第13話:居候の朝

夢を見た。


寝る場所が快適からなのか、その見た夢は鮮明で、映画のようにフィルムが流れる時のような違和感は一切感じられず、その時の体験をそのまま追いかけているようだった。

しかし、その時ばかりは映画のフィルムであって欲しかったと切に願った。


あの時の失敗を、あの時の未熟さを……。


もう学んだ。もうあの失敗は繰り返さない。

……それでもあの夢は時折俺の目の前に戒めのように現れる。


あの時は子供だった。

子供だったからこそ……俺は無知だった。


無知だったからこそ、俺は魔法を使い続けた。

朝も昼も、夜も……次の日も。魔力が無くなろうとも、寝て起きたら魔力が体に満ちていた。


……だから俺は魔法を使い続けた。


魔法を使って……使い続けて。使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って使って


……そして―――











「……嫌な夢を見たな」


丁度いいタイミングで目が覚めた。

後味の悪い夢を振り払うため、


「“水魔法:水生成”」


と、唱えると、目の前に両手で覆えるくらいの水の玉が生み出される。

殆ど適正のないため、こんな量の水しか生み出せないが、それでも顔を洗うことくらいはできる。

そして、それが終わったら適当に使った水は窓の外から放り捨てる。


持っていたハンカチで顔を拭くと、大体の意識が覚醒し始める。

そして今度は着替えに移行。


「いやぁ……しっかし、これからはお嬢様との半分ヒモ生活、というか居候の存在。昨日の話を聞いた限りは今は夏季休暇期間でもうそろそろしたら貴族の学校へお戻りなさる。……そしたら晴れて侯爵家のヒモとなれるわけだ」


着替え終わり、丁寧に手入れされた緑豊かな庭を窓から眺めながらそう呟く。


ただ、その後は無理矢理追い出される可能性も皆無ではないが……その時はその時だ。俺の正体を知っているカンナになんとか融通してもらうか、それか元より計画していた森生活も悪くないかもしれん。


一度、ベッドの隣にある小さな机……そしてその上に乗っている花を一瞥する。

学園長が俺考案の『機構』を利用した“氷華”。一生溶けない一生輝き続ける華。


「(フッ、今日も良い日になりそうだ)」


最近ではこの花を朝眺めるのが日課になっている。


「朝ごはんは……流石に世話になるわけにはいかないか。金もあるし適当なもの食えば……あっそうだ。ついでに冒険者協会にも寄ってくか」


今日は特に講師の予定は無く、本格的に教えることになるのは明日からだ。

この家には、流石に衣食住とまではいかなくとも、その大切な一つである「住」を補ってもらえるのだからこちらもちゃんと応えようじゃないの。


そんな風にこれからのことについて意気込んでいると、突然扉をノックする音が聞こえた。


「失礼いたします、ナエハ様。お食事の準備ができましたので部屋の中に運んでもよろしいでしょうか」

「あ……はい?」


思わず、人間の条件反射的なナニカが昨日が俺の意思の代わりに返事をする。

そしてそれを訂正する暇も与えずに、とある一人のメイドがこの部屋に銀のカートを押しながら入ってくる。


そしてそのカートには―――


「お、美味しそうな朝食ですね」

「はい。このエルヴァレイン家お付きの料理長が毎日ヴェンス様たちのために腕を振るっている一品でございます」

「あの……そういうことはつまり……侯爵家の方たちと同じようなものなんですね?」

「同じようなもの、ではなく同じものです」


別に俺自信普段からティナにタメ口を使ってはいるものの、貴族という存在についてを軽く見ているつもりはない。というか俺という存在が『賢者』という称号を持っているため、恐らく庶民の誰よりも貴族と近い位置にいるだろう。なにせ賢者になったからにはそれなりに国の中枢に引きずり込まれる。自慢じゃないが、俺ら五人はそこそこの数の国王とも対面している。勿論、このエルヴァレイン領の所属する国―――『ヒューザリー王国』の国王にも……。


だからこそ、俺は貴族の凄さも知っている。

何が、とは詳しくは言わないが……。


「……あのですね、仮にも俺はただ少しだけ魔法が使える一庶民なんですよ?そんなやつを貴族と同等に扱うのも外聞としてどうなのかと」

「だいじょぶですよ、バレなきゃ」


それでいいんかい。

仮にも侯爵家のメイドさんがそんな心意気でいいんかい。


……と、心のなかでツッコミをかましたものの、俺はそのバレなきゃオッケー精神には全面的に賛同できる性格だ。


「……ならいいか」


そう言葉を漏らした瞬間、メイドさんはその言葉を待っていましたと言わんばかりにこの部屋の中にあった机に朝食を速攻で並べ始め―――


「ではお召し上がりください」


ものの数秒で何もなかった高級そうな机の上にはあら不思議、高級そうな朝食が並べられているではありませんか。……真っ白なテーブルクロスまで添えられて。


「………」


あまりの手際の良さに思わずツッコミを口に出す気も失せ、無言で椅子に座る。

すると、ガタン、と真正面の椅子が引かれる音も聞こえてきた。


「……いや、なんか変だなーって思ったんですよ。一人分にしては圧倒的に量が多いし、というかそれ以前に二人分の食器が並べられてある。…………食べるんですね?」

「…………」


返答がない。

沈黙を決め込むのだろうか?

と思いきや突然動き出し……!


食器を手にし、黙々と朝食を食べ始めたのだ……!!


「…………」


今度は俺が沈黙する番だ。

すると、メイドさんはこちらを一瞥し、


「何してるんですか?早く食べないと料理長が折角作ってくれた朝食が冷めちゃいますよ」

「あ、はい」


そう言われたら食べるしかないだろう。


そこからは黙々と朝食を食べる時間だけが流れた。特に雑談を挟むでも、視線を交わすとかそんなやり取りも一切なくお互いに相手をいないようなものとして扱っていた。


なので……


「「…………」」


朝の日差しが差し込む部屋の中で、男女が高級な朝食を食し、片方はメイド服を身につけるという、なんだか高名な画家が描いた絵画のような光景になってしまった。


なんだかんだで、その後は気の利くメイドさんが入れてくれた紅茶を飲みながら、それと同時に貴族の朝の雰囲気を楽しむ。

そして暫くすると、メイドさんは何も言わずに食器を片付けた後、一礼だけしてこの部屋を去っていった。


「まさか居候生活初日の朝がこうなるとはなぁ」


いい意味で期待を裏切られたと言うべきか。


「…………メイドってなんなんだろうか」


そんな風に思ってしまうほどに……。





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