【03】

夜詩くんと初めてキスをしたのは、僕が中学生のときだ。


【03】


 僕が小学生の頃、夜詩くんとはあまり会わなかった。それは母が会わせないようにしていたのもあるし、夜詩くんが数ヶ月、閉鎖病棟に入院していたからでもある。中学生になって行動範囲が広くなった頃、僕は初めて母抜きで叔父の家に出掛けた。

 明らかに子供の僕を、叔父は最初警戒していた。さすがに密室で二人きりで会うことは、夜詩くんにとっては恐怖だったのだ。可愛い甥っ子は自分が被害者であった頃の年齢に達していたし、そもそも人と会うことが夜詩くんには苦手だったから。

 勉強を教えてもらう、という口実で、僕は度々奇妙な人のところに押しかけた。もっと幼いときはたくさん抱っこしてくれたり、でも変に子供扱いしないでくれたのを、覚えていた。どうして学生服の僕を夜詩くんが怖がるのか、そのときにはあんまりよく分かっていなかった。

「可愛がりたいんだよ。普通に。甥に対して。それなのに僕はハツに酷いことをしたくなる。しなきゃいけない強迫観念に囚われる」

「してごらんよ」

「やだよ」

「やってみろよ。出来ないから」

 叔父は久しぶりに、僕の腕に触れる。おそるおそる服をなぞり、そして離れる。ほら、ね。酷いことなんか、出来やしないんだ。

「出来ないじゃん」

「頭のなかじゃ滅茶苦茶にしてるよ」

「具体的に」

「殺し……まあ、あんまりこんな話は中学生にしないほうがいいかな」

「子供扱いすんな」

 僕は握手のつもりで、右手を差し出す。それすら怖がる叔父は恐竜のぬいぐるみをぎゅっと抱いて、さらに後ずさる。

「ねえ、夜詩くん。一回だけ、間違えてみようよ。案外、たいしたことないかもよ?」

「間違えるって、なに?」

「しゃがんで?」

 叔父は言われた通りに、その場に膝をおろす。怖々と、僕を見上げる。けれど人と見つめあうことの難しい叔父は、すぐに視線を游がせる。

 そうして僕と叔父は唇を重ねる。

 僕からした。

 生暖かったのと、かさついた感触だけが、離れたあとも僕の唇に残った。

「ほら、たいしたことないじゃん」

「………………………うん」

 夜詩くんは納得してない顔で首を傾げつつ、それでも僕を否定しない。

 叔父が僕を遠慮なく抱きしめるようになったのは、それからだ。





 そんなことも、あったなあ。

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