昼下がりのメトロ

女怪人はこれまでに数回現れ、決まって万休電鉄の烏丸からすま駅を狙ったという。天狗とにゅうめんマンが戦ったのと同じ駅だ。


にゅうめんマンはこの駅のそばで2、3日待機したが、その間怪人は姿を見せなかった。段々退屈になってきたところで、世界遺産に指定されている醍醐寺だいごじという寺の近所にうまいにゅうめんを出す店があるという情報を仕入れたので、その店へ行ってみることにした。


醍醐寺へは京都メトロの醍醐駅から徒歩で行ける。にゅうめんマンは四条駅から京都メトロに乗った。


   *   *   *


「本日は京都メトロ東西線にご乗車いただきありがとうございます。この電車は六地蔵行きです。発車までしばらくおまちください――」


車内アナウンスを聞きながら、京都メトロの烏丸御池からすまおいけ駅で乗り換えた電車が発車するのを待っていると、昼過ぎで車両がいていて他にいくらでも座る場所があるのに、長い黒髪の女がにゅうめんマンのすぐ隣に座った。


歳は20代くらい。白無地の半袖ブラウスに群青ぐんじょう色のサブリナパンツをはいている。すっきりしてしゃれた格好かっこうだ。カバンなどの荷物は持っていないようだった。


《こんなにチャーミングな女の人がわざわざ俺の隣に座るとは、ようやく世間が、俺の圧倒的魅力に気づき始めたようだ》

 にゅうめんマンは思った。冷静に考えると相当不自然な出来事だが、ポジティブシンキングにけたにゅうめんマンは特に疑問を抱かなかった。

《気づくのが10年ばかり遅かった気もするが、まあいいだろう。いつまでも真実に気づかないよりは、多少遅くても、それに気づく方がずっといいのだから》


にゅうめんマンがそのような誤った考えにひたっていると、女が思いのほかぞんざいな口調で話しかけた。

「あんたがにゅうめんマン?」

「Yes」

 にゅうめんマンはもったいぶって答えた。相手はにゅうめんマンのことを知っているようだし、大胆に話しかけてくるところからして、熱心なファンと見てよさそうだ。


「やっぱりね。黒ずくめで覆面ふくめんの男だと聞いていたから、そうじゃないかと思った。私は嵯峨野玲子」

「メトロの死神、嵯峨野玲子か!」

 にゅうめんマンは驚いた。メトロの死神はにゅうめんマンの熱心なファンだったのか。


「私は死神じゃない。京都メトロの守護神だ」

 嵯峨野玲子は抗議した。

「肩書は何だっていいさ。それはともかく、1つききたいことがある。最近、万休電鉄で営業妨害行為をしているというのはあなたか」

「そうだ」

 騒ぎを起こしている怪人はやはり嵯峨野玲子だった。


「万休電鉄はひどく迷惑している。今後そんなことをするのは一切やめてもらいたい」

「その事を話したいと思って声をかけたんだ。あんたもその件で、私がいる京都メトロへ乗り込んで来たの?」

「いいや。俺は京都メトロ沿線の店へにゅうめんを食べに行くところだ」

「そうだったのか。――いつも京都メトロをご利用いただき、ありがとうございます」

「どういたしまして」


改まった挨拶を交わした後で嵯峨野玲子は言った。

「万休電鉄への営業妨害は、こちらの条件をのんでくれたらすぐにやめる」

「条件とは何だ」

「『万休そば』を『万休にゅうめん』に改名しないこと」

「えっ」

 万休そばの改名に横槍よこやりが入るのは、にゅうめんマンにとっても意外だった。


「つまりお前は、俺と万休電鉄の契約を知っていて、万休そばの改名を阻止そしするために万休電鉄で騒ぎを起こしているのか」

「そうだ」

「なんで改名に反対するんだ」

「詳しい話はしたくないけど、それを望まない者もいるということだ」


「なるほどね……だけど、『万休にゅうめん』への改名は俺の希望であり、(多分)沿線住民の希望であり、万休電鉄も内心、改名の大義名分ができるのを待っているはずだ。その条件を受け入れるわけにはいかないな」

「どうしても?」

「うん」

「メトロの乗客に暴力をふるうのは気が進まないけど、言うとおりにしないなら痛い目にあってもらうよ」

 嵯峨野玲子は美しい顔をすごませて、にゅうめんマンをにらみつけた。


「痛みを恐れてヒーローがつとまるものか。正義のためには大きな苦痛にも耐えなければならないんだ」

強情ごうじょうなやつだ。そんなに痛いのが好きなら目に物を見せてやる」

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