第27話:相まみえた杖と剣
さて、改めて状況を整理してみよう。
ヴェンスさんは俺と戦ってみたい。対して俺は自分の正体がバレる可能性があるのでなるべく戦いたくない。かと言って戦わないと今後のヴェンスさんからの評価にブ・レ・が生じる。そうなると、安定した居候生活も揺るいでしまうかもしれない。
さぁどうなるクイナ!どうするクイナッ!!
「(もうどうしようもねぇよ)」
追い詰められた故のふざけた思考を一蹴する。
そんな下らない茶番はもう止めよう。
ここはマジでよく考えて行動しないといけないときだ。この時の動きで俺のこれからの未来を左右する……ってここ最近そういうの多くない?
「……ふぅ……」
一度大きく息をつき、正面で剣を地面に突き立てながら仁王立ちしたヴェンスを見据える。
「準備は整ったか?」
その動作を俺が覚悟を決めた合図だと思ったのか、そんな見当違いなことを聞いてくる。
「い、いやまだで―――」
その言葉につい否定の声が出てしまったが、言い切る前に自分で止めた。
「……いた大丈夫です。準備できました。いつでも来てください」
結局、ここで時間をかけても仕方がないという結論を出した。
杖の代わりにティナとの授業で使用していた木製の短い棒を次元収納口ポケットから取り出す。
「舐めている……という訳ではないのだろう?」
「もちろんです。これが今俺の使える最大の武器。こう見えてもコレ、十年以上の付き合いなんですよ?」
この言葉は真実である。
俺がまだ幼少期の時、師匠から寄越してもらった俺の一番最初の杖だ。
数年間顔も合わせてはいないがどこかで元気にしているだろうか。……いや、今はそんな感傷に浸れる状況ではない。
「それは……」
その瞬間、大きく風が乱れ目の前のヴェンスの姿がブレる。
「相手にとて不足ない」
その時聞こえてきた声は想像よりも近く、それだけで自分の後ろにヴェンスが回り込んできたのだということを認識させられる。
「(そんな巨体で身体強化もせずにどうしたら早く移動できるのかなっ……!?)」
首を少しだけ後ろに逸らし、横目で見た光景はまさかの剣による上からの一刀両断。
動いてからの剣の振り下ろしのあまりにスムーズな一連の動作に、やっぱり本職は違うなと思いつつ、手製の土に改めて魔力を透過させる。
そして……
剣が俺の頭の頂点に接触するか否かの距離に差し迫った瞬間、ガキンッ!!!という鈍い音が辺りを木霊。剣は軽く吹き飛ばされた。
「ムッ」
ヴェンスはその光景を目の当たりにしたのち、小さく疑問の声を漏らしたものの、勢いよく振り下ろし弾かれた剣を握りしめながら三歩後ろに引く。
「そんな魔法は見たことがないぞ」
「世の中には剣聖の振り下ろしを防げる便利な魔法も存在するんですよ」
「フッ。それならば」
一瞬だけ笑うと、今度は真正面から突っ込んでくる。
今度は先程とは違い動きが細かい。これは恐らく……
「今度は手数で押してくる気か……!」
「御名答だ」
一撃目、二撃目、三撃目……と立て続けに繰り出される剣聖の連撃を金属音とも打撃音とも分からない音を出しながら防ぐ。
この不可視の防御の種は俺が創り出した土にある。
俺の精密な魔力操作により『土魔法:土生成』で作られたほぼ純粋な魔力の塊とも言える土はその性質を大きく変化させることができる。
一応、ティナがもっと魔力操作が上手くなったら―――具体的にはバベルのレベル七をクリアできるくらいに―――教えることのできる技術……つまり練習すれば誰でも使える技術で俺は目に見えないレベルの、それこそ粒子とも言えるくらいの小ささに分けた土の性質を変化させることによってヴェンスの剣戟を防げている。
だが、それだけの理由でこんなにも高速の剣を防げているわけではない。いや防げるわけがない。
これは偏にクイナ自身の努力の賜物だ。
周りの天才どもに必死に食らいつこうとした結果であり、技術だけで無理な部分は別の技術で補えばいい。それがないなら努力しよう。そうやって彼はここまで成長してきた。
今回に至っては超人的な動体視力だ。
剣の刃のほんの僅かな接触面に当たるように正確に土を自分の一歩手前に配置する。それこそ一歩間違えれば死にはしないものの、大怪我をするのは火を見るより明らか。
その自信はどこから来るのか。そしてそれを支えているのは何なのか?
