第22話:とある日の昼、友人は訪ねてくる

それからは何も起きることがなく日々は過ぎた。


休みの日以外は、毎度朝ごはんを持ってきてくれる、実はメイド長だったティーゼさんと会うことから一日が始まり、その後は昼の時間まで魔法をティナに教える、という感じだ。


ただ、それが終わったら暇なのでエルヴァレイン領に遊びに行ったりするわけだが……


「充実してるなぁ……この生活」


エルヴァレイン領の中にある、木の匂いに包まれた隠れ名店『クルエラの家』で昼食を済ませた俺は緩んだ頬で、小さくそう呟く。


ただ魔法を教えているだけで衣食住が揃った生活。う〜ん、最高!ついでにお小遣いも貰えるんだから学園時代より余程いい生活してるよ。


「あ、店主!ショートケーキ一個頂戴」


まるで酒場のような頼み方で、明らかにこの場所の雰囲気に反しているが、それに異を唱える者もいない。これも俺がこのお店を気に入った要因の一つだ。

店主は、俺が大きくなりすぎない程度の声量で注文をすると静かに頷いた。


「(この店も良いねぇ。立地自体が中々に複雑な場所にあるからあんまり人も来ないし、それでいて寡黙な店主の作る料理のなんと美味いことか)」


正に知る人ぞ知る名店。

だが、名店というのは知らず知らずのうちに人を引き寄せてしまうものなのだ。


ショートケーキが来るまで、少し前に頼んだコーヒーを飲んでいると、カランコロンとドアに取り付けてあるベルの音が聞こえる。


「(……この魔力は)」


途端に懐かしい気持ちに駆られた。

魔力の質は保有している人間の質と呼応する、と謳われている現代魔法学に於いて、その考えを真っ向から否定するような澄み渡った清々しい魔力。


思わず、目線をそちらの方に向けると、その魔力の主は目深にローブを身につけていた。


そいつは席を選ぶような素振りもせずに、足を止めることなくこちらへと歩み寄ってくる。そして俺の席の前に立ち、


「こんなところにいたのか、クイナ」

「ひっさしぶり〜。ウェルナルドも元気そうで」


友に数日ぶりに会ったにも関わらず、ピクリとも微笑まない仏頂面を持つ、水の賢者、ウェルナルド=ダンタリオン君である。



















「あ、ちょっと待って」


ウェルナルドが席に座る前にそう声をかける。


そしてポケットから取り出した魔石をパキンッ、と割りその漏れ出た魔力を覆うように手のひらに収縮。そしてそれを手の中でいじくり回して……パッと勢いよく手を開く。


「ほほい、っと。“疑似魔法”のかんせーい」

「その魔法も懐かしいな」


そう言って、ウェルナルドはローブを取りながら俺の前の席につく。

懐かしき顔だ。


「そっちこそ。その眼鏡型の魔道具なんか持ってきちゃって。変装のつもりなら体の魔力を感知させないほどの魔力操作を磨いたらどうよ。それか幻影魔法でも覚えるか?」


少し青みがかった灰色の髪に常に相手を睨んでいるかのような琥珀色の鋭い目。


「アホか。あんな難しい魔法を扱えるのは貴様だけだ。いくら適正があったからとはいえ“幻影魔法”は大抵が『第四位』以上の魔法だぞ。簡単に習得できるものでもないし……こんなポンポン発動できるものでもない」

「便利なんだけどなぁ」


苦笑いしながら俺らを囲うように発動されている魔法を見渡す。


「幻影魔法、『虚構の帳』……の疑似魔法。周りに思いのままの景色を映し出す隠しものがある時に非常に便利な魔法。因みにいつも魔石を使って魔力を補っている俺からしたら別に疑似魔法を使った意味なんてない。……でもま、これだけだと少しだけ音は漏れ出てしまう。そんな時にこの魔法」


