第7話:エルヴァレイン邸

突然だが一つ言い訳させて欲しい。いや、まずこの結論から話そうか。


俺はティナんちに居候することにした。


……分かる。何が言いたいのかは分かる。あんだけ森の中生活をすると豪語しておいてこんなにも意見をすぐに変えるのか?ということだろう。


俺もそう思う。我ながら芯のない人間だと。

ただ分かって欲しいのは、俺にとってこちらの方が都合が良かったからということだ。誰しも人間はある事柄を選択する場面が会った時、大抵は己のエゴか自分の都合……どちらにせよ自分を第一にして物事を考えるはずだ。


そういうことだ。

生活するなら衣食住の揃った侯爵家の方が良いに決まってるだろう?


今更ながら、俺が森の中で本当に賢者みたいな生活をしようと考えていたのは俺の素性が誰かにバレる可能性が存在していたからだ。


しかし、よくよく考えてみると俺の顔は学園の奴らにしか明かしてないし、そもそもとしてあいつら五色の賢者としか殆ど関わってこなかった。


賢者の叙任式も貰った純白のローブで顔を隠していたし、一瞬だけ見せたにしても今のこの世の中ではその顔を世に広める方法がない。もし、今の世の中が魔法ではなく現像の技術に特化していたり、王都以外の場所に瞬時に広まるような道具が普及していたりしたら危なかったが、生憎皮肉ではあるが、魔法が発展しすぎたせいでそんなことまで目が言っていないのが現状だ。


風邪の噂だが、目ので見た光景をまんま紙に移すような魔法も存在するらしいが、その場合はその景色を脳内で正確に覚えている必要があるため、いくらその『覚え』が得意な魔法師でもほぼ無理だ。


さて、少し話はそれたが、実はそれ以外にも丁度いい理由があったのだ。


「ねぇシーク。ほんとに私のことを弟子にしてくれるんだよね?」

「じゃなきゃここまで来ないだろ」


エルヴァレイン邸の廊下を歩いている最中、唐突にそんな事を聞いてくる。

不覚にも、あの時、あの森の中で弟子をせがまれた時、とある光景を思い出してしまった。


『そう、弟子。そして競わせるの。……私らで弟子を取って競わせてみない?』


この考え自体も初めは悪くないんじゃないかと思っていた。実際俺たちは弟子を取ってもいい立場にあり、寧ろ弟子を募集したらこの国中の魔法師がこぞって我も我もと集まるだろう。それに、賢者という立場上、後進を育てるのも一つの使命と言っても過言ではない。


つまりあれだ。


「俺にとっても色々と都合が良かったんだ」

「ふ〜ん」


などと、自宅の中という安心できる場所だからなのか、酷く砕けた口調で反応してみせた。


「ま、正直シークの事情なんて私には関係ないし。あ、そうだ。今はまだ早いかも知れないけど報酬の話しとく?なんかお金以外に必要な物とか―――」

「お金は良いから衣食住の提供よろしく」


食い気味だが、どこか素っ気ないような回答をする。


本来なら貴族に対してこんな反応をしてみせた暁には即処されるのだろうが、当の本人が雑なせいか「オッケ〜」という言葉だけで済む。そしてそんな返答になんの違和感も感じなくなるほど関係性が砕けたものもどうなんだろうか……。


そんなことを思いながら、次元収納口ポケットの整理をしていると……


唐突にドンッ!という低い音がこの邸宅の中に響く。

そしてその音は次第に大きさを増していき……


「ティナ〜〜〜!!」


という男臭い声が聞こえてきたのは恐らく空耳ではないのだろう。

それに反応するようにティナが頭を抱え始めたからだ。


「誰かがお前のこと呼んでるぜ?」

「…………シーク。魔法の授業が始まったらまず最初に姿を隠す魔法を教えてくれない?」

「……リョーカイ」


そんなやり取りをした刹那、二メートルを優に超えるであろう巨体が廊下の角から姿を現した。

全体的に筋肉質で高貴な衣服に身を包んでいるが、その服は今にも張り裂けそうだ。だがそれでも全体的に違和感がないのは娘と同じように顔立ちが整っており、尚且その筋肉に見合った身長の恩恵があるからだろう。


そんな巨人がこちらの姿を見つけるなり、


「ティナァァァーーー!!どこ言ってたのォォォーーー!!あああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!」


