第8話:見つけた真実.前編
『ユラフの森』
このエルヴァレイン領から少し離れた場所に、そんな名前のそこそこ大きな規模の森が存在している。
その中は他の場所と比べ魔力の元と言われている『魔気』が多く充満しているため、相対的に『ダンジョン』も生まれやすくなる。
ただ、ダンジョンと名は付いているが、それはただの魔物の集まる場のことであり、その場所が洞窟の中ということもあればその辺の森の一角もそう言われることもある。
つまり、魔気あるところに魔物あり。魔物あるところにダンジョンありということなのだ。
そんな場所であるため、中堅レベルの冒険者からは丁度いい腕試しの場所として重宝されている。たまに魔物が偶然拾ったであろうお宝も見つかることもその人気の一つだ。
以前ティナと出会った森も実はここらしく、「なんか異常に魔物に出会うなぁ」なんて思っていたらそんな秘密があったのだ。
そして再び俺はその地に足を踏み入れている。
「さて、あのイケオジ執事に言われて再度森の奥深くに入ってはみたものの……」
そう言ってくるりと体を翻して後ろに目を向けると……
「なんでお前がいるんだよ……」
「来ちゃった☆」
舌をチラリと出して、反省する気のない軽い声を出す。
なぜこの森まで足を運んだのか。時は少し前に遡る。
「魔物退治ですか」
そう呟いたのは、言葉をもらった俺ではなくカンナの方だ。
「というと最近あの森の近くで問題になっている冒険者協会も手を余らせていたあの魔物ですか?」
「その通りです奥様」
と、今度はこちらに体の向きを変えてから話す。
「あの魔物というのは最近話題になっている『キングゴブリン』の特別変異個体のことです。特別変異と言われるだけあって繁殖能力は私達人間にも劣っておりますが、その分力は絶大なものとされています。冒険者協会の中では今はまだ仮ですが『準S級』との判断も考えているそうです」
「キングゴブリンの特別変異個体……ねぇ。……それじゃやっぱ名付けネームド個体?」
「いえ、まだその段階には至ってはおりませんが直にそうなるでしょう」
なるほどねぇ。
繁殖能力は低い代わりに地の力が絶大……と。
……あんまし面倒くさくない個体だな。
そう判断を下すと、ニヤリと笑いながら、
「よしっ、それ採用。それじゃさっさと倒してきますか」
―――という経緯で今に至るわけだが。
……そのやり取りをあいつもすぐ隣で聞いていたはずなんだけど……。
「はぁ……、お前分かってる?今回の事案結構危険なやつなんだけど」
「うん、聞いてたよ。聞いた上で私は今自分の意思でここまで来たんだから」
その決定力の高さは尊敬に値するが、今回に至っては愚の骨頂でしかない。
かなりの面倒くさがりではあるものの、この場面で領主の娘を一緒に連れて行くほどのぶっ飛んだ倫理観は流石に持っていない。
「ああもう説明するのも面倒くさい。……いいか、もう一度今回の内容を説明するぞ。俺がこれから討伐しようとしている個体は準S級の判定を貰っているキングゴブリン。それも冒険者協会が危険と認識した『特別個体』。更にそれが魔力の異常変化で変異したもう化け物みたいな存在だ。世の中ではこの個体一匹で一国を蹂躙するなんて言われているものだぜ」
「……そんなやばい奴なの?」
「ああやばい。比喩とかそんなんじゃなくてマジでヤバい」
「やばっ」
どうやら分かってくれた様子だ。
「ということだからお前はさっさと帰って―――」
「あ、違う違う。その魔物がやばいって言ったんじゃなくてね」
……ん?
