第29話
運動大会から数日も経った朝の教室、俺は立方体の箱を作っていた。
小学生の図画工作みたいなことをしていると、不信な目が横から。
「ねえ、それって一体……空気砲?」
「見ての通り、投票箱だよ」
「人気投票の箱な?」
小野塚が補足を言ってくれるけど、それを言ったら俺達が運営だってバレないか?
今日のホームルームの場で披露するからいいのか。
「もしかして、この前の会話って笹江たちが運営やるからだったの? あれ、でも笹江って人気投票の概念すら知らなかった気が……」
「間違ってないぞ。だから、小野塚が石倉を邪な目で見ていたのも、そういうことだ」
「おいこら、やめろや。笹江にはあの後に説明しただけで、俺は本当に視察していただけだからな? 断じて邪な目で見ちゃいねぇ!」
「ふーん」
小野塚の弁明に石倉は興味無さそうな顔でそう言うだけだった。
その間に紙を人数分切って、準備を続ける。
「で、そんな堂々と見せていいの?」
「今朝のホームルームで投票行うからな」
「え、今日? そんな抜き打ちテストじゃないんだから、事前告知とかあってもいいんじゃないかな?」
指摘は尤もかもしれない。
けど、しっかり理由がある。
「突発だと組織票が無いってわかる方がいいだろ」
「まあ……抜き打ちテストみたいな感じ?」
「ああ。もっと言うと運動大会の活躍が記憶に新しい方がいいから急いだ」
「なるほどね」
石倉が人気投票に興味を持っていた事は知っていたし、本人には競う気がありそうだ。
運動大会のラストで活躍を見せられたなら、良いアピールにはなっただろう。
俺の中では、花音に人気投票で一番になってほしい反面、石倉に勝ってほしい気持ちも多少あった……それはきっと、俺が防ぐべきことでもあるんだろうけど。
運動大会の後そんなに時間を空けずに行おうとしているのには、実は恣意的な側面もある。
「というか焦って手が震えているけど、手伝おうか?」
「今作り終わったし、後は紙を配って投票してもらうだけだよ」
手は寒くてかじかんでいるだけだ。
運営として全クラスに投票箱持って走らないといけないから、予想以上に人気投票の運営は大変だ。
ちなみに走るのは俺だけ。小野塚は放送して説明をする役目を担う予定だ。
「そっか。じゃあさ……もう暇なのかな?」
「ん? まあ暇と言えば暇かもな。何だ?」
「いやぁ、何ていうか……笹江を笹江って呼び捨てにするのに違和感あって、名前で呼んでいいかな~って」
石倉と会話することも、いつの間にか日常的になってきたな。
「別にいいけど、石倉ってそういうこと一々訊くんだな」
「うん。だから代わりに私のこと下の名前で呼んでいいよ? 私の名前きちんと憶えているなら……っていう条件付きだけど」
「下の名前、確か莉桜だろ……そんなに記憶力悪くない」
「感心、感心。まあそれだけなんだけどね」
特別なことでもないのに、コミュ力の高い石倉にしては照れ臭そうに見える。
石倉からの好感度が上がるような事柄が最近の記憶を辿っても無かったため、単純に信頼の意として受け取っておいた。
「そう考えると、俺が笹江を苗字で呼ぶのも違和感あるよなぁ」
「いや、それはないぞ」
小野塚とは付き合いが長いからな……寧ろ今更過ぎて違和感が生まれるだけだ。
「私もそう思う。さり気なく私に便乗するのやめてくれるかな?」
「さり気なくじゃないよなぁ……なんか石倉、俺に当たり強い気がしね?」
「へ~、以前から小野塚にはこんな感じだけど、やっと言い返せるようになったんだ」
「お、俺はそんなひ弱じゃねぇからな!」
煽る那由多。小野塚を言い負かせているからか、その顔は楽しそうだ。
なぜか……そんな彼女を見ていると、心がモヤモヤする。妙な感覚だが、すぐに忘れた。
「あと言い忘れていたけど運動大会で顔面にボール当てられていたの、ダサかったよ」
ヒエラルキーに屈していた頃の小野塚と比べて考えれば、言い返す事ができるようになっただけ一歩前進と言えるだろう。
「なっ? 明らかに当たり強いよな?」
「どうだろうな」