そこで言葉を切り、腰に下げてあった愛用の魔道具を取り出す。


「“土魔法:衝撃吸収”」


これで、周りからは水の賢者とその前に座る一般的、という構図ではなく、ただ一人で静かにお昼のケーキを楽しんでいる若者、という感じに見えるはずだ。

俺のその一連の動作を見て、小さく呟く。


「その魔法も、その魔道具も、……貴様は何一つ変わらんな」


相変わらず、と彼は言いたいのだろう。その顔には笑みが浮かんでいた。

彼は結構変化を嫌う人物だ。使う道具だってなるべく自分で細かく手入れして使い続けるし、もし壊れてしまったとしても同じ種類の物を新しく買って使うような人間だ。


ただ、良いものへの変化は存外受け入れる質である。


だから俺はこう返してやった。


「人間はそう簡単に変わらないものよ?」


その格好の付いたセリフに、彼の指にはめられていた指輪をニヤリと笑いながら指差す。

勿論、その指輪はその目的に作られたもので華美な装飾もなく、一見地味に見える銀一色の輪っかリングだが、それが薬指にあるとそれを見る目は大きく変わってくる。


「ただまぁ、変わるものも……悪くはないけどね」

「……否定はしない」


俺の物言いに、注視しないと分からないほどの微妙な変化だが、耳が赤くなる。


「式はいつ挙げるよ。……あ、もしかしてあの約束の日?そしたら物凄ーくロマンチックだと俺は思うんだよねぇ?」

「からかうのはそこまでにしろ。私の目的が一向に進まん」

「えぇ〜。久々に旧友に会ったんだから世間話くらいしようぜ?」

「というかそこまで時間は経っていないだろう!」


ナイスツッコミ。

だが彼の言うことも尤も過ぎるので、ここは一旦口を噤んでおくことにする。


「よし、それでは話すが……貴様、私達との間の約束は覚えているだろうな」


約束……というと……


「卒業式の朝のあれ?」

「ああ、そうだ。あのことについてアンナから言質を取ってこいと言われてな。……クイナ、あの時貴様『はい』とは言わなかっただろう。だから集まりはするが弟子云々に関しては有耶無耶にされそうだ、と」

「あー……」


そ、そんな細かな……。お、俺がもしかしなくとも弟子探しに尽力していたかもしれないじゃないか!!


……と、言えたらどれだけ良かったか。実際、まんまその通りに有耶無耶にしようとしていたのだから何一つ否定はできないな。……うん。


「…………うん」

「……そこで変に言い訳せずに否定しないのはお前の良いところだと素直に認めよう。だが―――」


と言いかけたところで思わず席を立ち、彼の言葉を手で遮る。


「ちょ、ちょーっと待ってくれ!!……一つ、これだけはハッキリとさせたい事実がある」

「……なんだ」


恐らく彼はこれから言うであろう発言は何かしらの言い訳だと考えるだろう。


……ダッテニンゲンダモノ。自分に都合の悪い物事を否定したがるのは人間の性。それに反対するのは余程の正直者くらいしかいない。


だがしかし!


それは、自分の都合の悪い物事ならの話だ。


「聞いて驚け。俺、もう弟子がいるんだよ」

「いやそれは嘘だろう」


いや否定早ぇー。

格好つけて宣言した俺の重みのある言葉がペラッペラに感じてしまうじゃないの。


だがしかし!!


「……分かる、分かるぞ。十数年俺のことを幼なじみとして見てきたお前なら俺のことをそう断言するのも分かる。しかし!これは紛れもない真実なのだ!!」


俺の後ろでドドンッ!!という音が出た気がするくらいの迫力で告げる。


「……っ!!…………お前がそこまで言うなら本当なのだろうな」


俺の熱意にウンザリして、仕方がなく認めた……という感じではない。ウェルナルドは一瞬だけハッとした表情になったかと思ったら、すぐさま俺のことを信じてくれた。

やっぱり持つべきものは付き合いの長い幼なじみだなぁ。


友の存在に感動に打ちひしがれると、とあることが頭の中に思い浮かんだ。


「あぁ、そうだ。俺もこのことについてちょいとばかし相談したいことがあるんだけど」


丁度目の前に魔法に深く精通している者がいたので、ついで感覚で相談してみることにした。


……彼も俺と同じ指導者になのだろうし。


「弟子の育成方針について。……そっちはどんな感じ?弟子見つけた?」

「貴様じゃあるまい。というかそもそもとして学園を卒業する前にその方面については目星をつけていた」

「さっすが〜」


ウェルナルドにとっては当たり前のことだろうが、こう言ったことを事前にできることは手放しに褒めざるを得ない。……性格は少しだけアレだけど。


なんて失礼なことを考えていると、彼は顎に手を当て考える素振りをしながら口を開いた。


「育成方針……。それについてなのだが……実は私たちもそれに頭を悩ませているのだよ。なんせ捕まえてきたアイツが思ったよりも優秀でな。基礎で教えることが無くなってしまっていたのだ」

「弟子自慢かよ」


やっぱり性格はアレだ。

そんな真剣な表情で自慢されても、って感じだが、思い返すと案外彼にとってそれは重大なことだったのかもしれない。


だけど今はこいつの悩みなんて聞いちゃいない。


「自慢するなら俺の悩みも聞いてくれよ?」


その言葉に、ウェルナルドは小さく頷く。


「……さて、まぁ、弟子の詳細については詳しくは語らないけど―――」


そこで、俺は言葉を切り、短縮詠唱をする。


「“精神魔法:以心伝心”」


前触れのないその魔法に、ウェルナルドの目は大きく見開いた。


『……こんな町中で禁忌魔法を使うほどの重要事項なのか?』

『そうじゃなきゃこんなアホな真似はしねぇよ』


いくら賢者の立ち位置でも、禁忌の名前がついた魔法を使うのは無許可では許されていない。

学園では様々な魔法を飛び交い、使った形跡は一瞬でかき消されるため、殆ど感知はされない。……それに、あそこには学園長がいた。


『さて、本題に入ろう。……正直言って、彼女の魔法の才は殆どないと言って等しい。けど、彼女にはとある奇異な才が……いや、もうこうなったら変な歪曲なしに直接言おう』


そこで俺は一呼吸入れ……告げる。


『あれは「魔王」だ。魔王の才が彼女の体に宿っている』





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