくれるため、わざわざ強い個体を探し出すなんて面倒くさい真似もしなくて済む。あぁ!なんて素晴らしいのだろう!
……バレたら一方的に搾取されるのは間違いなし、という点を除けば。
取り敢えず今こんなことを考えるのはよそう。
少しだけ落ち込んでしまった気分を入れ替えるため、改めて先程とは違う清々しい外の景色を眺める。
「う〜ん。あそこは……なんだまだヒューザリー王国内じゃねぇか。次元魔法を使ってるもんだからもっと遠くに行ったものかと」
目測で大体四十キロくらい。比較的王都に近いこのエルヴァレイン領から見てだからそこそこ辺境の土地だな。
「…………」
いつ出発するか。何が必要で必要じゃないか。そもそもどうやって行くか。
色々と暫く思案し、導き出した結果は……
「(うん!これと言って準備もいらないか!後のことは未来の俺に任せよう)」
クイナは怠惰故に慎重そうに見えて、実は結構ずさんな性格だった。
「でもまぁ、ティーゼさんに朝ごはんはいらないって言っちゃったし。場所も確認できたからさっさと出発するか」
そこで言葉を切って、一言。
「でもお腹すいたし、適当なところで朝ごはん食べてから行こ!」
向こうで何が起きているかも分からないのに。もしかしたら向こうでティナに対して非道なことが行われているにも関わらず、だ。
これもある意味、『力に溺れてしまった』の一つの形でもあるのだろう。
『自分には力がある』
その慢心が実際に実績と力、経験があるがために。
一方その頃。
ティナサイドでは、
「ねぇお腹すいた。ご飯ない?」
「……なぁお前、自分が拉致される側だって理解してその言葉吐いてんのか?」
「それよりもご飯」
あまりの我儘具合に、シアという名前の魔物は思わず頭を抱えてしまう。
「(なんだ!?エルヴァレインの娘がこんな我儘だとは聞いてないぞ!噂では聖女が如くお淑やかな性格で誰にでも分け隔てなく接す、それこそ聖女の名前に負けないくらいの人格者だと聞いたんだけど!?)」
と、そこまで考えたところである可能性が頭をよぎった。
「お前、もしかして姉妹とかいるか?」
「ご飯くれたら答えてあげる」
「〜〜〜っ!」
無表情で淡々と自分の我儘を突き通す目の前の少女に、昨日からの全く自分の思い通りに動いてくれない怒りが遂に爆発した。
「おい!!この我儘娘!」
「ご〜は〜ん〜」
「あぁあ、もう!クッッッソ!待ってろ!!」
結局怒鳴り散らかして長々と無駄に悪態をつくよりも、飯を与えてまともに会話できる状態にしたほうが良いと判断を下し、そのご飯を取ってくるためにこの場を後にした。
そしてポツンと一人取り残されたティナはこう思う。
「あの子おちょくりがいがあるな〜」
クスクスと笑いながら一夜を過ごした倉庫の中で一人呟く。
自分でもなぜここまであの魔物の子をいじめたがるのかは分からないが、私は俗に言うこれが「好きな子にいじめたがる」というやつなのか、という結論をつけた。※違います
「(でもまさかあんな可愛い子が強力な魔物だなんてね)」
昨日のことを改めて思い出す。
昨日の夜、私は今の状況についてあの主犯と見られる男から詳しい説明を受けた。数日前に切って、そしてまた伸びたであろう無精髭を放置させ、髪もボサボサでボヤッとしている目つきからも、その男からはどこから無気力な印象を受けた。
その男曰く、私の持っている莫大な量の魔力を使用して強力な魔物を召喚することを計画しているらしい。
男は『ゼクス=ゲオ』と名乗った。
最終的な目標は魔物との共存らしく、少しだがゼクスの意見にも納得してしまった。恐らくだが、今回これほど懇切丁寧に説明したのも、その共感を買うためだろう。
「あ、大丈夫。命まで取るつもりはないよ。なるべく女子供、あと良いやつは殺さない信条だから」
ヘラヘラした笑いを浮かべながら、男は最後にこう締めくくった。
だが見張りは付くらしく、その監視を担当する子がさっきのシアだ。
見た目は完全に幼子で、それでもその子が魔物だと直ぐに納得してしまったのは頭に付いている獣の耳と、あと動く度に左右に揺れ動く可愛らしい尻尾。あとは……
「(前に見た獣人もあんな感じの見た目だったけど……それでも絶対に違うって言い切れるのは、そのちっこい体のどこに入るんだって量の魔力を感じるからなぁ)」
というかこんなこと言ったら思いっきりブーメランか。
なんてことを思っていると、シアがこちらに近づいてくる音が聞こえてきた。
「おいっ!持ってきてやったぞ」
シアは私の前に姿を現すと、持ってきたパンを私の口元に運んできてくれる。
その様子に私は思わず吹き出してしまった。
「なっ!なにがおかしいんだよ!」
「フフッ、いや〜そんなに言葉遣いが悪いのにちゃんと私に食べさせてくれるなんて。君、思ったより優しいね」
ニコリと笑いながら、心の底からの本音を口にする。
すると、顔を赤くしながら悔しそうに顔を歪ませて、
「フンッ、そんな事言うならもう食わせてやらないぞ!」
そっぽを向けて拗ねてしまった。
その子のそんなあどけない様子をみて、ふと、こんなことを思う。
「(この子も……魔物なのか)」
途端に自分でもさっきの余裕だった表情に曇りが生じるのを感じた。
私にとっての魔物は、とても危険極まりない存在で、小さいころからもそうやって教えられてきた。
実際にユラフの森に通っていたときも、何度も冒険者が魔物たちに傷つけられているのを目にしていた。だから魔物が『危ない存在』と認識してしまうのも仕方のないことだと思う。
だが、目の前の子は違う。
確かに言葉遣いは粗暴でしかないが、その行動の要所要所からは、確実な『優しさ』が感じられた。
……もしかしたら、私の知っている魔物の中にも彼女のような優しい存在がいたのでは?
昨日の今日で彼女と関わる度にそう思えて仕方がない。
先日のあの地下での出来事だってそうだ。
あの中には多種多様な魔物が多数、社会を形成して生きていた。
シークの言う通りアレは国だ。領土があって、国民がいて……そして彼らにも生きる権利があった。
それを私達は『危険だから』という理由だけで、まるで赤子の手をひねるように亡き者にしてしまった。
あの男と……シアを見る度に、意味のない罪悪感が湧いてくる。
果たして私らの魔物に対しての対応は間違っていたのでは、と。
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