第23話:とある日の昼、友人と秘密を共有する
「ま、魔王の才だと!?」
その言葉を聞いた瞬間、半ば叫ぶような声量とともに勢いよく立ち上がった。それと同時に腰掛けていた椅子が後ろへ大きく吹き飛ばされる。
普段のウェルナルドでは決して出さないような声だが、それほどまでにこの事実の持つ威力は大きい。
「そうだ。俺が直接確認したんだから間違いようがねぇ。あんな莫大な魔力は普通の人間の持てるもんじゃない」
興奮気味だったウェルナルドは段々と落ち着きを取り戻してゆく。そして直した椅子にもう一度座り直した後、顔を伏せながら深く息をついた。
「……そうか」
それだけ言うと、今度は黙り込んでしまった。
魔王の才、というのは単なる俗称であり、その才に正式な名称が付けられているわけではない。
そしてその名の元となったのが、魔王。遥か昔に魔物を引き連れ暴虐の限りを尽くした魔物の王。そして初代勇者に討ち滅ぼされた一人の魔族。
魔王の才というのは、彼の持っていた特異な体質に起因する。
それが『莫大な魔力に耐えうる体』と『異常なまでに魔力の回復速度が早い魔力機関』だ。
魔力に耐えられる体は、文字通り体に内包される魔力に一切の影響を受けること無く生活できるという点だ。
魔力というのは使い方を間違えれば毒にもなる代物だ。寧ろ一般人にとってはその可能性のほうが高いと言えよう。勿論それは魔法士にとっても例外ではなく、体の中を高速で魔力を入れ替えてしまうと、大きく寿命が縮んでしまう。だから基本的に魔法士は限界以上に魔力を使うことはない。そうしないと、体が勝手に回りの魔気を吸収してしまい、結果体が耐えうる以上の魔力が体に存在してしまうことに繋がる。
―――そんなリスクを全て無視できてしまうのだ、この才は。
「それに……アイツに限っては魔力の回復速度が異常と言えるほどに高い。……それこそ、俺が羨むほどにな」
「クイナ……」
俺の魔力の保有できる総量なんかティナの何万分の一にも満たないだろう。それこそ、俺は普通の魔法士よりも魔力機関が著しく弱い。
「……別にあの時のことを言ってるんじゃねぇよ。ただ単純に一魔法士として、だ」
ただ、それでも強すぎる力にはそれ相応の代償が存在する。
「しかし、羨むまでに過ぎない。その力を手に入れようとは思わない。……そうだろ?」
「……彼の魔王が持つ力だ。そうでなくとも、あれ程の力をぶら下げられてもそれを手に取ろうと思うほど力に渇望もしていない」
吐き捨てるように呟くが、その瞳には憐憫の感情が込められていた。
「魔王と同じ力……数年前『デゥ―ワイズ聖国』で行われたあの裁判の判決を覚えているか?」
「忘れるわけない。というか、ソレを知ってからいの一番に思い出したのあの出来事なんだし」
それは俺らが学園に在籍していた頃に、このヒューザリー王国とは少し離れた国で起きた今世紀最悪と言われる事件。
その名も『魔物信仰教団国家転覆事件』。
世界の影でひっそりと力を付けてきた魔物信仰をする教団の企みだ。
目的は、「神に操られし人間を開放する」とのことだが、そんなものは紙よりも薄い建前であり、本来の目的はデゥ―ワイズ聖国を魔物を使って乗っ取ろうとするものだ。
この話自体も実際に聞いた話ではあるが、その魔物の聖国への進行はこちらにも少なくない影響を出していた。平たく言えば、魔物を操っていた教団の君主の魔法がこちらにも飛び火し、魔物が軽い興奮状態に陥ってしまっていたのだ。
あの時は俺らはまだ一年生だったため、前線に駆り出されることはなかったが、何体かはその騎士と魔法士の包囲網すら突破し、学園のあるこの王都まで侵入してくる個体もあった。
ただこの事件がどんな形で魔王と繋がってくるのかと言うと、
