第14話:疑問、からの衝突.前編

部屋を出た後も、メイドさんの猛襲は止まらなかった。

ある時は猛烈に感謝され、またある時はお菓子をもらえた。

微妙に捻くれた考えてを持つ俺だからこそ、ここまでこのことをされてしまうと感謝よりも先にこんなことを思ってしまう。


……おかしい。


何がおかしいって……そりゃあメイドさんたちの態度についてだ。

俺、まだこの人達と出会って二日目ぞ?

そして俺この家の居候ぞ?


……と。


俺自身、特に彼女らに感謝されるようなこともしてないし、それ以前に関わった回数も一度だけだ。そしてその内容もこれからお世話になることを理由に便利そうな俺オリジナルの魔道具をプレゼントしただけ……。


などと、そこまで考えてある一つの可能性が浮上してきた。


「まさか……俺の正体をカンナがバラした?」


思わず、周りに誰もいないという確認をしていないのにも関わらず、そんなことを呟いてしまう。


「(いや……だがそうとしか考えられない。いくら侯爵家のメイドだからといってなんの理由もなしにこんだけ優遇されたらそれはそれで異常だ。だったら必ず何かの理由がある……)」


メイドさんの様子を見ても、既に俺への好感度はマックスに近い。

ならその好感度はこの『シーク=ナエハ』ではなく俺本体である『クイナ=エシハ』、土の賢者に向けられているものなのでは。

そう考えるとこの態度にも納得できる。


いくらこの侯爵家が魔法ではなく剣に生きる家系だとしても、『賢者』の名前とその凄さくらいは身に染みているはずだ。


「問い詰めなければ……!」


足早に昨日の部屋へと向かい始める。


このままでは俺(土の賢者)がこの侯爵家に居候していることがバレてしまう。いや正直俺という存在が貴族の家で居候している事自体はどうでもいい。不本意ながら、世間では「あぁなんだ、怠惰の賢者が貴族の家で怠惰してるだけか」で変に納得されて終わるだけだろう。


本当に困るのは、俺という存在がここにいる、という事実が広まってしまうことだ。


「(まっ、またアレが!あの生産地獄だけは……っ!!)」


苦い苦い思い出がフラッシュバックする。

そしてそれと同時に早歩きしているだけなのに、息切れ……というか動悸が起き始めてきた。


「うっ……!あ、頭が……」


ついでに頭痛まで。

その思い出とは俺の怠惰の一つの要因とも言っていい忌々しい出来事だ。

内容は思い出すことすら憚られてしまうので、思い出したその出来事は昨日のカンナとの話し合いの記憶で塗り替えることにしよう。



















場面は昨日のヴェンスへの報告が終わった後まで遡る。


「あんた、俺の正体に気づいてるな?」


相変わらずお互いの表情は崩れない。あるのは貼り付けたような……ではなく本当に貼り付けた嘘の笑みだけがこの場を掌握している。


「あら?どうしてそう思ったのかしら」

「ハッ、俺の正体に気づいているってことは否定しないんだな」

「ここで誤魔化しても意味ないでしょう。それに―――」


そう言ってこちらに向けていた視線を、ほんの一瞬だが、周りの壁に向ける。


「こんなに高度な土魔法、貴方以外にできるわけがない。そうよね?『クイナ=エシハ』さん?」

「……あんたも魔法師かよ」


その呟きにカンナはニコリと笑い、肯定する。


……しくじった。


本来、魔法士にしか魔力の流れ―――つまり魔法を使ったのかどうか―――は分からないのだ。そしてこの場には剣の家系であるエルヴァレインとただの一般人のメイドしかいないと高を括っていたのが間違いだった。しかもただ万一のことを考えて、かなり魔力消費を抑えて発動させたせいで余計実力を見せてしまっていたのだ。しかもそれを見破ったということは、だ。


