第12話:怠惰を貫く第一歩

「ふう……もうそろそろかな」


暗闇の、かなり手狭なでそう言葉を漏らす。


「おっ、やっと?結構時間かかるもんだね」


先程まで俺の魔法理論を聞いていたティナはおもむろに立ち上がり、女性特有の高音のうめき声を出しながら背を伸ばす。


「そりゃそうだ。この場所自体がバカでかい空間の上にマトモに空気が入らないくらいの地下深く。……まぁ、だからこそのこの作戦なんだけどな」


ティナに続いて俺も立ち上がり、もしもの保険のための目的で俺らの周りを覆っていた大きな土の壁を沈降させる。

地下の空間のため、その瞬間にまばゆい光が俺らを襲うことはない。


……その代わりに、常軌を逸した光景が目の前に現れた。


「わっ……!……これは確かに……効率的だね」


周りで魔物が死んでいた。ゴブリン、オーク、コボルトその他エトセトラ。

一匹の例外も残さず、まるでその光景は死神がこの場所でパーティーを開いたと言っても誰も反論できないような……そんな光景だ。

先程の俺らを覆っていた壁は万が一の飛び火が来ないための防御壁である。


そして俺は目的の場所までたどり着くために、そんな地獄みたいな場所に足を踏み入れる。


「うえぇ……よくそんな場所に躊躇なしに進めるね」

「慣れだ慣れ。ほら、エスコートしてやるからさっさと歩け」

「うぅ……分かった」


渋々と言った様子で保険のために持っている白銀のハンドベルを持っていない方の手でティナの右手を取る。


いくら魔物という存在に慣れていて、血も一切出ていないにしてもこんな大量の屍の上を歩くのは流石に遠慮してしまうものらしい。だがまぁ、悲鳴を上げないだけまだマシか。

そんなことを思いつつも、俺らは手を繋ぎながら魔物の死体の間に足を入れて目的の場所へと進む。


因みにさっきのゴーレムは解除した。別に仕組み的にずっと続かないというわけでもないが、自分の意思のまま動かせる足というのは人をダメにするものだ。(※彼の実体験)


そんな感じで歩いていると、不意にティナが声をかけてきた。


「そう言えば今回はこんな感じだったけど……これ以外にもなんか方法はあったの?」

「そりゃあな。今回は楽を選ぶためにわざわざあの魔道具を使ったけど……俺も少し工夫すればアイツみたいに魔法を自らに纏わせて、己の創り出した武器を使いバッタバッタと倒してゆく。……そんなやり方もできなくはないが如何せんメンドイし……それじゃあ非効率的だ」


アイツ、というのはジダのことだ。

感覚派であり、脳筋。そして妙に真っ直ぐ。

その性格故か、今俺がやったことみたいな180度に曲がったことではなく、真正面からぶつかって……そして勝つ。


「(俺もアイツみたいに天才的なフィジカルの才能があって、それでいてそれだけで賢者になれるほどの潜在能力。…………いや、そもそもとして俺とアイツじゃ根本的な性質が真逆だから比べても意味がないか)」


こんな風に物事をバッサリと飲み込める柔軟性も俺の美徳の一つだろう。……そしてアイツにはそれがない。

ちゃっかり自画自賛を交えつつも久方ぶりに会えていない友に密かに想いを馳せていると、隣から声が聞こえてきた。


「ねね、アイツってさっき言ってた幼なじみの人?」

「そうだけど……それがどした」


その瞬間、俺の手に持っていた鈴ごと俺の手を取り、両手で胸の前まで引き寄せてくる。


……俺はこの目を何度も見た。


「ねぇ!その人私に紹介してくれない!?貴方から聞いた限りだとその人の戦い方と私の目指している魔法師のあり方そのものなの!私の目標としている最終目標はジオン様だけど、その人に会うことで確かな一歩になるはずなの!!」

