第28話:消える娘、その先で起こる痴話喧嘩
そして日は沈み、夜がやって来る。
その間も、ティナは姿を見せること無く一家団欒の夕食の時間になっても現れることはなかったらしい。その時ようやく「あれ?なんかおかしくね?」となり始めた。
そしてそこからどうなったか。
するとおかしなことに、メイドたちも含まれたエルヴァレイン家の総意は、「まぁ、こんなこともあるか」……だ。
「面白いもんですよねぇ。一貴族の令嬢がいなくなったのに誰も何も心配しないって」
「ここではそれが当たり前なんですよ。昔からティナ様は幾度となく失踪を繰り返して、そして何日かしたら何事もなかったかのようにベッドでお眠りになられています。しかも今は剣の実力もついて基本的に誰も負けなくなったので誰も心配することがなくなった」
「なんだか凄く薄情に聞こえますよ」
「失礼な。最上級の信頼と呼んでください」
仕える主がいなくなったティナの専属メイド兼メイド長であるティーゼさんは、俺と一緒に自ら運んできてくれた夕食を食していた。
「でもまぁ、実際そうなんでしょうね。一応当代剣聖であるヴェンスさんよりも剣の腕前が強い、ってなったら心配するだけ無駄に思えるのも頷けますし。というか俺とティナが出会った日だって森の中で一泊過ごしてたし」
「ほんと、貴族の令嬢という自覚を持って欲しいですよ」
そう言って、彼女は正確な名前もよくわからない魚料理をナイフとフォークを綺麗に使い、口に運ぶ。
そんな彼女に、
「でもまぁ、多分今回のは誰かに攫われた可能性が高いんですけど」
彼女にとっての爆弾発言を投下する。
「……マジですか?」
「マジマジ。大マジです」
主食である白パンを口に放り込みながらの、マジ発言はあまり説得力はないのは自覚している。
それにつられてか、ティーゼも俺の一言に驚きつつも食べる手を止めない。果たしてそれも信頼の現れか、俺の余裕に引っ張られただけなのか。
「シンセっていうメイドさんに確認を取ってみれば分かりますけど、多分俺らが訓練場から帰る時に少しだけティナが姿が見えたけど一瞬で姿が消えた。多分その時に『次元魔法』でどっかに連れてかれたんだと思います」
「そう……ですか。貴方が言うならそうなのでしょうね」
そうして、スープを飲んで一息つく。
そしていつになく真剣な表情で、
告げる。
「……お願い、できますか?」
その言葉だけで、何を頼まれたかは察せた。
逡巡の間、悩みはした。悩みはしたのだが、助けに動かないと後々面倒だし、なにより彼女には俺をこの家に置いてもらっている恩がある。
「……ま、面倒だが仕方ですよね。もうそろそろ貴族学院の長期休暇も終わるんでしたっけ?」
「そうですね。明後日で終わりです」
「明後日ですかぁ。タイムリミットは明日までと」
「……無理ですよね」
そりゃそうだ。どこに連れてかれたかも分からないのにそんな短時間で見つけられたら世の犯罪者は誘拐なんて方法は取らない。
誘拐は大抵は身代金や奴隷のために幼い子供たちを攫うのが主流であり、それこそティナのような貴族の令嬢や令息を計画的且つ集団で攫う方法が、奴らにとって効率的なお金稼ぎになる。
「常識的に考えれば無理ですねー」
その言葉に、数瞬遅れてティーゼはハッと顔を上げる。
「魔法って結構便利なんですよ」
そんな余裕の含まれた言葉とともに、夕食の最後のひとくちである『なんか美味しい魚料理』を口の中に入れ込む。
「その言葉は、可能と捉えてもよろしいでしょうか」
「クドい説明全部省いてその問いに簡潔に答えるとしたら、答えはイエスです」
「……ありがとうございます」
その返答に、律儀に席から立ち上がり顔が見えなくなるくらいに丁寧にお辞儀をした。
まだ成功するとも限らないし、そもそもとて俺が助けに行く保証なんてどこにもないんだけどね。
ただ……
「そんだけ信頼されてたらこちらとしても助けがいがあるってもんですよ」
信頼が場合によっては重荷になることはあるが、それが当人を不快に思わせることなんて滅多に無い。
こんな俺でさえ少しくらい頑張ってみようと思えるんだから、これは人間としての本能なのではなかろうか。
そんなことを思いながら、今この場には居ないティナに羨望の気持ちを抱いた。
「(こんなにも信頼してくれる従者が側にいたらさぞ頑張り甲斐があるだろうね)」
同時刻。
攫われた当人であるティナリウム=エルヴァレインはとある倉庫のような場所で目を覚ました。
そして彼女がまず一番に思ったことは、
「(なんだただの誘拐か。もっと面白いこと起きると思ったんだけどなぁ)」
突然自分の周りにぼやけた光がまとわりついたかと思ったら、次の瞬間に意識を失い、そして目を覚ました場所がこんな辺鄙な場所であってもティナは一切の動揺の感情が湧かなかった。
それどころか、
「なんんだただの誘拐か……でもこんな夜に目が覚めて昼夜逆転しないかなぁ。もうそろそろ学院始めっちゃうんだけど……」
という余裕しかないことを考えていた。
だが、彼女も勿論人間なのでこんな状況で後ろから突然遠距離から攻撃でもされたら対処のしようもない。近距離だったら手足を縛られていてもどうこうできる自身は持ち合わせているが。
ただそうなったら困るので、状況の確認に勤しむことにした。