「(そりゃあもちろん!!小さい時から積み重ねてきた努力の貯金によるものなんだよなぁ!!)」
誰も聞いていないそれを自慢するように心中で叫ぶ。
彼の怠惰心は昔、未来を楽にするために行った努力に起因している。
ただ、彼は気がついていない。
魔法の腕というのは得てして努力し続けなければ落ちていくものなのだ。魔法を使うということ自体が常人にとってはある種の『努力』なのだ。
努力……つまり頑張ることを嫌っている人間がその実一番誰よりも努力をしてきて、今も先の未来の己の怠惰を守るために奇しくも頑張っている。それでも自分の中ではもう頑張っていないと思っているのは、彼自身がもう頑張ることを諦めたからなのか。それとももう必要なかったからなのか。
どちらにせよ、もう彼は大抵のことではもう頑張ろうとも思わない。
「(と、思っていたんだが……)」
今彼は、クイナは実感していた。
自分が頑張っていることに……。
そして……一気に冷める。
「(なんで俺こんなことで頭を悩ませてるんだか……。そうだ、初心に帰ろう。合理的に考えてここでゆっくりと生活するのも無くはないが、そもそもとしてティナがここを離れてしまったら俺がここにいる意味が無くなってしまう。そうなると単なる穀潰しと変わらない)」
俺にとっては家を造るなんて造作もないし、森の中でまったり過ごすのも悪くないか。弟子自慢の集まりに関しては……時期になったらまたこの家に来ればいっか。
「勝負の最中に考え事か?」
突如、先程は比べ物にならないほどの鋭い一閃。
それを俺は、
「(だったら勝ったほうが気分は良い)」
土を接触面に多く集め、剣を掴む。
そして少ない量の残りの土に、俺のなけなしの全ての魔力を込めて密度を高め……
「飛べ」
杖の先端を僅かに傾ける。
それがトリガーとなって、拳大の大きさの土の弾丸は高速でヴェンスの腹に吸い寄せられていく。
「……っ!!」
突然の反撃にも関わらず、一瞬の空きもなしに放たれた弾丸を体を器用に避けることで直撃は免れた。
だが、完全に避けきるには至らなかったようで、少しだけ掠ったようだ。
「……完全な不意打ちだと思ったんですけどね。それも避けますか」
「ああ、今のは完全に虚を突かれた。あと少しでもタイミングがずれていたら腹が抉られるとこだったよ」
「流石にそんなことはしませんよ。今のだってそうさせないために寸前でわざとスピードを落としましたから」
「……そうか、わざとか」
「はい、わざとです」
これは、本当ならもう俺が勝っていた。だが相手は領主なので少し手加減した。今避けられたのは俺が手加減したおかげ。
そんな俺の言葉に言えない意味が伝わったのか、ヴェンスは少しの間苦い顔をした後、頬を緩ませて小さく笑った。
「………………そうか。確かに、実践なら今ので私は死んでいた。……フッ、私の負けだシーク君」
その瞬間、観衆(休み時間メイド+カンナとディアの母子)から感嘆の声が聞こえてきた。
というかカンナたちは分かるけどメイドさんたちはいつの間にいたんだよ……。
しかし、今回のも不意打ちを行って早期の決着をさせたが、これはなんだかんだで色々噛み合ってのスムーズな勝利だ。
……さっき、俺はヴェンスさんとの勝負は拮抗して終わるんじゃないかと予想した。だがそれは俺が真っ向から正々堂々と戦ったことを大前提としてのことだ。
魔法士とは、その性質上なにかとズルをしやすい。
それこそ視覚外からの不意の攻撃だったり、相手の体調を崩させたりと。
