第19話:ラッキースケベ、その後は?

エルフ。


それはかつて森の中に住みし安寧と秩序を司る種族だった。


そんで、昔は何が起きて倫理観がねじ曲がったのか知らないが、究極のイケメン、もしくはちょいブスがモテるとかいう謎文化が根付いていた謎種族もある。


種族の傾向的に顔立ちが整っているのがスタンダードなため、自分とは少し違う。それがイコールでちょいブスという結論に至ったのではと仮定されているが、真実はまだ分かっていない。一部では偶に現れるノーマルフェイス(例外)への差別を無くすために秩序を目的として価値観が捻じ曲げられたのではと言われている。


さて、こんな小話はどうでも良いとして、エルフというのは先程も言った通り美男美女が当たり前の種族である。


目の前の闘技場……じゃないや。訓練場の中心で剣を片手で真正面に構えながら今にもその武器で人を殺しそうなエルフの人も例外なく美人さんだ。


……いやどうしてそうなった?


「あのな」

「黙れ。始めるぞ」


取り付く島もねぇ。

いや俺が悪いのも分かってる。入る前に確認しないのも俺のせいだし、あまりの出来事に暫くジッと眺めていたのも悪かった。


だからって、ほんとにどうしてこうなる??


なんの説明もなしに一瞬で拘束されたかと思ったら「待っとけ」と一言だけ言って部屋の外に放り出された。


……と思ったら、何故か出てきたのは完全武装のエルフさん。

そして今度はどこにあったのか、縄で俺をグルグル巻にして一言。


『その腐った根性を叩き直してやる』


そう言っていたため、俺をボコボコにするのが目的のようだが……脳筋すぎない?

エルフって安寧と秩序を司る種族だということを思い出したのもその時である。


『……なぁ、ティナ。この人ほんとにエルフだよね?』


俺は観客席らしき場所で待機しているティナにで問いかける。


『一応種族的にはエルフ種だけど……この人純粋さんだからなー。ただ単に恥ずかしいだけじゃないかな』

『エルフって長命なんだろ。この人の見た目が見た目通りの年って訳でもないだろうし……』

『ところがどっこい。この人はなんと驚きの二十歳。人間種と比較してもまだまだ若い盛りの年なんだよね』

『……俺と同い年じゃねぇか』


感嘆の声で―――声は出していないが―――呟く。

エルフ種は五十歳が成人とされており、それまでは集落や村の中で親や他のエルフの仲間とともに過ごすのが普通なのだが……訳ありか。


ただ、それにしても……と思いながら目の前のエルフを見据える。


「(殺意込めすぎだろ)」


思わず苦笑いを浮かべることしかできなかった。


……さて、どれだけティナに魔法を見せられるかな?



















「う〜ん……。さっきは少し反撃するつもりで置いてっちゃったけど……もしかしなくともこれ……迷ってる?」


私は訓練場に備え付けられてある観客席から、周りを見渡しながらそんなことを呟いた。

この練習場の中は昔はこの国の円形闘技場として扱われていたらしく、大人数を収容するように造られたため、兎に角中が広い。そのため所々に案内板が設けられているのだが、それでも初めてこの場に来た父さんの弟子の何人かが迷ってしまう。


「(シークも例にもれずに迷ったと見るのが打倒……。このままじゃどうしようもないし、入れ違いになる可能性はあるけど探しに行こうかな)」


なんて思っていると、どこからか、聞こえるか聞こえないほどの小さなコンクリートを踏む音が聞こえてきた……気がした。


「シーク?」


問いかけてみるが返事はない。

代わりに、何か首元にムズムズする感覚が起きたと思ったら、突然ありえないことが起きた。


脳内で声ではない何かの振動が頭の中を震える。

そして、それは目の前の空間で空気が震え、音が発生するのと同じように私の頭の中にも音ではない「何か」が響き渡る。


『あーあー、こちらシーク。聞こえてる?』

「ひゃわっ!」


唐突に「声」が聞こえてきたせいで変な声が出てしまった。

しかし、それと同時に私は今起きたこの現象が魔法だということを反射的に知覚した。


『聞こえてるけど……その魔法突然やられるとビックリするからなんか合図みたいなのないの?』

『それ友達にも言われたけど残念ながらないんだよなぁ。ま、禁忌って言われる魔法だし。慣れだ慣れ』


あっけらかんとした様子で、禁忌という言葉を使う。


今はまだ魔法についての知識が浅いせいで、魔法における「禁忌」がどれほどの意味を持つのか分かり得ないが、それでも良いものではないことは分かる。


“精神魔法:以心伝心”


以前地下で聞いた話では、この魔法は禁忌と呼ばれる精神魔法の一種であり、使い方を間違えれば一国の王を支配下に置けることができる可能性がある魔法だから「禁忌」だそうだ。


