【05】

 そういえば、こんなこともあった。


 ある日、大学の図書館でノートパソコンを開き、架空の物語を書いていたら、急に全身に力が入らなくなって、僕は机に突っ伏した。小一時間……は体感としてそう思っただけで、実際は時計なんか見てないから分からない。

 夜詩くん。

 僕は何度も彼の名前を心の中で呼ぶ。すると、その人がそばにいるような気になるのだ。これを面影というのだろうか。図書館は静かで、周りに人はたまたまいなくて、僕はのんびり臥せったまま過ごす。

 夜詩くんがいなくなっても腕時計は時を刻み続けている。音を立てずに動く秒針のぐるりぐるりとした動きをぼんやりと眺め、目を閉じる。

 人を失ったとき、本来得るはずの悲しみや苦しさはなくて、やっぱりあの人は死んだほうがよかったんだという気持ちは変わらない。つらそうにしてたし、楽になってよかったね、よしよし。いつか僕もそっちに行くんだから、べつに寂しくなんてない。

 寂しさは、もう二度と話せないという点にある。会えないことがつらいんじゃない。もっと話をしたかった。するべき話さえ、きっとまだたくさんあった。それが惜しいだけだ。顔を忘れられないだけだ。まだ、声を忘れられないだけだ。あの雰囲気を、いつもどこか臆病にしている姿を、僕を抱きしめたときの彼の体温を、忘れられないだけだ。




 そんなこともあった。

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