「あの時魔物を指揮していた魔物教団の君主、『ゼクス=ゲオ』が魔王の才を保有していた。その事実がいつしか彼は魔王の生まれ変わりだと揶揄され、魔王の才を持つ者は例外なく、この世に生まれてきた厄災。……それが今の全世界の、全国民の共通認識になってしまっている」
その言葉に、ウェルナルドは大きく頷く。
「そうだ。……貴様はその弟子をどうするつもりなのだ……」
「だからそれを相談してるんじゃんよ」
そこで、俺はすっかり冷めてしまったコーヒーを一気にグイッと飲み干す。
「ふぅ。……悩ましいところだよなぁ。魔法を学んでいくうちにいずれその才に自分で気がつくだろうし、……それに少なくとも彼女は貴族なんだ。魔王関連の事象については歴史学で学んでるだろうし」
「しかも貴族か。……お前とその弟子とが出会った経緯も気になるが、取り敢えずその弟子への対応は今は何も変化させない方が良いとは思う」
「やっぱそう?……やっぱそれのほうが良いよなぁ……」
良い方向に何も進展しない結果が導き出されてしまったことに、思わず椅子の背もたれに体重をかけ、ギシギシと軋む音を聞きながら天井を仰ぐ。
う〜ん、難しい。別に俺は彼女自信にはその事は知らせても良いと思っている。
恐らくこの事実を知っているのは、俺とカンナと、今話したウェルナルドだけ。……いや、恐らくではない。絶対にこのことは知られていないし、これから先も知らせてはいけない禁忌だ。
目を瞑り、彼女の顔を頭の中に思い浮かべる。
……やってることなんか気持ち悪いな。やめよやめよ。
「ま、知りたそうにしてたら知らせるでいいや。少なくとも、魔力操作が俺以下の力量では教えることはできんがな」
目を開き、意地の悪い笑みを浮かべながら呟くと、その声が聞こえていたのかウェルナルドが、
「それはもう教える気がないではないか」
訝しげな視線とともに小さく、誰にも聞こえない程の声で吐き捨てた。
「さて、お話も済んだことだし……店主!ケーキ持ってきて!」
ウェルナルドは初め、特に何も考えずに軽い気持ちで尋ねたが、思いもよらない爆弾をぶつけられ精神的に参っていた。
その状態での、このクイナの不可解な言動だ。
彼は魔法が発動されているにも関わらず、黒い帳の外に手を振っていた。
……魔法が未だに発動されているにも関わらず、だ。
「貴様何をして―――」
そしてその瞬間、
見知らぬ男が音もなくこの場へと侵入してきた。
「なっ……!!」
思わず体を椅子ごと一歩後ろへと引く。
魔法は破られた形跡は一切ない。
「先程注文なされました、『苺のショートケーキ』です。お召し上がりください」
その男はそれだけを言うと、この場から静かに去っていった。
意味がわからない。
は?ここには土の賢者と謳われているクイナの使った魔法がかけられているんだぞ。この魔法は俺らでさえ時には欺くことがある。確実に看破できるものはこの世にはいないと言っても等しい。……それにこのことは普段滅多に誇張して言うことのないクイナが直接断言していたことだ。
「クイ―――」
この突然投げかけられた難問の答えを聞くために、クイナへと尋ねようとしたが……。またもや言葉が途切れてしまった。
それは物理的に誰かに遮られたわけでもなく、ましてや口を塞がれているわけでもない。
「ん〜〜〜っ♪やっぱりここのケーキはどれも美味しいなぁ。流石店主の作るショートケーキだねぇ」
その言葉を止めたのは、まるで子供みたいに口角を上げてお菓子を食べて楽しんでいるクイナ自身だった。
……この顔も懐かしい。少し前に何度も見た顔だ。
「…………」
思わず、それに合わせてこちらの頬も緩んでしまう。
結局、ウェルナルドはその店主の正体も、これからの彼の弟子の扱いについても、魔法関連についてことを聞くことは一切なかった。
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