【02】
音楽の才能があれば夜詩くんは楽譜を書いていただろう。深夜、ピアニストのドキュメンタリーを観ながら、僕はそんなことを思った。
【02】
比較的、元気なとき、夜詩くんはまるで書いてないと死んでしまう生き物みたいにパソコンに向かっている。ダカダカとタイピングして、真っ白い画面に黒を並べていく。オセロ。夜詩くんの家に来るのは、僕以外だと編集者だったり税理士だったり自立支援の相談員さんだったりする。今日は税理士さんが来ていた。それを夜詩くんは待たせている。
「すみません。お待たせしました」
文章は一度頭に浮かんだときに捕まえておかないと、二度と捉えられないらしい。税理士さんは手慣れたもので、構いませんよと笑って答える。難しい話を二人はする。僕は人生の勉強として、同席する。将来、この人のように仕事が出来るだろうかと、眼鏡をかけた真面目そうな税理士さんの顔をマジマジと眺める。彼は僕にも笑いかけてくれる。僕が既に税理士を目指していることを、二人は知っている。
時間は経過していく。
無情にも。
「初雪」
夜詩くんは僕の成人式をお祝いしてくれる。腕時計を買ってもらった。夜詩くんはいろんな薬を飲んでるからお酒は飲めないけれど、ノンアルコールで二人、乾杯する。大学に通っていても僕は相変わらず母とマンションで二人暮らしをしていて、通学時間はしんどいけれど本を読んだり寝たりして過ごしている。母はますます僕のことに口を出さなくなり、僕は堂々と頻繁に夜詩くんに会いに行く。勿論、高校の時の友達や、今つるんでいる大学の仲間とも遊ぶ。
「あれはどこにでもいそうな、優しくて気弱な人だった」
おとなになった僕は、母からようやく父の話を聞く。聞きたいことは、全部聞いた。やはり母は初めから子供が欲しかっただけで、よくあるような家庭だの、人生の伴侶だのを求めてはいなかったのだ。母は気丈な人だから。そして、自分でなんでもやっていけて、自分ですべてをしたい人だから。
「雪ちゃんはカノジョ、出来たの?」
「出来ない。あとその呼び方、やめて」
嗚呼。
あとそれから、なんの話があったっけ。
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