第26話:実はこれで二度目なんですよ

「やぁ、ナエハ君。私もお邪魔させてもらっているよ」


深く、聞こえやすくて耳に残る声。そのガタイに似合わない笑みを浮かべる侯爵家当主。

普通なら……それこそ初めて会う人ならばこの笑顔一つで、その圧倒的な存在感を和らげれるほどの違和感のない、納・得・のできる笑顔だ。


だが。


……だが……っ!


一つだけ、失礼を承知で言わせてもらおう。


「すみません……!その演技なんかスゴく気持ち悪いです」

「んなっ!」


最初に断っておくと、俺らが顔を合わせるのは実はこれが二度目だ。最初はもちろん言わずもがな、カンナのワイルド背負投げを拝見した時のアレだ。その時も顔を合わせたと言っていいのかも微妙な出会いだし、そもそも向こうはこちらを認知しているのかどうか……。


そしてそんな相手の出鼻をくじいた俺の渾身の宣言に対して、最も大きな反応を見せたのは……


「プッ……ふふっ」


顔を伏せて声を上げて笑うのを精一杯こらえている様子のカンナだった。


「ご、ごめんヴェンス。私もさっきからずっと思ってたことなの。そ、その演技……!」


声が震えてらぁ。そんな面白かったことなのかね?

そう思いながら眉間のシワを寄せ、首を傾げると、それを見たカンナは言う。


「シーク、この数週間ヴェンスに会わなかったの変だと思わなかった?」

「そりゃあ……。メイドの誰に聞いてもなんも答えてくれないし……、そんでもってティナに聞いてみたのよ。そしたら、『秘密にしてる』なんて言われちまったしな。そう言われたらもう聞くわけにはいかんだろ」

「なっ!あの子は……」


まさかの新事実に表情が急転直下。苦い顔を手で抑える。

アレだね。あの子に隠し事はできないタイプだね。それも、直接内容を吐くんじゃなくて会話の所々でボロが露見しちゃうやつ。


「俺が言うのもなんだけど、ティナには言わないほうが良いよ」

「これからはそうするわ」


ずっと隠してたと思っていたことが実は相手に知られてた、ってなると人はこういう表情をするんだね。


……ってそんなことは今はどうでもいいか。


「そんで……種明かしはしないの?」

「する……けどその話は当人が話したほうが良いんじゃないの?」


そうして、俺らの視線はヴェンスへと注がれる。


「む……。というかその前に一つだけ聞いてもいいか?」


二人分の視線を一気に受けたにも関わらず、そしてその前にも思いっきし出鼻をくじかれたにも関わらず、ヴェンスの反応は薄かった。それどころか自分の意見を主張までする。これが侯爵家当主の胆力か……!なんて俺の中での評価がちょっと上がったところで……


「どうして俺の演技がバレたのだ」


この言葉で評価は再度、最初の位置まで低下する。

なぜかって?


「……あのー、当主様?」

「あぁ、名前で呼んでもらって結構だ」

「……それじゃあ、ヴェンスさん。俺たちって顔を合わせるのってこれで?」

「む、これが初めてじゃないのか?」


やぁっぱりかぁ……。

ヴェンスさん。アンタ、あの時俺のこと見えてなかったね?


思わずため息が出る。

そしてカンナの方を見て、


「教えてやれよぉ……!」

「いや〜、ね?なんだか傍から見てたら段々とおもしろくなってきちゃって」


ヴェンスさんが可哀想で仕方ない。


そんなヴェンスさんは何が何やら分かっていない様子なので、懇切丁寧最初の出来事を詳しく説明してみたところ……


「茶番じゃないかっ!!」


これには流石の侯爵家当主の胆力も鳴りを潜め、代わりに出てきたのはヴェンスの屋敷中に響き渡るような悲痛な叫びだけだった。



















結局、可哀想だったのでそっちの方の詳細は聞かないでおいた。

こんなんアレだよ。サプライズで企画していた誕生日パーティーが当日になって実は本人も知っていた、ってことと同レベルだよ。そして種明かしされて、


『えっ、あ……、そう……だったんだ』


てな感じで雰囲気が暗くなるだけなんだよ……!(※実体験)


「と、いうわけで話も落ち着いて後はカンナにあのことを報告するだけ…………だっだのに」


今俺はカンナの部屋の中……ではなく、そこから移動して例の闘技場型訓練場の中央部にいる。


……いや待て待て待て。どうしてこうなった。……いやどうやったらこうなる!?