と涙を撒き散らしながら隣りにいたティナを抱きしめる。そして俺は耳を塞ぐ。


……見事な男泣きだ。見事すぎて音だけで空気が震えてやがる。というかここまで大きな声だとティナの鼓膜を破りに行っていると言っても間違いではなさそう。


俺はどうしたものかと頭を悩ませていると、いつの間にかその巨人の後ろに人影が。


「(ん?あれは……)」


と思ったときにはもう既に事は起きていた。


「娘に……」


そんな静かな声が巨大な声の間で聞こえてきたかと思ったら、


「何してるのよ〜〜!!」


巨人の胸ぐらを掴んで掛け声とともに見事な一本背負いをバンッ!!とキメてみせた。

その勢いでティナも一緒に空を舞ったが、その男の大きな胸板がクッションとなり全く怪我を負っていない様子。


一方その男は……


「〜〜〜〜〜〜ッ!!」


背中を硬い石に押し付けた上、見た感じ受け身も取りそこねた結果、一瞬でティナを開放し床の上で悶える羽目になってしまった。


……ご愁傷様です。


心のなかで合掌していると、不意に目の前の女性から声がかかる。


「…………今の、見てました?」

「ま、まぁそりゃあ……はい」

「…………」

「…………」


変に流れる気まずい空気。


この場合は一体どう声をかけたら良いのだろう。


凄かったですね!と目を輝かせて言うのか。はたまた強かですね、とその強さを尊重するか。ん〜……どれも地雷を踏みそうな気がしてならない。


クッ!こんな気まずさは学園で先生の腐女子の現場をバッドなタイミングを見てしまったのをグッドなタイミングでバレてしまった時以来か!


どうしようかと脂汗を流しながら思案していると、そこに救いの手が差し伸べられた。


「ふぅー、今回は良いタイミングで母さんが来てくれて良かった良かった。あ、母さん、これからシークのことを紹介するから応接間の方に行こうよ」


ホントマジでナイス過ぎるぞグッジョブだティナ!!


「えっ、そ、そうね。行きましょうか」


そちらのワイルドな女性もティナの意見に賛同する。

そうして俺らはその場を去った。


……たった一人を残して。



















そうして少し歩いて着いたのは応接間と呼ばれる部屋。


そして着いて椅子に腰掛けた時に、さり気なく温かいお茶がいつの間にか手元にあるのはメイドの世話が隅々まで行き渡っている証拠の一つだろう。


「それで……改めてお互いに自己紹介を。私はこの領地を収める『ヴェンス=エルヴァレイン』の妻の『カンナ=エルヴァレイン』と申します。それで貴方は……」

「ま、一応自分はその辺を色々と旅している魔法師の一人です。名前はクイ……じゃなくてシーク=ナエハです。この度はティナリウムお嬢様に魔法の腕を買われてこの場へお招きをいただいた次第でございます」


慣れない敬語を使いながら精一杯に目上の人への敬意を示す。

すると、腕を買われて、のところに反応したのか、


「まぁ……!ティナ自身が……そうですか……」


という言葉を漏らした。

その表情にもかなりの驚きが伺える。


「そ、そんなに驚かれることですか……?」


思わずその真意を聞くために疑問形を投げかける。


その質問を貰ったカンナは一瞬だがチラリとティナの方を横目で見た。話して良いのかの確認だったのだろうが、ティナ自身がそれほどまでその話に興味を示していなかったので、話は続行する。


「えぇそうなの。ほら、ティナって貴方の目から見ても才能だけはあったでしょ?」


その言葉に相槌を打つ。


少し親の贔屓目の部分も若干あるが、その認識に対して俺の考えとの差異はあまりない。……あくまで俺の考える魔法の才能は、だ。


「それが最近伸び悩んでしまっているらしくて……父さんからの邪魔も少しは含まれていると思うのけれど……」


と、ここまで聞いたところで気になるワードが飛び込んできた。


「邪魔?」


そう尋ねてみたが、以外にもそれに返答したのはティナだった。


「そう、邪魔。父さん昔から生粋の魔法嫌いらしくてね。昔から私に魔法じゃなく剣を学びなさいって耳にタコができるほど言ってきたし。そのせいで魔法の勉強の時間が少しずつ削られてったんだよ」

「なるほどねぇ」


これはただの憶測だが、自分の娘が魔法に勤しみ過ぎているせいで己の得意としていた剣を教える機会が減り……つまりただの嫉妬なんじゃないか?まぁ真実は知らないが、兎に角そのせいで仕事が許されなくなったらかなり困る。


「ティナ〜、お前のお父さん俺の存在許してくれると思う?」

「百パー許さない。断言していいよ。多分今も父さんが起き上がったら仕事そっちのけでこの場に来るだろうし。……得体のしれない男の正体を掴むために」

「えぇー…………誘ったのそっちなんだからそっちがなんとかしてよ。というか何か策とかあったんじゃないの?」

「ない!その場のノリ」

「計画性のけの字も全くもってないな」


そんなツッコミにハッハッハ、と笑う。


別に正直俺はこの仕事にこだわっているわけでもないし、俺からしたら拒まれてもなんの損もないのだ。……元々森生活を決めていた身だしな。


と、考えていると、突然ドアがバンッ!と開く。

ヴェンスがやってきたか?と思ったがそこに立っていたのは思わぬ人物だった。


「話は聞かせてもらいましたぞ、奥様、お嬢様」

「おじい!」


そうティナに呼ばれた初老の男は、きれいなシワ一つない執事服に身を包み、一切の乱れのない立ち振舞を展開していた。年を取って身につけたはずの白髪も、なんだか異様に様になっている。


あまりのザ・執事の風貌に見とれていると、その目が突然こちらを捉える。


「魔法師殿、貴方はそこそこ腕は立つ方でありますかな?」

「まぁ……こう見えても結構やれる方、ですけど……」

「結構。ならばこういうのはどうでしょう」


そう言った初老の執事は手袋の付けた手の人差し指をピンと立てる。


「魔物退治。魔法師殿にとってはお誂え向きではございませんかな?」





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