そして今回もヴェンスさんが威力の大きい振りをしてきてくれたお陰で掴んだあとの大きな不意を得ることができた。
勿論耐久勝負もできたが、防御に特化した俺と攻撃に特化した剣聖が相まみえたら長くなるのは必然だろう。
そう考えると面倒くさいことにならなくてすんだのか……、なんてことを思っていると、いきなり目の前にヴェンスから手を差し出される。
「いい勝負だった。娘以外に負けたのは久しぶりだよ」
「えっ、あ、こちらこそ。剣聖と戦えるなんて貴重な経験を―――」
「そんな心にもないことを言うものでもないぞ?」
「剣聖と戦うなんて正直面倒くさい以外に何もなくてどうやったら早く終わるかななんて考えてました」
「それは流石に遠慮がなさすぎじゃないかな!?」
「あ、あとそれとそんな見た目してそんな几帳面な言葉を話すのもなんか笑えちゃって……ププ」
「前言撤回。心にありすぎることを言うのもなしだ!というか私は正直に言っていいとは一度も―――」
と言ったところで、どこからかクスクスという声が聞こえてきた。
声のするところを追ってみると、何人かのメイドさんが俺らの様子に笑いを堪えきれなかったようだ。
カンナに至ってはケラケラと淑女あるまじき笑い方を……ってもうあの人淑女でもなんでもないだろ。
「……コホン、だがまぁ、こちらとしてもいい経験になったよ。それに、魔法士の中でも君のように勇敢に私の前に立って勝負をしてくるのも好感を持てる。魔法士の奴らは影からちょこちょこ攻撃してきて、その上近づくと直ぐに降伏してくるから戦いがいがない」
あ、ヴェンスさんの魔法士嫌いにはそんな理由があったのね。
「ま、魔法士もそんな奴ばかりではない、とだけ言っておきますよ」
「フッ、それは楽しみだな」
性格は案外見た目通りかもしれない。結構な戦い好きで、性格はあんな演技しちゃうもんだからちょっと不器用。でも慈愛に溢れている。でもティナの様子を見る限りこの人も実は自分勝手だったりするのだろうか?
なんて思っていると、
「これで全て解決しましたよね。それじゃあ早く帰りますよ」
いつの間にか近くに寄ってきていたカンナは、それだけを言って俺らが動き出すのも待たずにスタスタとこの場を後にした。
「…………」
その背中を見て、俺は反射的にこう思う。
あ、違ぇわ。
ティナの自分勝手はあの人の遺伝子だった。
時間は空がもうそろそろ色を変えるかな、くらい。
そんな時間に、エルヴァレイン家の敷地内をぞろぞろと邸宅に向けて歩く一行。
クイナはその後ろの方で、これからのことについて考えていたが、正面からとある魔力の気配が近づいてくるのを感じたので、俯かせていた顔を上げる。
「あ、ティナリウム様」
我々を先導して歩いていたメイドの一人が小さくそう声を漏らした。
確かに、まだ遠くに見えるだけなので正確には見えないが、手を振りながら走ってきているアレはティナだ。
と、認識したところで不可解なことが起きた。
「あれ……?」
先程のメイドが小さく疑問の声を出す。
「さっき……あれ??見間違い?」
「どうしたのですか?シンセ」
「あ、いえ、先程遠くにティナリウム様がお見えになった気がしたのですが……」
「……?いないじゃない」
「でもさっきは居たような気が……」
……いや、居た。
突然消えたのだ。
その事実に気がついているのは、この場にはクイナしかいなかった。
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