第20話:初めての授業.前編
「しかし以外だな、縄を解いてくれるなんて。てっきり俺を拘束した状態のままボコボコにいじめるのかと思ってけど」
動かせなかった肩を回しながら、あくまでも軽口を貫き通す。
「フン。無抵抗の相手を剣で斬り伏せるのは騎士道に反するからだ。それに―――」
そう言って、腰に携えていた魔剣を正眼に構えた。
魔剣、と言っても魔の気配を纏っているわけではないため、見てくれはただの長剣に過ぎない。だが、その全体的な細身の剣はエルフの持つ神聖な雰囲気に非常にマッチしている。
「後になってこんなになったのはあくまでも自分が縛られていたからだ、なんて言い訳されては構わんからな。もっとも、魔法士がそんな言い訳は使わないと思っているが」
言葉遣いは全く悪意に溢れているが。
「……だったらあんなにキツく縛ることもねぇだろうよ」
「そうでもしないと貴様は何らかの方法で逃げてしまうだろう?」
「まさか!俺はごく一般的などこにでもいる一魔法士だぜ。ただほんの少し記憶力がいいだけだよ。それこそとあるエルフの下着の色くらいは……」
「…………」
顔には出さないが……いや結構出てるなこれ。怒りが湧き出てら。
「あのな……」
「黙れ。始めるぞ」
取り付く島もない。まぁそうさせたのは俺なんだけども。
ティナに尋ねたが、目の前のエルフは二十歳らしくまだまだ子供の範囲内なのだそう。そのせいか、軽い煽りに対しての耐性が全くもって備わっていない。いくら実力が良くても精神面でこれじゃあなぁ。
未だに、俺の言葉が聞いたせいか、発する言葉に凄みはないが剣を構えている本人からは重みのある圧が伺える。
ただ、それにしても……と思いながら目の前のエルフを見据える。
「(殺意込めすぎだろ。…………ほんの少し相手を煽っただけだぞ)」
少なくとも、この場に入場する前はあんなに殺意は込もっていなかった。
なのだから少なくない原因が俺の一言にあるのは確かだろう。
……良くないことだとは分かってる。けど俺はこれから発するセリフを彩るようにして笑いかけた。
「俺は別に戦闘狂バトルジャンキーってわけじゃない。だがどうせなら楽しんでいこうじゃないの。……さぁ、楽しい楽しい授業を始めようか!」
この言葉も、相手を苛立たせる一つとなっただろう。
俺は基本的に、動きたくないタイプの怠惰だ。
微妙に届かない距離の物を取りたい時、もしもそれを取らないことで自分の人生が左右される……ってくらいじゃないと俺は手すら伸ばそうとしないだろう。……いや、だろうじゃなくて、もう絶対にしない。
だからと言ってそれじゃあ魔力で引き寄せる……ともなると今度は魔力の放出すらも面倒くさく感じてしまう。
面倒くさいのを魔法で処理するために魔法を学んだのに、結局魔力を動かすことすら疎くなるんだから世話がないが、結果的に魔法を学んでも前と後では大きな違いはなかったのだ。
では何が変わったのか?
なんだか精神面で変わってしまったと俺は思う。
平たく言えばなんだか好戦的になった。
『なんだか楽しそうだね』
今この瞬間も、このティナの一言がなければ、俺はこのままいけば完全にヒャッハーしてしまっていただろう。それこそ人が変わったレベルで。
『……忘れてくれ』
少なからず、俺はこの性格は良いものではないと感じている。基本的に怠惰だから、自ら進んで戦いに参加することは過去も未来も絶対にないが……これは俺のキャラじゃない……!!
