第11話:暗い場所、その先の闇
暗い闇の中を一人と一個の足跡が土に刻まれる。例え魔法で足音が消えようとも、その軌跡はなくならない。少し小さめの靴の跡と、それの三倍を超える大きさの形が歪な、初めて見る者にはそれが確かな足だとは判断のつかない足。
この今歩いている洞窟は魔物の通り道だと俺は考えている。つまりは本来ならばこの場所に靴の跡がつくわけがない。
ただし、そのことに疑問を持つ魔物はほんの数個体しかいないだろう。
魔物、とは。
魔導学園の地下に存在している書物にはこう記されていた。
『世界に仇なすためだけの存在として「カミ」によって生み出された一つの種族』と。
世界には数多もの種族が存在している。そしてそれら全ては『カミ』によって等しく生み出されているのだと。『カミ』、とは勿論この世界―――『クィナス』を天から見守っているとされるその神だ。
一応、初代勇者によって、存在自体は確認されているらしいが、俺は目で見ないと信じられない性格なので。実は案外疑っているフシがある。
じゃあ俺らはどうやって生まれたのか。
―――なにかしらの偶然が折り重なったのだろう。
その辺は俺も知らん。どこかの頭がいい学者……将来のウェルナルドにでも解決してもらおう。
話は逸れたが、その魔物という存在について、神の言葉が記されていると・さ・れ・る・その神を敬う教会が管理している聖書によると、『この世に存在する知恵のある生命はその種族の繁栄のため、争い合うように創られている。そのための解決策としての魔物。共通の敵が存在することで全ての種族は手を取り合えるようになるだろう』的なことが書かれているらしい。
あのクレアから聞いた話だ。信憑性はある……が信じるか信じないかはまた別の話だ。
とまぁ、ここまで長ったらしく解説しておいて結論はなんだ、って話だが……まぁ結論、
一定周期で人間にとって団結せざるを得ないほどの敵が現れるということだ。
「……光が見えてきたぞ。間違ってもびっくりしてでかい声は出すな。理由は見たら分かる」
「というかその話の流れからして、そこに大量の魔物がいるってオチなん……じゃ―――」
言葉が切れる。
かく言う俺も、この眼前の光景に苦笑いしかできなかった。
「はは……なんか変だったんだよ。魔物がいないのは分かってた。そしてその魔物たちがどこかで結束してるってのも予測できた。……おかしいと思い始めたのはアイツらから話を聞いたときからだ」
あいつら、というのは昨日森の中を散歩している途中にであった冒険者たちだ。
彼らはこの辺りを拠点にして魔物を中心とした狩りを行っていたため、この異常にもいち早く気がついたらしい。
彼らは言った。
『一番最初におかしいと思い始めたのは……確か……半年前くらいだったかな?』
半年。……半年だ。
半年がなんなんだと思うかもしれないが、俺ら人間にとっての半年と彼らの半年は大幅に違ってくる。
時間の感覚が違うのだ。
例えば、人間にとっての種、自らの子供を授かってから命として確立するためには四十週―――約二百八十日もの時間を要する。
それが魔物では種類による個体差はあれど、弱い魔物では五日と言われている。大人になるのも二十もかからないそうだ。
彼らにとって……半年は十分な時間だった。
幾重もの世代交代を繰り返すため、その分だけ変異個体や特殊個体も生まれやすくなっている。
「はは……」
百戦錬磨の土の賢者ですらこれには戦慄を覚える。
「これじゃあまるで…………地下帝国じゃないか」
魔物が、ダンジョン国を成していた。
ダンジョン、と一言に言っても、その本質は前も言った通りただの魔物の溜まり場だ。
だが、時と場合によっては大きな危険性を含んでいるので、冒険者協会ではS級からE級まで区分されている。内容は大体こんな感じだ。
〈E級〉
ある一種類の魔物が作り出した簡易的な集落。特に特別個体等や上位個体などは存在しておらず、ダンジョンとしては最低レベル。
推奨人数は1〜3人。
〈D級〉
一種類の魔物の中に、ある特定の上位種が1〜3体程度存在している集落。この時、知恵のある魔物が生まれていると、武器や罠を使用し始めるため、初心者はこのダンジョンでの死亡率が高い。
推奨人数は1〜7人。
〈C級〉
この辺りになってくると、種族の隔たりがなくなり難易度が大きく跳ね上がる。それぞれの種類の上位個体が協力し合うため、中堅レベルでないと、冒険者協会から討伐許可が出ない。
推奨人数は5〜10人。
〈B級〉
ここからのダンジョンは他には見られない明確な違いがある。それは『指導者リーダー』が存在していることだ。存在が確認された後、冒険者協会が即刻、緊急依頼を発動させるほど。上位個体の数も跳ね上がり、特別個体も何体か確認される。
推奨人数は30〜50人(大半が中堅レベル)
〈A級〉
A級ダンジョンの存在が確認されるのは五十年に一度だと言われているが、その時は国家で団結して排除するレベル。特別個体の更に上の存在である変異個体も生まれ、小国の戦力を遥かに凌駕するほどの力を持っている。