確認の意味も込めてもう一回さっきの状況を振り返ってみよう。

まず最初に、ヴェンスさんは顔を伏せていた。そして突然ゆっくりと顔を上げたかと思ったら「少しついてこい」なんて言われて……今に至る。


……うん。わからん。


しかももちろん誘った主も当たり前のようにここにいるわけで……。

そして勿論の勿論。相手は剣聖というわけだから剣も持っている。


「突然で済まないな。こんなところに連れ出してしまって」


いやほんとそうだよ!と侯爵家当主様にツッコむ勇気は流石に持ち合わせていない。ので、その代わりに尋ねなければいけないことをさっさと聞くことにした。


「あの〜、つかぬことをお伺いしますが……もしかしなくとも、やるんですか?」


思わず両手で剣を振るようなジェスチャーも交えながら、恐る恐ると言った様子で尋ねる。


「あぁ、悪いが付き合ってもらえるか?」

「……八つ当たりならお弟子さんにでも頼んでください」


しかも見たら分かる通りその手に持ち合わせているのは木剣ではなくちゃんとした金属の剣。

そんな俺の視線を感じ取ったのか、


「大丈夫だ。ちゃんと刃は落としてある」


わぁ〜、それなら安心だぁ……とはなるわけがない。


ぶっちゃけて言うと、この試合で圧倒的な実力でボロクソに負けるとは正直思っていない。だからといって余裕で勝てるほど傲慢ではない。拮抗してなんだかんだで勝負もつかずに終わるんじゃないかと予想している。


それこそが問題なのだ。


今の俺の身分は娘が勝手にそのへんから拾ってきた一人の魔法士。そんなやつが剣聖となんかいい勝負をしてみろ。ヴェンスさんが俺のことを一気に侯爵家の人脈を活かされて調べて、そんでそこからは俺の正体即バレルート一直線だ。


そうなってみろ。

俺、追われるよ?


ただでさえ身分変えて『怠惰の賢者』の名前を盾にして評判が地に落ちることなく合法的(?)に逃げられてるのに逃げてるのに、そんな事になったら連れ戻されてお偉いさんからの仕事の強要待ったなし。


しかもなんとか上手くやろうにも今の俺の杖は学園に預けてあるからのも不可能に近い。

かと言ってここで断ってしまったらティナの家庭教師という職を失った俺への待遇も変わってしまうかもしれない。

とどのつまり、魔法士としてそこそこの実力を持っている、という風に思われながら剣聖相手に戦わなければいけない。


と、いうことはだ。


「(俺の普段の戦法を封じられたのも同義!)」


魔力の保有できる量が乏しい俺は、この魔力操作だけで賢者に至った。だから普段はその魔力操作で地面の土を操って相手にぶつけたり拘束したりするのが常だった。

しかしそんなものはそこそこの実力どころでの話ではない。


……では幻影魔法は?


いやアレもダメだ。ヴェンスさんがいくら魔法が嫌いといえど魔法士とも戦うこともあるはずだ。そしたら多少なりとも魔法についての知識もあるはず。


つーかそもそもとしてティナの場合が母による魔法の勉強が禁止されているイレギュラーがあっただけであって貴族ってのは義務教育の中に魔法も当たり前のように含まれているんだよな。


そうなると、概念魔法に関しても知識として備わっているはず。

その習得の難しさも……。


「ど、どうしよ」


ここ最近で一番のピンチかもしれない。

俺の平穏が崩されようとしている。





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