「笹江だって顔面にボール食らっていたのに、扱いの差が酷すぎる」
「うわっ……そんなだから彼女できないんだよ、ねえ秀吏」
「ああ。てか、名前呼び意外にしっくりくるな」
「笹江、頼むから助け舟を出してくれよ」
石倉は小野塚をからかっているだけだろう。
というか、二人とも過去の出来事を掘り返すな。
「そう言われてもな。小野塚は……小野塚って感じだからな」
「名前が似合っているって言いたいのか?」
「ねえねえ、それはどうでもいいけど名前呼びしっくりくるって本当? じゃあ今度は秀吏が私を名前呼びしてみてよ」
「そういうのは、言われて呼ぶもんじゃないだろ」
俺の言葉を聞くなり、何故か石倉の顔がしょんぼりとした。
ちょっと失礼な言い方だったかな。
「……そうかも。今度から名前呼びにしてね。次から苗字で読んだら無視するから」
無視はされたくないし、気を付けておこう。
「いつの間にか、疎外感が……というか、俺に彼女が出来ない理由が結局わからない……事実しか言ってないのに」
「疎外感ってそれ……隣の黛に対して何も思わない訳? だから彼女出来ないんだよ」
「っ……」
那由多の頭がピクリと反応していた。
確かにひっそりと読書している那由多は客観的に孤立している。
「私には陰口にしか聞こえないかな~。ねえ……黛もそう思わない?」
いきなり話しかけられて振り返った那由多は、拍子抜けといった顔をしていた。
「えっと、何? あたし、話聞いてなかったんだけど」
「聞いていたでしょ。読書している風だけど、さっきからページめくってないじゃん」
実際、那由多は図星を当てられた時の表情。
しかし、こういう顔の那由多は決まって負けず嫌いが発動して、反撃に出ようとする。
「読むのが遅かっただけだけど? まあ会話の一部は確かに聞いていたかもね」
「なんで誤魔化すのかな。まあいいよ……私、黛と話したいと思っていたんだけど」
「……どうして?」
「黛が一人でソワソワしているからかな」
運動大会以降、那由多は花音やお嬢様以外の女子から更に疎外されていた。
俺の顔面に思いっきりボールを当てた事で、距離を置かれているみたいだ。
「は?」
「……っていうのは冗談で、運動大会の時さ……秀吏を保健室に連れていったみたいだけど、帰りが遅かったから気になっていたんだよね」
「あの後は……少しその男と口喧嘩しただけ。でもそれも……あたしと秀吏はもう和解したから気にしていないの。そうよね、秀吏?」
「えっ……」
なんで態々、俺の名前を強調して呼んでくるんだ。あたふたしていると石倉が遮ってきた。
「ちょっと待って……どうして黛も秀吏のこと名前呼びなのかな?」
「黛も? あたしの方が先に名前呼びしていたから、便乗されたように言わないでくれる? 和解の印ってやつだけど……何?」
何? ……じゃないだろ。
なんで喧嘩売るような口調なんだよ……仲良くなるチャンスなのに。
「ねえ、秀吏~。それ本当なのかな?」
「ま、まあ……本当ではあるな。中々会話する機会もなかったけど」
「ふーん。そうなんだ。じゃあ黛は折角和解の印として秀吏を名前呼びしたのに、私が何もないのに呼ぶ事になってもどかしいってことかな?」
「……そうだけど? そうだけど? 何?」
石倉の視点からそういう推測になるだろうし、那由多は恥ずかしそうにそう答えるしかなくなっていた。
その反応に、石倉は余裕そうな態度を貫く。
「そっかぁ、じゃあ……黛もさ、私のこと名前呼びしてくれないかな?」
お? なんだか風向きが変わった気がする。
「あの時、私のことを狙ったよね? 結局は秀吏が庇ってくれて未遂に終わったけど、私とも和解してくれる?」
「え、あっ……うん」
那由多は石倉の大人な対応に成すすべなく頷いた。
仕方ない……石倉は元々コミュ力高くて慣れているだろうし、那由多は舌戦が弱い。
しかし、那由多はそれでいいのだろうか。俺と仲良くすることは、お嬢様から何か言われそうな気がするが……まあいいか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます