月と鯨と

 この世界には、正しい巡り、というものがある。



 人の命。犬の命。魚の命。植物の命。


 その形は違えど、それらは海流に乗っているかのように正しく巡る。


 生まれる。死ぬ。まっさらになる。生まれる。


 けれど時折、その巡りから外れてしまうものがいる。正しい命を星とするなら、仲間はずれの命は彗星だ。

 ただ一人、自分だけで空を駆ける。普通の星にはない美しさを持つ代わりに、だれも私たちの横に並ぼうとはしない。彗星同士ですら、出会い理解することは難しい。



 私は星じゃないから、泳ぐのは海。真っ暗な、月明かりしかない海。


 昼間はだめ。私の姿を見たニンゲンやサカナが、面白がってやってくるから。彼らは危ない。ニンゲンに捕まった同類を、サカナに虐められた同類を見たことがある。


 夕暮れもだめ。夕焼けは、海を血の色の様に真っ赤に染めてしまうから。血は怖い。アレが流れると、私の命が減っていくかの様に感じる。


 朝もだめ。早起きな鳥達はお喋りで、私が隠れる場所を奪ってしまう。見つかってはいけない。周りと同じにならないのなら、交わっても悲しくなるだけ。



 夜の海が、私は好き。みんな眠っていて、海は凪いでいる。夜の生き物達は皆静か。彼らは好き。すれ違っても、お互いの意識に触れ合わなくて済む。



 夜だけは、青白く輝く月が見られるから。欠けた月も綺麗。隠れてしまった月も綺麗。でも、本当に綺麗なのは、満月だけ。満月と、それに浮かぶ美しいクジラの姿だけ。


 宇宙そらの鯨は、一ヶ月かけて空をめぐる。一年かけて地球が太陽の周りを回る様に。一日かけて、昼と夜がもたらされる様に。


 彼はきっと、この世界の歯車の一つ。

 正しい巡りに乗って世界を回す、海流の一つ。

 宇宙の鯨が潮を吹くと、月から溢れた細い水は命となって降り注ぐ。新たに生まれた彼らはきっと、正しい命だ。


 私は、その中から外れてしまったけれど。



 私は持たない正しさに憧れて、私は泳いでしまう。


 昼間はだめ好き。私の姿を見たニンゲンやサカナが、面白がってやってくるから。彼らは危ない。私みたいなのとは全く違う。その姿に、私はまた焦がれてしまう。


 夕暮れもだめ好き。夕焼けは、海を血の色の様に真っ赤に染めてしまうから。血は怖い。私達の血は、所詮正しくなれなかったマガイモノ。“本物の”命の証であるそれは、わずかな時間でガラスの様に消えてしまう。


 朝もだめ好き。早起きな鳥達はお喋りで、私が隠れる場所を奪ってしまう。見つかってはいけない。見つかることは見つけることだから。見つけてしまえば、それに焦がれて余計苦しくなるから。


 夜の海が、好きキライ。みんな眠っていて、海は凪いでる。夜の生き物達は皆静か。彼らも好き。でも、誰も私を見ようとしない。夜の世界にも、やっぱり私の仲間はいない。


 私が苦しいから、他者も苦しいと思ってしまう。きっとそれは傲慢なことなんだろう。


 宇宙の鯨は寂しくないのだろうか?

 それとも、彼には仲間がいるのだろうか。

 月のことが好きなんだろうか。けれど、届かない想いなど苦しいだけな気もする。

 何を思って空を旅するのだろうか。一人では、話し相手もいないだろう。


 これは、ただの私の身勝手な想像でしかない。奥まで掘り返せば、顔を見せるのは同じ孤独を求める醜さだ。私が孤独だから、彼も孤独であってほしい。

『分かって欲しい、分かってあげたい』

 そんな思いを込めて、夜空に向けて歌を歌う。


 なんてひどい人魚なんだろう。


 こんなだから私は、正しい巡りから外れるのだ。



 今日も今日とて、私の歌を聴いた誰かは、心を狂わせてしまうのかもしれない。



 私は、この世界の“ただしさ”からしめ出されたまんま。

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僕と彼女と、月と鯨と こたこゆ @KoTaKoYu

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