推奨人数は5000〜10000人
〈S級〉
世界が存続するか危ぶまれる。特別光の魔法に適正のある『勇者』を禁忌の魔法を使ってまで召喚させるほど。前例として初代勇者が崩壊してみせた魔王軍がある。
推奨人数はなし。
見た限り、このダンジョンもS級、とまではいかなくともA級は堅いだろう。というかS級が生まれていたら例えこんな地中深くにあってもこれほどでは済まない。
そんなヒッジョーにアブナイ場所で俺らは―――
「なぁ、あそこ見てみろよ。ゴブリンだけじゃなくてオークもいるぜ」
「ちょっと待って。まだ見えない……あ、見えた見えた!」
「おっ、そこそこ魔力操作もマシになってきたな。もっと上手くなって身に魔力を纏わせるくらいのことはちゃんと自分でやってよ?ただでさえ少ない魔力がゴリゴリ削られてる……あ、そのお肉頂戴」
「え〜っ!?これ私が残してたやつ!他の取ってよ」
「俺もこれ食いたいんだよ。というかお前、これ大量に食っただろうが!!俺にも食わせろ!」
「やーだよ……ってああっ!!いつの間にか二個減ってる!!」
「ごちそうさん」
「むぅ〜〜〜!!」
大声で喚きながら遠くでせっせと働いている魔物達をオカズにしてお昼ごはんを食べていた。
そんな最中、俺はティナから勝ち取ったお肉―――ファットオークの角煮―――を一口で頬張りながら先程から思っていたことをティナに対してツッコむ。
「……にしてもまさか弁当持ってくるとはなぁ。……エルヴァレイン一家の持つ魔物の価値観低すぎない?弁当持ってきてる時点で子供の遠足と同じだよ」
いやそうじゃない。気にすべき所はもっと別の話だ!
……きっとマトモな常識人がこの場に混ざっていたらそんな感じの切れの良いツッコミが入っていたことだろう。
ただ、ここにいるのは決して常識の枠に収まらない二人。そんなセオリーも通るわけもなく、通るのはさっきの的外れなツッコミの返答だけ。
「しょうがないよ。実際私達の魔物への価値観結構低いし」
「いやでも……いくら『剣聖』の家系っっても危機感ってもんが……」
以前から、それこそ俺が学園で学んでいた頃からエルヴァレインの名前は耳に入っていた。
それこそ聖剣の名で、こんな俺でも勝手に聞こえてくるくらいだ。一番初めにティナと出会った時に気づいたのもそんなことがあったからと言える。
「でも……不意を打たれても負けない相手にどう危機を持てば良いんだよって話」
そう言って、近くにあった彼女にとっては二つ目のサンドイッチを口にする。
当たり前じゃないことを当たり前のように言う。それはきっと俺ら賢者にとっても同じことなのだろう。
「(それ以外をとっても俺たちはまだ若い。……なんだかちゃんとした師匠になれるか不安になってきたな)」
ここでおかしいのは、彼はもう既にティナの師匠になることを決まっているつもりでいることだ。それは、若さゆえの自信と、その根底にある成功という経験からなのだろう。
失敗から学ぶことは多い、と人はよく言うが、結局は何度もした失敗は一度の成功で帳消しになる。つまり失敗から学んだことも全て帳消しになる。
一定の若さを持つ人間の本能なのだろうかこれは。
「んで?結局どうするの?魔法で蹴散らす?」
「お前は魔法をどんなもんだと思ってるんだよ。案外そんな便利なもんじゃねえ」
「そうじゃなくとも何かしらの作戦はあるでしょ。じゃなきゃこんな私と一緒にまったりしてるはずないし」
少し遠くにあったサンドイッチに俺も手を伸ばす。
そして一口で半分ほどを食した。
「……というかこんな規模を一人で片付けられるのは賢者か賢聖くらい。俺みたいな一端のそこそこ魔法を扱える魔法師にはこの規模は流石に無理だ無理」
「えぇ……。こんな規模のダンジョンほっといてもいいの?」
「いいんだよ」
その質問にあっさりと即答する。
「そもそも俺らの体は地上に向いている、と設計されている。今も魔力で覆っているだけでこれを取ったら圧力で一瞬でペチャンコのグロテスクなナニカの完成だ。だが、向こうの魔物は違う。見た感じ魔力みたいな特殊な何かで手を加えているわけじゃなくてただ純粋にこの圧力に耐えている。どんな仕組みなのかは知らんが、兎に角そんなやつが地上に出たら大爆発すんだろうよ」
「ひえっ、大爆発。……あれ?でもそれじゃあこの前見たって言っていたキングゴブリンはどうやって?」
「恐らくそんな圧力すらも物ともしない体に変異したんだろうよ。だからあいつだけは外の……緑溢れる地上に顔を出すことができた。ってあぁそうか、……やっぱり気が変わった」
「えっ、それじゃあ?」
なんだか凄い簡単なことを思い過ごしていたが、結果的に面倒でもこれは今対処しなければならない事案だということが発覚したわけだ。
話しながら少しずつ食べていたサンドイッチを一気に口の中に入れ込む。形はそれほど大きくなかったので、ティナみたいに頬張るようなことにはならなかった。
「今回の種明かしはこれで終わりだ。よし、行くぞ」
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