賢者レベルとまでは言わなくても、王宮に仕えることができるほどの魔法の力を持っているということになる。

そんな結論に至り、俺はわざとらしくため息をついた。


「……な〜んであんたほどの実力を持つ人間がこの家の嫁いだんだか。しかもそんだけ実力あるんならティナに魔法を教えてやればいいのに」


何気なく言い放ったその言葉に、カンナは先程まで崩すことのなかった笑みを初めて変えた。

強いて言うなら、それは嫌悪だ。


「貴方、それあの子の才能のこと分かって言ってるんじゃないでしょうね」


口調も、一瞬で棘のあるものに。

俺は少しの間なぜ彼女が怒っているのかは分からなかったが、自分の言葉を振り返ってみた結果、直ぐその原因は突き止められた。


だが、俺は彼女を焚きつけることにした。


「勿論。そして今のセリフもそれを加味してわざと言った」


俺が当たり前のようにそんなセリフを吐いたその刹那、



銀の細剣レイピアが俺の首元に―――



「まぁそんなカッカすんな。短気だと夫に嫌われるぞ?」


その細剣は俺の首元を貫くことなく、音もなしに空中で停滞していた。


「……!……少なくとも貴方の性格よりかはマシだ、よっ……!!」


怯むことなく続けざまに放たれる高速の三連撃。

本来ならその攻撃はどんな達人でも一瞬で死たらしめるだろう。


だが、


「……ッ!!」

「良い攻撃だな。乱れのない真っ直ぐな剣筋。こんな至近距離なら逆にフェイント入れるほうが威力は落ちるし、何より細剣だから無駄に力を入れる必要もない。そして魔法を学んでいるお陰で魔力を細剣に纏わせることもできる。……いや魔法を学んでいるだけじゃこんな精密な魔力操作はできないな」

「お褒めの言葉どうもっ!」


俺が冷静に分析している間も、細剣による連撃は止まらない。

いつの間にか起立していたカンナは前後左右、時には上からの斬撃を。至近距離からだったり逆に遠距離だったりも。時折フェイントだって織り交ぜてくる。


その全ての攻撃が技として完成されており、技量だけで言えば、恐らく対人戦では最強と謳ってもいいほどの実力だろう。……俺の人生経験ではまだその比較対象が少ないため、まだなんとも言えないが、少なくとも今の俺の中では最強だ。それこそ、ジダを超えて。


……だが。


「俺にはまだ届かない」


数多もの剣筋は静かに空に止まる。


「俺は曲がりなりにも賢者の称号を貰ってるんだぜ。この程度の攻撃で貫けるとは思わないことだな」

「それじゃあこれはどうかしら」


そう呟いた後、素早く俺から距離を取る。

何かをする気か、と思ったその瞬間、彼女は手に持っていた細剣を胸の前に立て始めた。


まるで騎士が誰かに誓いを表すような動作だが、恐らくこれは……


「(……っ!大きな魔力の流れ……。詠唱を始める気か!)」


その考えに応えるように彼女の周りに、光を表す白、土を表す茶、火を表す赤のオーブが可視化される。


『“万物を貫く光の刃” “銀を纏う土の芯” “赤火に輝く炎の柄” 三色をを集わせし剣豪の剣よ、今この手に顕現せよ』


そしてそのオーブが詠唱が進むと同時に彼女の手に持っていた細剣へと集まってゆく。


「これはまたまた珍しい魔法……というわけでもないか。剣の家系に染まった魔法士ならば逆に学ぶことは必然。それは属性魔法を一つの剣という形にまとめ上げるという、初代勇者に付き従った初代剣聖が創り出した剣の志尊とも言える魔法……」


『目標を穿け。“剣魔法:英霊剣”』


詠唱が完了したと同時に、彼女の剣は一瞬だけ眩く発光する。

その魔法が完遂した時には彼女の持つ剣は形を変えていた。

それほど大きな変化はなく、剣の種類も細剣と形容しても間違いはないが、大きく異なるのはそのオーラだ。


「これでも貴方に勝てなかったらその時は雇い主の親の特権でティナの家庭教師を解雇させるから」

「これこそが腐った貴族の技、特権乱用だな」

「言ってなさい!」


そこそこ魔力の消費が大きい魔法をしようしたせいか、彼女の体幹は大きくブレてしまっており、今でも立つのがやっとのはず。それでも俺に立ち向かうのは親の愛が為せる技か。


「(う〜ん。終始彼女なんか勘違いしてるっぽいんだけど……。でもまぁあの才能を理解できてしまう魔法士からしたら魔法を学ばせないってのもを回避する一つの手だな。そしてそれを真っ向から否定した俺は娘の命を奪おうとする敵、か)」


カンナの考えも一つの手だろうが、あくまで厄災となるかはその才能の活かし方によって変化する。そしてそれはこの才能に限った話でもない。


それに子の心配をする親を説得することを面倒だと思うほど俺は人として腐ってはいない。


「さぁ来い。この攻撃を受け止めて俺の言い訳を聞いてもらおうじゃないか」

「止められるものなら―――」


姿勢を低くして力を溜める。


「止めてみなさいっ!!!」


その叫びに応じて、ゴッ!!という轟くような音が部屋の中で響き渡った。


そして残りのなけなしの魔力を体に纏うことで擬似的な身体強化を寸前で行った結果、突進のスピードも早まり周りの家具がその突進によって生み出された衝撃波で吹き飛ばされしまっており、周りは悲惨なことになっている。


だが、それでも……


「惜しいな」


俺の首を貫くことは叶わなかった。





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