第30話

 チャイムが鳴り朝のホームルームの時間。

 小野塚は急いで教室を出ていき、俺も作った箱の準備をする。

 教卓に立ち、今朝作ったばかりの箱を置いて待っていると、教室内が喧騒に包まれた。


『あれっ、一年だけに設定できてっか? マイクテス……出来ているな。よし』


 放送のチャイムが鳴ると同時に、みんなは俺から視線を外し、聞き耳を立て始める。

 小野塚の放送が始まった。


『学年一年生のみなさん、おはようございます! 人気投票管理委員会の小野塚です』


 予め俺に作らされた台本の通りの内容を読み上げるだけだからか、スラスラと読んでいる。


『噂には聞いている者もいると思いますが、只今の時間をお借りして人気投票を始めさせていただきます! しかし、突然言われてもわからないぼっ……失礼、孤独な生徒もいるでしょう。人気投票って何? という生徒のために説明を致します』


 煽るようなワードを言いかけていたけど、台本にはそんなこと書いていない。


 しかし、こう言っておけば興味がないからと言って説明を聞かず、後々文句のある生徒も多少減るだろう……つまるところ、プレッシャーのような意図があるのかもしれない。


 そこから、一分にも満たないけれど要点や注意事項をきちんと説明し終えてくれた。


『投票については、もう一人の管理委員である笹江が紙を配って回収してくれるので、こき使ってやってください』


 後で……ゆっくりお話しないとな。


「そういう訳で、Aクラスから順に投票開始する。今から白紙の投票用紙配るから、好きな異性の名前書いてくれ。運営は誰が誰に投票したかわからないけど、なるべく白紙はやめて欲しい。俺は今からBクラスに行くけど何か質問あるか?」


 足はとうに教室の出口へと歩み始めていたが、スッと上がった右手が横目に過る。

 クラスの視線がその一点に集まる。挙手したのは花音だった。


「香崎さん、どうぞ」

「さっき、笹江くんは私達の匿名性は守られていると言っていましたけど、こんな手間をかけない方法があったのではないですか?」


 それは生徒の内の何人かが思っていた事だろう。花音が訊いてくるのは予想外だけど。


 不機嫌な顔に見えるのは……もしかしたら、今まで花音には運営のことを話していなかったから、不満を感じているのかもしれない。


「そりゃ、みんなスマホ持っているだろうしネットを使った方が効率良いよな。だけど、こういう伝統なんだ……それで回答にならないか?」

「そうですか、わかりました」


 少し、意地悪だったかな。後で謝っておこうと思いつつ、教室を去った。

 その後、他クラスでも難なくやり過ごして人気投票の投票を終えた。


「集計は運営が放課後に行うけど、発表は明日の昼休みに学内掲示版でされる。結果への文句は聞かないから、そういうことでよろしく」


 体育館使って盛大に発表しよう……そんな声が数人から上がったことを考えると、結構大事な投票のように考える生徒も多いのだと再確認した。


 高校生らしいのか、フィクションの読みすぎなのか。ジンクスなんてものがある時点で盛り上がるイベントなのだろうね。


 本来なら、淡白な俺が運営をやる事は不釣り合いなんだろうな。




 ――放課後。

 俺は自室で集計をしながら、SNSのプライベートグループでチャットした。何のグループかと問われれば、花音のファンクラブに他ならない。


 学校全体の規模を考えてみれば、二十人もメンバーのいるこのグループはそれなりの影響力がある。


 まあ実態は、俺と小野塚を除く九割が匿名の不審なグループ。メンバー間で同じ学校の生徒を誘って少しずつ成長していったに過ぎないのだが。


 俺と小野塚が人気投票の運営であることを問われながらも、工作はしないと宣言しておいた。花音を勝たせたいなら、各々で友達に票を誘導してほしい。


 あくまで公平な態度を見せる方が、連中も働いてくれるだろう。


 そのついでに、不知火の情報をかき集めておいた。

 彼の恋愛観や性格。再確認の意味で、彼の行動を予測する。


 不知火は友人からの恋愛相談において、それなりの結果を残している。元が自信家である以上、日頃から調子に乗る背景がわかる。


 俺はそこに悪くない利用価値を見出した。


 最早、不知火が花音に接触してくるのは避けられないだろう。


 盤上の駒は必要最低限……後は、安全圏から俯瞰するだけでいい。

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