【04】2

世の中とはこんなにも理不尽で、そして愛すべき場所だ。


【04】


 僕は叔父とは真逆に、男性しか出てこない物語を書き始める。男性同士が愛し合ったり、ただセックスするだけの話を作り続ける。そしてインターネットの小説投稿サイトに、掲載する。俗にBLと呼ばれるジャンルらしい。受とか、攻とか、専門用語がたくさんあって、こんなのはBLじゃないと批判を受けることもある。独特だと、褒められることもある。

 僕はいろんな女性とセックスをしたり、恋愛をしながら、それらを変換して、BLを書き続ける。とうに高校は卒業した。大学も無事に卒業出来た。そして念願の税理士として、とある小さな事務所で働いている。

 叔父は高校にすら行かなかった。長年を閉鎖病棟で過ごし、通信教育で学歴を済ませ、そして作家になった。僕は叔父の生きなかった道を選ぶ。いや、叔父がどうだから、という理由で、決めてはいない。僕は僕の人生を、好きなように歩んでいく。

 ときどき、僕も死にたいような絶望に囚われる。しかしそれは、叔父のとはまったく程度が異なる。叔父の「死にたい」は「死にたい」だったが、僕のは「休みたい」とか「美味しいものが食べたい」とか「ゆっくりお風呂に浸かりたい」だとかに、変換出来るものだから。

 僕の叔父は官能小説家だった。






 大好きで、大切で、かけがえのない一人だ。

 今も。





 僕はときどき、夜詩くんのいないことをさびしがっては泣いている。泣いていないときは書いているか、働いているか、笑っているか寝ている。書いているときが、一番本当の自分だと思う。心に受けた大きな傷は、まったく違う物語に色を変え、そして物語にすれば誰かに認められる。読まれないこともあるけど、認められることのほうが少しずつ増えてきた。素直に、嬉しい。嬉しいから、相反する気持ちを僕は同時に抱える。まったく、どうかしているよ。僕は叔父を失ったのだ。二度と会えないのだ。それなのに人が人を愛する物語をどうしても作ってしまう。

 僕はこれからも書き続けるだろう。書くことでしか心の傷を癒せないのならば。こんなにも色とりどりに鮮やかな現実を、白と黒に文字変換していく作業。僕は叔父がどんな気持ちで書いていたのかを、少しだけ、本当に少しだけだけど、わかるような気持ちになる。それは僕の勝手なエゴで、そして人間とはそもそもエゴイズムの塊だと開き直る。

 やがて気軽に応募した賞の大賞を獲り、僕はめでたくBL作家としてデビューする。編集の担当者がついて、今はこんなBLが求められてますとか、こういう展開が好まれますとかを教えられる。性描写は多ければ多いほどいい。ただし、登場人物の心の動きも必要だ。そのバランス加減が、僕にはまだ難しい。

 売れっ子とはいえないけれど、そこそこ、僕の本は売れて、二作目も三作品目も書かせてくれる。出版してくれる。僕はペンネームを本名の初雪ではなく、まったくべつのものにする。読者に何かを与えてあげたいと望み、その人の日常の退屈や苦境を、娯楽や平穏へ橋渡し出来るような名前を、考えて決める。叔父は官能小説家らしく淫らな文字をペンネームに遣ったが、僕はそうしない。平凡な名前ですね、と編集者に言われる。名前で本が売れるわけじゃなし、変更はされない。

 登場人物は出会い、一悶着あり、安易なハッピーエンドを迎える。苦しんだり悩んだり戸惑ったりしながら、やがて人を本気で愛する、そんな似たり寄ったりの物語を量産していく。

「愛してる」

 登場人物たちは愛しあう。僕はそんな物語を書き続けている。これからも、書き続けていく。



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