「(半分くらいは早口すぎて聞き取れねぇよ)」


いつもより五割増しの喋り方。

半分呆れながら耳を傾けていたが、途中で聞こえてきた馴染みのある言葉が俺の意識を完全にそちらに向けさせた。


「……お前、あの『炎の賢者』を目標にしてるのか」

「そうなの!!」


興奮がついに有頂天に達し、俺の手をパッと話したかと思ったら、周りの凄惨な死体を完全に無視しその後はジダについての魅力を語り始めた。

過度な興奮は人間に必要な適度な恐怖心を麻痺させてしまうのだから恐ろしい。


傍目から見たジダについての評価と、自らの目で見ているジダの感覚の齟齬に若干楽しんでいるといつの間にか目的の場所へと着いていた。


「これがさっきの……」

「そうだぜ。一応今は俺特製の土で囲んであるが……こりゃあ中々攻撃された跡が酷い」


そんな感想を言いながら見つめている目的の場所……というか物は俺作の魔道具だ。


その魔道具の近くでしゃがみ込み、外を覆っていた爪やら打撃跡やらの傷がついた土塊を解除するとその魔道具の全貌が見え始める。


「今回は魔気を吸うという目的のためだけに投げ入れられた疑似魔石生成機、『エディ』…………の失敗作、『試作品01ゼロイチ』。擬似的な魔石を作り出すために作った機械だが、スイッチを押した瞬間魔石を作り出すための元となる魔気を過度に吸収しすぎて周りの生態系がものの数秒で崩壊してしまうという、正に失敗作の一言に尽きる代物」


「そして私はなんでそんな危ない物を早く捨てないのかなと思う」

「……別に人間に害はないから……とか言う問題じゃなよな……」

「分かってるんじゃん。そして人間に害は無くても……」


そう言いながら、ティナは少し離れた場所に位置していたキングゴブリンピクピクとしか動かない死にかけの個体に目を向ける。


手元を見てみると、魔物特有の血の色が見える。


「それ以外の存在に害がありすぎなの。というかアナタの話を聞いた限り魔気って魔物にとって人間で言うところの空気みたいなものなんでしょ。あんだけアナタが凄い凄い言ってたキングゴブリンだってあのザマだし」

「でも言うてそんな危ないもんでもねぇよ。今回はたまたま『魔気が自然から発生しないほどの特殊空間』という条件が合ったからであって外で使っても周りの魔力を含む植物が少し枯れる程度にしかならん」


ゆっくりとた立ち上がり、魔気によって作り出された親指の爪サイズの疑似魔石を魔道具から取り出す。


「……やっぱ失敗作だなこれ。あんだけ魔気を吸ったのにこんな大きさの物しか作れねぇ」


若い頃に作った失敗作と言え、その出来にはため息を出さざるを得ない。

クリエイターというのはどんな作品にも妥協を一切許さない生物なのだ。例えそれが完成のための礎となる物でも……。


だがこんなとうの昔に作った物に尾を引いても仕方ない。


「ただまぁ既に完成品はあるわけだし。逆に今回の状況だとその効率の良さはデメリットでしかなかったわけだからしょうがないと言えばしょうがない。だがしかし―――」


と、尾を引きに引きまくっていると、


「何ブツブツ呟いてるの?早くこっち来てキングゴブリンの魔石を取ってよ!」


という声に現実に引き戻された。


「(危ない危ない。こうやって引き戻してくれる存在がいないとこうやって直ぐに負の沼にハマってしまうのが俺の悪いところだな)」


密かに心のなかでティナに感謝をしつつも、軽い返事の声を上げながらティナの方へと歩き始めるのだった。



















その後は何事もなく、キングゴブリンが地上に上がった時の階段を利用して地上へと到着した。


道中、人形重視のゴーレムに運んでもらったため爆速で階段を駆け巡ることはできたが、そのまま何も考えずに地上まで行ったことで、夕日という名の光に目を焼かれかけたのはご愛嬌ということで。


そして落ち着いた後、俺らは証拠提示のためにエルヴァレイン邸を訪れた。

しかしその際、エルヴァレインのご主人であるヴェンスが直々に応じてくれて、キングゴブリンの魔石を見せた時は悔しがりながらも、


「キングゴブリンを単独討伐できる魔法師を私情で反対することは流石にできない。それに貴方はティナに気に入られているようだしな」


ということで無事ティナの家庭教師の権利を受け取る事ができた。

そんな俺は今―――


「いやぁすみませんね。お時間とってもらって」

「いえいえ、ティナの家庭教師ということでこれからも長い付き合いになるはずです。時間くらいはいつでも構いませんよ」


どちらも笑みを絶やさずに言葉を交わし合う。


俺は今、エルヴァレイン邸の当主であるヴェンスの妻、カンナと二人きりで対面していた。

……そして壁に“衝撃吸収”を使用して。


「今回、そこそこ大切なことを確認しに来たんです。単刀直入に言いますよ?」


そして俺は告げる。

前々からずっと気になっていたこの一言を。



「あんた……俺の正体に気づいてるな?」



その言葉を聞いて表情を崩すことはなかった。





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