第17話:サボりは許されない

その後、なんだかんだで本来の「俺が優しくされる理由探し」を思い出し、そしてなんだかんだで直接メイドの人たちに聞いたほうが早いということを自覚した俺は、結局は自分に原因があることを知った。


朝朝食を運んできてくれたメイド長のティーゼさん曰く、


「昨日の夜に貴方様が友好の証として温度を変化させる魔道具をプレゼントしてくれたじゃないですか。それが我々にとって何よりも嬉しいものだったというだけです」


とのこと。


確かに俺はそのことに配慮してその魔道具をあげたのだが、まさかそこまで喜ばれるとは思わなんだ。

そして、あの時の朝食はヴェンスさんやカンナ公認のものだと後で知った。


そして翌日。

俺とティナはとある一室にいた。そこは以前ヴェンスさんが書斎として使っていたスペースらしく、本もそこら辺に沢山ある。


そんな部屋に二人でいる理由は勿論……


「さて、これからお前にとっては待ちに待ったであろう魔法の授業を始めるぞ」


俺がこの家に存在する理由と言ってもいい家庭教師のオシゴトだ。

そして俺もそれに合わせて私服のウェルナルドみたく、メガネをかけてみる。度は入っていない。伊達だ。


……だが、


「どした。なんか嬉しそうじゃねぇな」


そこには謎に不貞腐れた顔をしたティナがいた。


「だって……」


の言葉とともに話し始めた理由は案外どうでもいいことだった。


「―――とどのつまり、ディアの魔法の花が羨ましいだけじゃねぇか」

「そう……!羨ましいの」


呆れるように呟いたその内容に、自分の嫉妬を一切隠すこと無く断言する。むしろここまできたら清々しいまである。


昨日、ティナがディアに会った時に、俺がプレゼントした氷華を自慢されたらしい。というかどうでもいいけど姉妹で名前が似てるな。

……ということはどうでもよくて、そんなふうに羨ましがっているが、あの花をティナに渡すわけにはいかないのだ。


あの魔法の花は、俺の“唯一の魔法オリジナルマジック”に混ぜ込んであるとある機構を混ぜ込んだせいで、生半可な魔法士が持つと形を爆弾に変えてしまう。少しディアのことを観察してみたが、彼女自身に魔法の才は備わっていはいたが、まだ使用段階には程遠いため万が一の護身用として持たせただけだ。


それにもしもの事があっても、あの魔法の「仕組み」はカンナには話してあるから多分どうにかなるだろう。


多分は多分でしかないのだが。

とまぁ、流石にティナに爆弾を持たせるわけにはいかないので、


「取り敢えずバベルの十あるうちのレベル五をクリアできたらプレゼントしてやるよ」


実際にあの花を扱うことを承諾してもいいレベルを提示する。

正直、バベルのレベル五はあの学園の卒業生とほぼ同じレベルなので、真実を知るものからしたらかなりの無理難題を吹っかけているように感じるだろう。


だが、目の前の少女はムッチムチの無知だ。


「む、レベル二でもあんなに難しいのに……。……だが全くできない気もしない!」


そう言って、この間プレゼントしたやりかけの鈍色のバベルを両手で握りしめる。

彼女は、俺が課した授業前の宿題としてレベル二のバベルをスムーズにクリアできるように、というものを忠実に守っているようで、昨日も廊下を歩きながらバベルを弄っていたのを見た。

やる気があるようでなによりである。


因みに、レベルが三上がるごとに格段に難しくなることを、まだレベル二に取り組んでいる彼女はまだ知らない。


「そんじゃ、憂いも無くなったところでさっさと授業を始めんぞ」

「お願いしま〜す」


そうして授業は始まった。



















さて、ここでみんなにとある問いかけをしようと思う。

もしも、教える相手の詳しい能力が分からない時に、詳細に知るためにはどうしたらいいか。

教育するに於いて、集団を教えるならまだしもマンツーマンで教えるなら前提としてどの程度できるのかを知っておいたほうが教える側にとっても、ましてや教えられる側にとっても効率的に学ぶことができる。


じゃあどうやって知ろう?