「(う〜ん、場所は……見たまんまで倉庫かな。縛られているのは手を後ろに、そして足も。触った感じ縄じゃないなこれ。石?鉄?ただ縄じゃないなら引きちぎることもできないし結構これピッタリしてるから抜けることも無理?……無理っぽいなぁ)」
今私はどうやら手足を鉄のような錠で縛られて、倉庫の床で横にして放置されているようだ。
縄なら魔力に頼らず人力で引きちぎれる怪力娘は続けて考える。
「(周りの様子も見たいけど……今動いて、もしかしたら今私の視界外にいる誘拐犯との会話パートに入ったらそこから手に入る情報に集中しなきゃいけなくなるから、できるだけこの状態で手に入る情報はできるだけ手に入れたいところ)」
こんな状況にも関わらず嫌に冷静なのは、幼いころから剣聖兼侯爵家の娘としての昔からの経験によるものか。
いい意味でも悪い意味でもその経験は彼女を強かに変化させていったのだろう。
主に音を頼りに周りの状況を集めること数分。
「―――」
「(むむっ)」
誰かが話しながらここに近づいてくるのが聞こえてきた。
声の種類と足音から感じ取るに、大人の男一人と、高い声の、幼子のような声色の女が一人。
そしてその声は近づいてくるにつれて、途切れ途切れだった声は段々と明確に聞こえるようになってくる。
「いやだから―――はどうするん―――。―――もあの娘は剣聖の―――ぞ。オレ―――情報だとアイツは巷じゃ負けなしって言われてるらしくて、実力も当代の剣聖と遜色ない実力の持ち主らしい。控えめに言って爆弾を抱えてるのと同じだぞ」
「だからこそじゃねぇか。今俺らは結構危ない状況にある。リスキーな行動をとってでも今は強い仲間を手に入れる必要があるんだ」
「と言ってもオレくらいの実力じゃないとアドにすらならないだろ」
「いや、アレは絶対に強くなると保証する。直で見て確認したがあの娘の魔法の才はかなり極まっている」
「そうか?あんまし魔力持っているようには見えないんだけど」
「いや、もう一度見てみろ」
もう既に声の主はかなり近くまで来た。
ここまで来たら気配でどれくらいの距離にいるかも感じることができる。
聴覚と触覚に意識を集中させ、頭の中でどれくらいの距離にいるかを想像していたところ、片方の女の方がトコトコと近づいてきて、
「ん〜〜〜?」
ソプラノの声が耳元で鳴る。
そしてついでに首元辺りをスンスンと嗅ぐような音とともに少し生ぬるい吐息がかかり、思わず体がピクリと反応しそうになった。
「普通の人よりは多いけど、それでもごく一般的な魔法士の魔力保有量とそんな変わらないだろ」
「ま、今はそうだろうよ。魔法士ってのは寝てるうちに魔力が回復し、目が覚めて意識して魔力を操作したその時初めて魔力は回復したと言える。個人差はあるが、それでも一日で最大まで回復することはないから普通の魔法士は己の一日で回復できる量をよく把握して、それを一日で使用できる魔力の上限と定めている」
このことはシークの授業で習った。
ただ、そこから私は私のことについてある疑問を持つようになった。
そしてそのことは今朝、クイナから告げられ判明された。
だって私は―――
「だがこいつと俺は違う」
不意に聞こえてしまったその言葉に、少しだけだがピクリと反応してしまう。が、幸いにも二人はそのことに気がついている様子はない。
「(コイツと俺……ってことはもしかしてこの人も……!?)」
「魔王の才」
振って湧いて出てきた疑問に、聞こえてないにも関わらず彼はそれにあっさりと答える。
「ミア、魔王の才については分かるか?」
「む、バカにすんなよ。これでもオレは立派な知性を持つ高位の魔物なんだぞ。というかオレの祖先はその魔王に仕えてたらしいし」
……へ?
「えっ、マジ?初耳なんだけど」
「そりゃあ……今初めて言ったからな」
え……ちょ……っと待って。
「なんだよぉ。そんな重要なこと早く言ってくれよぉ。これから相手が知ってることを自慢気に話しちゃうとこだったじゃんよぉ」
「えぇえい!なんだその話し方は!その年で気持ち悪い!!」
まっ……
「つれないなぁ。俺ら生涯を誓い合った仲だろぉ?」
「確かにそうだが言い方が気持ち悪いっ!」
ちょっと―――
「ちょっと待っ……!…………あ」
漫才みたいな巫山戯合いにかき消されそうになってしまった情報を知りたいがために、思わず声を出してしまう。
そして勿論そのことに気づかない二人ではない。
声を切り、二人共こちらを見ているのを背中から感じる。
「起きたな」
「そだね」
……やばい。起きていることバレてしまった。こうなってしまったらもう一度意識を落とされるかもしれない。
そう思って、反射的にギュッと目を瞑る。
だが次に感じるのは頭は首への衝撃ではなく、耳へ飛び込んでくる声だった。
「ほら〜、ミアがうるさかったせいで起こしちゃったじゃん」
「いやどちらかと言えばご主人のほうがうるさかっただろうがっ!」
口喧嘩の言葉と言葉。
そしてそこから知らぬ間に口喧嘩はヒートアップしていき……
「だからご主人は意気地なしって言われるんだ!」
「んなっ!今はそんなの関係ないだろ!」
……一体、私は今何を聞かされているのだろう。
そんなことを思わずにはいられない夜だった。
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