なんてことを思っていると、
フッと空気が乱れる音が聞こえた。
目の前にいたエルフはもうその場にはいない。
だが気配はそこらじゅうから感じられる。
「(走る音も出さないとは……。これまた思ったよりも結構な実力者だな)」
思ったよりも強かったことに目を見張る。
さてさて、こちらも少し仕掛けをと……ただその前に。
『さて、ここで前提として説明しておくと、そもそも魔法士対剣士ではほぼ確実に魔法士が負ける』
『えぇ……。それじゃあさっき言ってた魔法士の戦い方ってなんなのさ』
『ま、見てろ』
今回は初回授業ということで魔石の出血大サービスだ。
俺はエルフが攻撃してくる前に、
その瞬間、魔石に込められていた魔力が手のひらから少なくない量が滲み出る。
「あー、オッホン!“幻影魔法:偽りの鏡”」
大きな咳払いと同時に、魔法名を詠唱する。
その瞬間、俺の体ほんの僅かにブレる。
『あれ?今変な魔力の流れが……でも、何も変わってない……?』
『魔法士の戦い方その一、バカ正直に剣士の前に出ない。因みにこれは俺の得意魔法の幻影魔法だ。中でもこの“偽りの鏡”は人の目から入る情報を誤認させて今この場所にいると勘違いさせるもん。ついでに干渉させているのは自分以外の人の持っている目だから魔法を打ち消す魔剣を使っても意味はない、というわけ。……それに……幻影魔法については名前くらいは聞いたことあるじゃないの?この前に渡されたあの魔法書にも確か幻影魔法のことについて書かれてあったと思うけど』
『あ〜……あ!アレか!あの魔法なんど魔力を流し込んでも成功しなかったんだよね〜』
『そりゃそうだ。“
それにしてもあんなレベルの魔法書の出処って絶対にカンナだろ。
というかあんなもん子供の手の届く場所に置いておくもんじゃねぇよ!
『はぁ、説明に戻るぞ……っと多分これから攻撃してくると思うからよく見とけ』
ティナの視線をこちらに寄越す。
と、それと同時に見計らったタイミングの攻撃がこちらに飛んできた。
初撃は……手首への確実な一閃。
「……!?」
だが、勿論そのまま手首が切り落とされるなんてことは起きない。
その剣は、完全に俺を捉えたにも関わらず、そのまま俺をすり抜けた。
エルフの人も多少驚きはしたが、冷静に思考を立て直し、直ぐに一歩下がりまた周囲へと溶け込んだ。
『見てた?』
『肝が冷えた』
食い気味に答える。
『俺が初手で落ちるわけねぇだろ。それじゃあ授業にならんし、それに…』
そう言葉を切って、この訓練場のどこかにいるであろうエルフを横目に、
『最初はただ単にエルフ特有の俊敏さを活用して走ってただけかと思ってたが……これは精霊魔法だな』
『精霊魔法?』
ティナも知らないらしく、俺の言葉を反覆した。
『知らないのも無理ないか、この精霊魔法はエルフの種族だけが扱える魔法。正確に言えばまた違ってくるが、安寧と秩序を司っているエルフだからこそ使える魔法だ。んま、詳しいことはこれが終わったら聞いてこい。それと……』
エルフの攻撃がまた再開された。
今度はまた更に俺の体に連撃を加えていく。
頭への突き。膝への薙。そして心の臓へと切っ先を当てたり。
「…………」
一通り様々な剣での攻撃が終えた後、このままでは埒が明かないと感じたのか、魔剣を胸の前に構えて何かを唱え始めた。
「うーん。攻撃を精霊魔法にシフトさせちゃったかぁ。……ここまでかな」
最後の言葉を誰にも聞こえないように小声で呟き、少し失望する。
どうしたものかと考えていると、唐突に妙案が降り注いだ。
『……なぁティナ、一つ良いか?……この人煽り倒していい?』
『別にいいけど……なんで?』
『魔法使われたら対剣士の意味ない』
そんなくだらないことを実際に耳にしたティナは、呆れながらも、
『まー……フィオナスさん……今のエルフの人は最近実力つけて少し慢心しているらしくてね、実は私父さんからフィオナスを打ち負かしてもっと研鑽を積まさせろー!なんて言われてて、だから……』
『何してもいいってことね?』
『な、何してもって訳じゃないと思うけど……重症にさせなかったらいいんじゃない?』
その言葉を聞いて、戦闘中にも関わらず、思わず頬が緩んだ。
『言質貰ったぞ』
『一応……ほどほどに、ね?』
正直俺の心の奥底ではこんな相手を煽って自制心を失わせるような汚いやり方も大切なんじゃないかと思う派だ。勿論相手を選ばなければならないが、今回の勝負でティナにはこんな勝ち方もあるよ、って言うことを知ってもらいたい。
それが今回、こんな勝負を請け負った一番の目的だ。
「教え子への可能性の提示といこうじゃないか」
結局は、煽りも魔法も使用者次第。
使い方を間違わない程度に、見せていこうじゃないの。
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