第24話:運命のそこそこ大きな分岐点

直近あったことと言えば……そんな感じでウェルナルドと話し合ったことくらいだろうか?


それ以外には全くもって特筆すべき事柄はなかった。


俺は別に物語の主人公ではない。作者の都合の良いように事件なんて起きないし、例えそんなことが起きても、世界の裏側に深く根付いている悪者の集団が一斉に決起して我々が今いるヒューザリー王国に反抗する……なんてことが起きない限り俺一人でも解決する。特に単なる武力で解決するものならジダなんかに任せればそれこそ瞬殺するだろう。


結局、現在に至るまでもティナが己の力について問うことはなかった。

だから俺も話してない。


そしてそこから半月の時が経ち―――


「ぬ、ぬぬぬぬぬ」


今はいつもの魔法の授業の時間。

微妙に日の差し込む本に囲まれた部屋で、一人はその辺に閉まってあった本を読み、もう一人は


数十秒、の連呼が聞こえてきた後、バベルがパリンッという音とともに紐解かれる。


「おっ」


思わず読んでいた本を閉じてそちらの方向に目を向けると、そこにはパーツがバラバラになって地面に転がっているバベルと、小動物のほうにプルプル震えながら喜びを表現しているティナがいた。


「〜〜〜〜〜〜っ!」

「レベル三の成功おめでとー。長かったねぇ」


座っていた椅子から立ち上がり、散らばったパーツを拾い集めながら抑揚のない声で称賛する。


「ちょっとー、弟子が喜んでるんだから師匠も少しくらいは喜びを表現するもんじゃないの?」

「悪いな、レベル三だ。レベル五になったらその喜びを共有してやるよ」


頬を釣り上げ、わざとらしくそれを見せびらかすようにして顔をそちらに向けながら、「ほいっ」という気の抜ける声を出して両の手のひらに乗ったバベルを魔力を使って浮かび上がらる。


「だから次はこのレベルだ」


そしてまた別の形に組み上げる。

ものの数秒で組み立て上げたバベルをわざわざ手のひらに乗せてから、ひょいと物理法則に則ってティナの方へと投げる。


「うわっ!」


突然のことで反応が遅れたが、そこは流石剣聖の娘。迷いのない動作でそのバベルを片手で綺麗にキャッチする。


「いっこ飛んでレベル五〜。お前が残り一年の貴族学院を卒業するまでにこれが解けたらあの『氷華』を扱う許可だけじゃなくて、一つだけなんでもお願い聞いてやるよ」


そう告げると、「ほんとにっ!?」という興奮した声と同時に、あからさまに喜ぶ素振りをしてみせた。


彼女はこのヒューザリー王国の王都にある大規模な貴族学院の立派な生徒だ。今は夏季休暇による帰省でこの家にいるが、それ以外はちゃんと真面目に猫被って生真面目な優しい貴族サマを演じているんだと。


ストレスにならんのか、そう思って以前聞いてみたが、もう慣れたんだと。何やらせても天才のティナは演技すらも己に負荷をかけずに行えるらしい。


なんでそんな全身チートズルの塊の奴が魔法の適正が全くもってないのは、やはり天は与えすぎることはないということだろう。


……俺は彼女に魔法の才がないと目の前で断言した。

もっと細かく突き詰めていくと、「魔法を扱う適正がない」という言葉へと変化する。


魔法というのは『属性魔法』と、『概念魔法』の二種類がある。前者の属性魔法は、その名の通り魔法に属性の名前を冠してる魔法―――つまり、俺らの扱う『炎魔法』、『水魔法』、『風魔法』等々。これらは比較的習得し易い扱い易いの、所謂我々魔法士にとって一般的な魔法になる。ただし、これらの魔法は人によって向き不向きがあり、それが『適正』として表れる。


逆に後者の概念魔法は、端的に言えば己の努力でどうとでもなる。ただし、ここでの『努力』という言葉は、魔法的な訓練の努力だけでなく、もっと精神的な努力も関わってくる。


もっと簡単に言おう。頑張れば誰でも使えるけど、その過程がクソむずい。


言ってしまえばこの魔法には適正も、向き不向きあったもんじゃない。使えれば強いには強いが、可能性はムゲンダイの魔法にとっては、己の得意な属性魔法を極めたらほぼほぼ概念魔法と同じようなことが使用可能となる。