至って単純。学生諸君が忌み嫌っているアレである。


「まず最初に―――……ほれ」


懐から十枚くらいの紙の束と、均等に枠が設けられた一枚の紙を取り出してティナの前に置く。


最初はティナはその紙束の正体が分からなかったのだろうが、唐突にその言葉が頭の中を過ぎったのだろう。呆けた表情で手元の紙を見ていたティナの表情が真っ青に変わるのにそれ程時間はかからなかった。


「あのぉー……これってもしかしなくても……」

「ん?そっちの貴族学校でも休み明けとかにやらないか?」


一縷の望みに縋るように絞り出したその言葉に、俺は笑顔で残酷に告げる。


「テストだ」




















そして一時間近くの―――本人にとってはそれ以上に感じるであろうテストが終わり、採点をしようと解答用紙を貰ったのだが……


「……やっておいてもらってなんだが…………テストする意味なかったな」

「やらせておいてその言い草はなんなのさ!」


机に突っ伏して叫ぶ。


「大体なんなの!?『精神魔法の必要不可欠な魔法理論とその運用方法を計算式に出して説明せよ』って!勉強もしてないのに分かるわけがないじゃない!」


ご尤もな意見で。


手元に返ってきた先のテストの解答用紙を一瞥する。

すると、そこにはものの見事になにも書かれていなかった。一度書いて消した、という跡すらも残っていない。


だが、俺自身これといって難しくした記憶もない。

先程のような問題でも、魔法を学ぶ者にとっては少し考えれば分かる程度の問題だ。中には魔法の発動に関する超基礎的なことすら入れてあった。それは算数に例えても、四則演算くらいのレベルのものでしかない。


それすらも分からないということは、


「じゃあお前、いくら魔法書の魔法陣に魔力を流すだけとはいえなんで魔法が発動できたんだよ!?」

「……そこまで驚くことなの?」


俺の大声に反応してか、伏せていた顔を上げて眉を顰める。

その言葉に、思わず顔に手を当ててため息を漏らした。


「ここまで中途半端なら、魔法の理論教えたほうが逆に安全だぞカンナ」


今、この場にはいない彼女の親に向けて悪態をつく。


「いいか?これから授業を始めるが、これから話すことは俺ら魔法士にとって超絶基本的なことだ。一度しか話さないから頭に叩き込むかノートを取るかして絶対に覚えておけ。お前が覚えたいって言っていた隠密の魔法も後でだ」


そう言うと、急いでどこからかノートとペンを取り出す。


前もって用意していることからほんと意欲はある。というかこの子自身学ぶ機会がなかっただけで魔法に対する気概は人一倍高いんだったよなぁ。これなら教える側としても悪い気はしないので、こちらとしても珍しくやる気が湧くというものだ。


……ほんっとーに珍しく、だ。


「さて、それじゃあ最初は……そもそも魔法についての説明…………か」


……あ、やば。急に面倒くさくなり始めた。なんかよくあるよね、始める前は気合十分だったのにいざ始めようとすると気分が萎えるやつ。心の底ではこの基礎の部分こそ真面目に教えないといけないということは分かってるんだけど…………やっぱ俺指導者向いてないわ。


……分かってる。こんな心境を持つやつが教鞭をとって言い訳がないことなんて。

だが、ティナ程じゃないが俺は自分の気持ちに正直で、結構甘い。


結果。


「(やっぱ少しくらい適当でも……)」


という思考が脳の中の九十九パーセントを支配したその瞬間!


「……!」


そこで俺は気がつく。

ティナがこれ以上ないくらいに尊敬の眼差しを向けていることに。

や、やめろ、俺のことをそんな目で見るな!俺はそんな目を向けられていい指導者じゃない。そんなキラキラした目で見られると……


「(……さ、サボるにサボれない……!)」

「…………ただこの場所では魔法を使うにしても色々と問題も出てくると思うから外行こうか」

「……?分かった」


結局、俺はティナの魔法の熱意に負けて素直に、ちゃんと教えることにした。

外に出たのはせめてもの、言葉で説明するよりも実践で教えたほうが楽だという小さな足掻きによるものだった。





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