「そんな凄い魔物を二つ返事で承諾したシークの強さがやばいって言ったの」
……あ。あぁー……。
その時、数刻前のエルヴァレイン邸での出来事がフラッシュバックする。
そして吐く大きなため息。
「…………はぁ、墓穴掘ったなぁ。バカ正直に言うんじゃなかった」
「否定はしないんだね」
その言葉に、俺は苦笑いをしながら、
「まぁ、事実だしな」
そう言い放った。
…………と、大口叩いては見たものの……。
「そもそもとして見つけられないんだよなぁ」
世の中そう都合よく事が進む訳でもなく、森に入ってから優に三時間は経過した。昼過ぎにエルヴァレイン邸を出たことを考えるともうすぐ日が沈む。
「なぁ、今日はもう諦めてもうすぐエルヴァレイン領に戻ろうと思うんだが……ってお前まだそれ終わんねえのかよ」
「うっ、うるさい!もうちょっと、あとほんの少しで終わりそうなの……!」
そう言って手元を凝視させながら取り組んでいるものは俺があげた暇つぶしの道具だ。
俺特製の立体パズル、「バベル」。魔力を操作して複雑に組み込まれた細長いパーツ一本一本を手を使わずに魔力操作の技術だけで解いていく道具。魔力操作の練習にはピッタリの一品だ。
全部で十の段階に設定されており、勿論レベルが上がるほど難易度も増大してゆく。最高難度は作った俺でさえ一時間はかかる設定だ。
そして今ティナが挑んでいるレベルとは……。
と、その時、バベルからパリン!というガラスの割れるような音が鳴り響いた。
「お、終わった……?」
そう呟くと、ワナワナと体が震えだして……叫ぶ。
「やった〜〜〜ッ!!」
ヒラヒラしているものを身に着けているにも関わらず、喜びのあまりピョンピョン跳ね上がる始末だ。
……だがしかし、世の中には人に伝えることすらはばかられる非常なことも存在してしまう。
「(めちゃくちゃに喜んでいるところ悪いんだけど……それ最低レベルのレベル一なんだよねぇ)」
これがティナが魔法に行き詰まっている理由の一つだろう。
「(『魔力操作』の技術の低さがやっぱ目立つな)」
まぁだからといって流石に俺もこの場面でバベルを取り上げて「はい、最低レベルを三時間での完了おめでとうございまーす!それじゃあ次、レベル二、行きましょうか☆」なんで人道から外れたような真似はしない。見知った仲ならもしかしたらやってたかも知れないが、そんなことしたら友達なくなってしまう。
「フッ、それじゃキリよく終わったことだし帰るぞー」
「ほーい!……フフン♪」
……ご満悦の様子で。
「根気も一種の才能だな」
「……?何か言った?」
「なんでも」
そんなやり取りの後、沈みゆく太陽に合わせて俺らはエルヴァレイン領へと歩を進める。
……しかし、今回の探索で一つだけ懸念点が見つかった。
「(ユラフの森は言われた通り、かなり魔気が充満していた。にも関わらず、いくらなんでも魔物が弱すぎる……)」
一般常識の「魔気あるところに魔物あり」。とどのつまり、魔気が満ちている場所には必ず魔物がいないと逆におかしいのだ。それに加えて密度もそこそこ高い。それでこの魔物の弱さはおかしいと言わざるを得ない。
「(あの執事は変異したと言っていた。ゴブリンを束ねる王が、だ)」
しかしそれまでだ。どういった風に変異したのかはまだ把握しきれていないのだろう。
街の中を少し歩いた時もそんな話題は全くと言っていいほど聞かなかった。
つまりそういった情報を一括管理している冒険者協会に属している冒険者でさえまだ知らされていないこと……。
こう考えるとあの執事の立場も自然と見えてくる。……だが、今はそんなことはどうでもいい。
問題はこの森の魔物が弱すぎることだ。
ゴブリンの王がそれらの魔物を自らの糧にしているのか……はたまた……
「(その強い魔物達をまとめあげている、か)」
となると「思考型」の変異の可能性が高いな。
だが、そう考えると事の辻褄も合う。
なぜこの森の魔物が弱いのか。
なぜここまでの強力な個体が、この「ユラフの森」という人の比較的多い場所で見つからなかったのか。
「(ただのゴブリンの王が魔物の王……か。魔王誕生の一大事だなこりゃあ)」
結論にすると、特別変異したゴブリンキングが特別頭が優れ、自分の力だけではどうにもならないということを知っているから森の魔物を配下に置く方針にした。……魔物の根本的な思想である、「略奪」をするため。
この森から一番近くの領土でありながらも大きく発展を成した街である「エルヴァレイン領」を……。
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