つまり、血反吐吐くほどの努力をして概念魔法を覚えるより、机に座って理論を確立させたほうが楽なのだ。


俺はこの数日間、このありとあらゆる概念魔法の仕組みについてティナに叩き込んだ。

なぜなら魔法の才が―――属性魔法の適性が殆どないから。と言っても、結局は概念魔法にも理論や法則があるので、その細かい要素を座学や実技で覚えただけだ。


その頑張りに応じて、一つくらいはお願いを聞いてやるくらいは良いだろう。


「あぁ勿論だ。俺はこう見えて滅多に約束は破らないからな……って聞いてねぇや」


彼女の頭の中は既にどんなお願いをするかで頭が一杯のご様子。目いっぱいに緩みきっている表情筋は、この家にいる時は仕事がとても大変そうだ。

ただ、その微笑ましい光景を見て……どうしてかは分からないが、俺は唐突にこう思った。



あの才能は彼女にとって知らなければいけないものなのではないのか?



一時の感情による気まぐれ……というわけじゃあない。寧ろ今まで考え続けていたことが巡り巡ってこの考えに至ったと言ったほうが正しい。


「(いや、待て。……もう一度合理的に考えよう)」


そうだ。いつもの俺のように、深く……未来を考えろ。その選択が決してティナにとって暗いものとなるわけにはいかない。

彼女の持つ才能は相手を穿つ矛となり、身を最大限に守る盾ともなる。だが、それは同時に己を侵食する猛毒ともなりうる。


莫大な力は時にそこに在るだけで害となる。


俺たち『五色の賢者』が学園時代、アインベルトから口うるさく言われ続けていた言葉だ。

力というのは、それだけ周りに及ぼす影響も高いということなのだろうが、ティナのもつ魔王の才もそれと似ている。

違いとしては、ただその才能が意識されていない、というものだけだ。つまり掌の金を換金せずにずっと懐に入れているようなもの。最大限に活用もされていない。……そして最低限の危険しかない。


だがそうもいかない。


最低限、されど最低限だ。しかも、の最低限。


……思考が纏まった。


「(……やっぱり、無知は罪。罪はちゃんと贖わないと)」


小さく息を吐く。


もしかしたらカンナに怒られるかもしれない。……いや、それどころかこの家からの追放も……無くはな―――……やべぇ、決心が揺らぐ。

そんな優柔不断な怠惰心に鞭打つために、今度は大きく深呼吸をする。


すると、ティナはその俺の一連の動作を不思議に思ったのか、「どうしたの?」とキョトンとした何も考えてないような顔で尋ねてきた。


「(……何も考えてないは失礼か)」


心のなかで、フッと自分を鼻で笑う。


「いや……少し大事な話があるんだ。それも、結構これから先のティナの人生を左右するくらいの」

「……言葉の使い方間違ってない?」


うん。それは俺も自覚してる。

重要な場面でも締まらねぇな、と思いながら俺は言葉を紡いた。



















と、そんな感じで最終的には包み隠さず全て伝えたのだが……案の定というべきか、俺が見る限りは全く気にしていなかった。


だが、貴族学院で誰にもバレないくらいの演技力を持つティナからしたら、その場の自分の感情を押し止めることなんて恐らく簡単なことだろうが、少なくとも俺の目にはそれほど気にしているようには感じられなかった。


寧ろ自らに魔法的な才が備わっていることに喜びさえ感じていた始末。あの様子だとその才能の危険性の警告を聞いていたかすらも怪しい。


「(もしかしたら……もう力の片鱗に気づいてたのかもな)」


ティナのことだから……ないこともないだろう。なんだかんだでああ見えて結構勘も鋭いし。


とまぁここまではいい。

問題はこれからだ。今の俺にはまだやることが残っている。


「(俺のこれからの生活はどうなるんでしょうかね)」


……カンナへの報告だ。

以前部屋の中で盛大に手合わせをした時、彼女はティナがその真実に触れさせることに酷く憤りを感じていた。子を守る親の愛情故だろうが、今回俺は尽くその想いを踏みにじった。


……もう覚悟はできている。

言わないという選択肢はない。それは誠意が欠けているとみなされて即刻追放の道が生まれてしまうからだ。いくら面倒くさがりといえど、誠意をなくしてはならない。


もういっそ首になったらカンナに隠れて本格的にティナのヒモにでもなろうかな……なんて不確定の未来を想像してしまうほどには覚悟はできている。


とうとういつものカンナの部屋にたどり着いてしまった。

意を決し、その部屋のドアを開く。


だが、そこには想像していなかった光景が広がっていた。

思わず目を見張る。


そこには、カンナと……エルヴァレイン家当主のヴェンス=エルヴァレインがそこにいた。





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