第31話
放課後。あたしはお嬢様に誘われて三人で喫茶店に入り食事していた。
花音が何かあたしを疑うような目で見てくるけど、試しに気を引き締めてポーカーフェイスをしてみる。
そんな事よりもお嬢様の様子が変。しばしば不機嫌になるお嬢様だけど、今の様子は何か煮え切らないような、物静かに沸々と悩まし気な雰囲気を感じる。
「け、今朝の人気投票さ……二人は誰かに投票したの?」
タイムリーな話題でムードを整えようとしただけなのに、お嬢様はピクリと固まった。
その反応にあたしは何か良からぬ話題だったのかと警戒する。
琴線に触れた感じではなく、どちらかというと迷いを顔に表している。
「その言い方……那由多ちゃん、白紙で投票したんですね?」
花音の意図に気付く。
あたしは……秀吏に投票したけど、それをお嬢様に言ってしまえば咎められる事は間違い無いから誤魔化す。
投票する時に斜め前の女子が白紙で提出していたから、女子が全員名前を記載しているなんてことはない。
「う、うん。特に気になる男子いないしね。花音は?」
「秘密です」
「え、誰かの名前を書いたの?」
「それも秘密なので、白紙かもしれません」
お嬢様のことも気になっていたけど、花音の意味有り気な言葉が気になってしまう。
もし、もしも秀吏でなければ……それは、あたしにとって良い事なのかな。
秀吏に投票されるのは、脈があるみたいで……とても嫌だ。うん、断固として嫌だ。
「……私も秘密にさせてもらっていいかしら」
「え、えぇ……空奈も? もしかして、何か二人で共謀して隠していたりするの?」
もしかして不正?
投票は突発的だったし裏で票を合わせることは出来ないだろうけど、疑ってしまう。
実は人気投票のルールには欠陥があった。
それは、古典的なやり方そのもの……紙に書かせて全て匿名ならば、態々異性を書かず同性を書くことも出来てしまう。
同性二人組がお互いに投票すれば、異性票としてカウントされる。
「違うのよ……投票先を言いたくなかっただけ。花音と共謀なんてしてないわよ。那由多は花音が不正するような子に見えるのかしら」
「見えないけど……」
「そうわよね!」
微妙に滑舌の悪い言い方をしてなんか変だけど……当然二人はそんなことしない。
毎年無視されているのは、普通はあまり意味をなさないからだと思う。
人気投票の主旨を考えれば、異性に入れたがるし……女子は特に、マウントを取らせるようなアドバンテージを同性に与えたがらないと思うから。
花音とお嬢様は仲が良いけど、この二人はそんなに拘っていない。
「けど、やっぱり気になるなぁ。空奈、色恋の話とか中々しないけど春でも来たの?」
「うっ……ううっ。今はまだ……冬」
冗談が通じない事はいいとして、何だかぎこちない言い方だと思った。
まるで、本当は言いたいみたいな気がする……ので、少し強引に訊いてみる。
「図星っぽいけど、本当に誰か教えてくれないの? あたしは誰にも言わないけど」
「那由多ちゃん、お嬢様が困っているのであんまり強引に訊くのは……」
「う、ううん。花音、いいのよ」
「え……?」
「ちょっと、気になる男子がいて……投票しちゃったのよ。本当に秘密なのよ?」
開いた口が塞がらないといったように、あたしは驚いていた。
正直なところ、お嬢様が誰かに懸想したなんて欠片も考えていなかった。
花音もまた驚愕でキッシュを食べていた手が止まっている。
「だっ、だっだだ……誰なんですか?」
「それは言いたくない……ダメ?」
さっきから様子がおかしいと思っていたけど、お嬢様は恥じらっていただけだった。
まあお嬢様も年頃の女の子だし、そういうこともあるか。
先ほどまで感じていた疑問も氷解していく。
「で、では……どういった魅力に惹かれたんですか? 私にはお嬢様に関わる異性に皆目見当が付かないです」
「それはそうだと思うわ。花音は会った事ないと思うもの」
「え……?」
珍しく花音が驚く。
いつもお嬢様に付きっ切りの花音が知らない相手だとすれば、それも無理ないだろう。
「その……ほら、最近、運動大会の一週間前くらいから……夕食の時間を花音一人にさせてしまったじゃない?」
「はい」
普段ならば、花音はお嬢様と夕飯を共にしている。
事情を知らないお嬢様にとってはあの期間、花音が一人で夕飯を食べていた事になる。
あたしはピンときた。
運動大会の練習で、花音があたし達といたからだ。
どうやら練習の為にお嬢様と共に夕飯を食べていなかったのではなく、お嬢様が何かしら忙しくて、花音があたし達と一緒に居られる時間はできてしまったらしい。
お嬢様が一人になる構図を達郎さんが許すことにもう少し疑問を持つべきだった。
「あっ、那由多には言ってなかったわ。あのね、近頃道場に遅くまで残っていて……集中的に稽古を付けていたのよ」
「前に言っていた道場で剣道を教えていること? 最近忙しそうだったのは、そういうことだったんだ……」
お嬢様が道場でどれくらい偉い立場なのか詳しくないけど、稽古を付けられる側ではなく、付ける側というのは……秀吏の言った通り強いらしい。
道場といえば男子が多いと思うから多少の心配があったが、杞憂だった。
だから……秀吏の計画が成り立ってしまう。
「それでね……私の稽古に熱心な男子が一人いて同じ学校の同い年みたいだから……気になって」
「そ、そうだったんですか。そ、それでは……放課後から不機嫌っぽいのにも関係が?」
「それは全く別件! ……とも言えないのかしら」
あれ、違うんだ。花音の言う疑念はあたしにもあって、同じように考えていた。
さっきまで赤面しかけながらに、勇気を振り絞っていた顔が一転する。
今度はお嬢様から焦燥感が溢れだした。
「これはもう二人とも知っていると思うけど……私が剣道をしている事は基本秘密にしているじゃない?」
「そうね。誰にも話さないように気を付けてる」
「道場の弟子達もまた、秘密を守ってもらうよう脅しているのよ」
お願いじゃなくて脅しているんだ……お嬢様らしいのかな?