詳しい内容としては、相手と自分の魔力を、糸のようなもので繋ぎ、己の魔法を操る機関を魔法で一定の振動を起こすことで伝えたいことを響かせることができるらしい。しかも、使用する魔力は相手と自分を繋げる分だけでいいから消費魔力もごく少量で済む。


『俺は他の人より魔力を貯蔵できる量が少ないからこういった魔法は万々歳なんだけどな』


禁忌、と言われるのは結局は使う人が悪かったからであって、今一般的に使用されている『魔法』自体も結局は存在自体が禁忌に近いものではある、と彼は語っていた。


実際その通りだと思う。

彼がこの地にやってきてからはそのことをより強く思うようになった。

私は彼に会って、「本当の魔法」を知ることができた。そしてそれは自分が思っていたよりも遥かに便利なもので、その反面、それ以上に危険なものだと強く実感した。


彼の作るゴーレム。彼にそんな考えはないと思うが、使い方によってはあれは騎士団よりも強く……そして危険なものとなるだろう。


『ねぇ……』


貴方は魔法についてどう思う?


そう問いかけようとしたが、それはシークが急に突然出した声によって阻まれ叶うことはなかった。


『ティナ。恐らくもうそろそろそっちに着くと思うからこれから起きることについて説明するぞ』

『……?』


思いもよらなかったことが聞こえたため、思わず返事が遅れる。

だが、その沈黙を了承と思ったのか、そのまま説明を始めた。


『いいか?落ち着いて聞け。俺はこれから縄でグルグル巻にされた状態でエルフの人と一緒に真ん中の練習場に入場してくる』

『??』


縄で……グルグル巻。


……うん。


『取り敢えず最後まで聞こうか』

『よし。まぁ詳しい話は後で説明するが……恐らくこれから俺らは戦うことになる』


……なる、ほど。


『しかも結構殺し合うカンジで』

「殺し合う感じで!?」


流石にこの言葉は無視できず、思わず声を張り上げてしまう。


『そそ。笑っちゃうよね』


笑ってるとこ悪いがこっちは全然笑えない。


エルフの人、というのは恐らく父さんの弟子の一人のフィオナスだろう。しかも一番弟子と謳われるくらいで剣の腕は相当な実力者だ。


『だ、大丈夫なの?多分だけどその人……結構強いけど』

『っぽいね。見た感じなんか凄そうだし……しかも得物なんか魔剣だぜ。ほんと笑っちゃうよね』

『……だから笑えないって』


一体その自信はどこから湧いてくるのか。


しかも……


『というかフィオナスさんの魔剣って……』

『魔法を切り捨てるタイプだろうな』

『……そんな重要なことを、まるで自分とは全く関係のないようなトーンで話してるけど……私にはその状況は結構ヤバそうに感じてるんだけど』

『ま、実際それほどヤバくないからな』


と、心の底から本心で言うように私の言葉に返答をする。

私はその言葉に内心呆れ返っていたが、


『……そこまで自信持って言うんなら勝てるんでしょうね』

『あぁ、勝てる』


ハッキリと、断言した。


『だけどまぁ、俺にとっちゃあこの勝負の勝ち負けなんてすこぶるどうでも良い。今回のこれも結局は巻き込まれただけに過ぎないし。だから俺はある目的を持ってこの勝負に挑むことにした』

『目的?』


意味が分からず反射的に尋ねるが、次の言葉に思わず耳を疑った。


『お前だよ』


その言葉に、目の前に誰もいないのにも関わらず、思わず指を刺されているような気になった。


『今回の勝負でどうせなら魔法士の戦い方を見てもらおうと思ってな。だから案外この勝負は結構授業としてはお誂え向きで、対剣の一対一の丁度いいデモンストレーションにしようと思ったわけよ』


その理由に、半分呆れ、そしてもう半分は喜びが勝った。


『お前、こう聞いて結構内心では喜んでんじゃねぇか?』


いきなり自分の心境が言い当てられたことで、思わず心臓が飛び跳ねる。


だが、


『違う、とは言い切れないけど、でも……それでも半分だけだよ?もう半分はこんな状況でもそんなことを考えられる貴方に呆れてる』


その言葉を聞いて、彼は笑った。

……実際に声を使って。


「お前!何を笑っている!」

「あ、すみません。唐突に思い出し笑いを」


その声が確実に聞こえる。


大きな入場口。そこから現れたのは、案の定、訓練用ではなく、本番用の装備を身に纏い、腰に魔剣を携えたエルフ―――フィオナスさん。そして……


「わ、ほんとにグルグル巻にされてる……」


肩から腰にかけて、ミノムシのような状態になっていたシークだった。





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