反応に困る事を言わないでほしいけど、スラスラとお嬢様は早口になった。
「最近、道場の卒業生って人が偶々寄ってきて話す機会があったの。その人、同じ学校の生徒らしくて、去年は剣道部の部長をやっていたらしくて――」
「ちょっと待ってください。まだ在学生なんですよね。部長をやっていたというのは……どうして過去形なんですか?」
あたしも疑問に思う。
何かあったのだろうか。
「学園の三年生だから受験生で引退ってことね。道場卒業もその関係だったかしら」
「そういうことでしたか」
至極単純な理由だった。
「私は剣道部所属じゃないから当然知らないし、学校で話しかけない守秘義務は課していない訳で……一昨日だったかしら、放課後帰ろうとしたら急に呼びかけられたのよ」
守秘義務って……物騒な物言いになってきた。
しかしそれは、とても運が悪いけど、そこまで不機嫌になること?
「凡そ察しはつくんだけど、剣道部に勧誘?」
「そう。流石の私もそこまでは百歩譲って想定内の事故だと思うわよ。でも問題はそれから。はっきり断ったのに昨日も今日も勧誘してきて……迷惑千万よ!」
剣道の強いお嬢様が入ってくれれば部は安泰だろうし、先輩の魂胆も理解できる。
きっと剣道部が好きだったんだと思う。熱心な勧誘は、自分がいなくなった剣道部を強くしたい純粋な気持ちがあるのかもしれない。
そんな気がして……お嬢様の立場を考えると気の毒に思ってしまった。
「大変でしたね。何か対策しますか?」
「ううん。私が師匠に話を通してもらう。それまでにまた勧誘しにきたら――」
「木刀は出しちゃダメですよ。その人がどの程度の実力かもわかりませんし」
花音が諭す。
あたしもその部分には特に気を付けてほしいと思っている。
「それはわかっているわよ。多分、ああいう手合は喜んで決闘に持ち込ませると思うし……これは、私の誇りだから無暗に使いたくないもの」
そう言って、日ごろから持ち歩いている木刀を触る。
一見、日傘にしか見えない鞘に仕舞われているため、クラスメイト達にはバレていないみたい中ずっと持っている。
何か……思い出のある木刀なのかな。
「その木刀、空奈に似合っていると思う」
「ありがとう、那由多。いつか、みんなに認められるまで……私は鍛錬を続けるわ。誰にも邪魔はさせない」
お嬢様は努力家だ……いつか報われる日を夢見て、決して諦めない。
眩しくて、憧れそうになってしまう。
だけどあたしは、そんなお嬢様を応援したくて……裏切ることになる。
憧れよりも大事な感情が、この胸の内に灯っているから。
「そうだ。明日なんだけどあたし用事あって……放課後一緒に帰れないと思うから。最近不審者が多いみたいだから、万が一の為に木刀は持っておいて」
さっき無暗に使いたくないと言ったお嬢様の考えを改めさせる意見をサラッと口にする。
「わかったわ。いつも変な連中が近づいてきたら那由多に任せっきりだったけれど、私も追い払えるもの」
友達として見るからか、いつもよりお嬢様のことを理解できている気がする。
その強さに、あたしもまた惹かれてしまう。
その木刀が御守りの代わりになって、お嬢様を守ってくれるように祈った。
あたしも……一歩踏み出すべきなんだろう。
心の何処かで諦めていたこと……秀吏との秘め事に対して向き合うこと、ほんの少しだけど、変えられるかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます