第22話

 疲労を感じる。あの人は、徹底的に身内以外に容赦がない。

 俺もまあ身内に入る筈なんだが、花音や那由多と比べて圧を感じる。


 達郎は俺の事を自分の同類だと考えているから……自由を与えるのは、そのまま期待の意味を孕んでいる。


 何はともあれ災害は去った。体育館に入ると、児童用なだけあって予想よりも狭かった。


 まず目に入るのは、スマホを弄って寛いでいる女子二名。


「来たけど、運動しないのか?」

「秀吏くんが遅かったから待っていたんですよ」

「何処で道草を食っていたわけ?」


 二人からのブーイングの言葉。俺は悪くない……達郎のせいだ。

 まあ待たせた事に変わりないし、なんか悪い気がしてきた。


「遅れて悪かった。達郎と少し話していたんだ」

「あ、そうだったんだ……じゃあ許す」


 単純だな……最初から言い訳しておけばよかった。


「じゃあ秀吏も座って。とりあえず説明するから」


 那由多は立ち上がると、置いてあったホワイトボードに運動大会のスケジュールを書いていった。そういえば、那由多は体育委員だから種目順を知っているのか。


「しっかり準備するのな」


 練習内容が箇条書きに書き込まれる中呟くと、呆れたように溜息を吐かれた。


「当たり前でしょ。秀吏、運動大会が単なる遊びだと思っていたの?」

「遊びだと思っていたぞ。学園全体のイベントでもないし、夏の体育祭とは違って純粋に楽しむことがメインだと思っていたんだが」


 ――違うのか?


「あのね、あたし達はお嬢様のアシストをしないといけないでしょ」

「え、もしかしてそのために達郎へ運動できる場所を用意させたのか?」

「秀吏の推察通りだけど」


 本格的だ。通りで達郎が対価なしで快く要求を呑んでくれた訳だ。


 何だか、この生活に慣れてしまったからか、お嬢様を一番に考えることが俺達の思考には沁みついている気がする。


「まあもちろん、それだけじゃなくて人気投票も控えているからだけどね」

「なるほど、納得した」

「だから、お嬢様のためになる事しないといけないでしょ」


 え? もしかしてお嬢様に人気投票で勝ってほしいのか?


 ジンクスなんて無視すればいいと考えたのか、或いは……俺の計画を知って、支障が出る事なく少しでもリスクを減らしたいのかな。


「花音も……同じ意見だったのか?」

「そうですね……私は運動神経高い訳ではありませんけど、ドッジボールでお嬢様を守る盾くらいにはなりたいですから!」


 いや、盾にはならないでくれ。やけにやる気満々だけど、何だか心配する点が多くなる。


「まあお嬢様の為に準備するのは良いけど、アシストが逆効果になることがある」

「逆効果って?」

「例えば、バレーボールでお嬢様にボールを集めようとしても、もしお嬢様が打ちにくいポジションにいたら、チームとしては良くないだろ?」


 それが想像つかない彼女じゃないだろう。


「あたしは、惜しくても挑戦した姿はカッコイイと思うなぁ」

「お嬢様が反感買ったらどうするんだよ……」

「それは秀吏の言う通りね」

「まあまあ……今回集まったのは、簡単なコントロールを養うのが主題なんですよね?」


 落ち着いた様子の花音が仲裁するように間に入る。

 割と本気でアシストの為の練習だと思っていたけど、違うのか?


「まあ特定のスポーツには慣れてない生徒ばかりだろうしな。単純にコントロールだけでも意味があるか」


 そこで、花音がボールを投げてきたのでキャッチする……ご乱心か?


「も~話が長いです! もう私も身体を動かしたいんですが、まだ話しますか?」

「ごめん。もう大丈夫」


 どうやら達郎と話した後だからか、無駄に回る頭が悪い。反省しよう。


「ちょっと花音、作戦会議はいいの?」

「大体、秀吏くんは当日チームが違うじゃないですか」

「それは……そうね」

「やっつける対象なんですから、私達のコンビネーションを重点的に鍛えましょう」


 そっか、俺はやっつけられる側……基礎体力を備える為か。シンプルでいい。


「っておい待った。俺、チーム違うのかよ」

「お嬢様に嫌われているのに、どうして一緒のチームになれると思ったんですか?」

「……言われてみればそうだな。因みに俺のチームは誰がいるんだ?」

「種目によって違いはあるけど固定ならこのメンバー」


 俺の固定メンバーは小野塚、不知火、石倉、大橋の四人。


 ランダムだったはずが、小野塚を除く三人は仲が良かった記憶がある。


 戦力的には不知火と石倉がいて強いが、不知火は俺のことを覚えているだろうか。

 不知火の邪魔をしたのも随分と前だし、忘れられているかもしれない。


「ストレッチをして、その後走りましょう。この広さなら三十周くらいでしょうか」

「花音、やる気満々なんだな」

「冬休みの間は秀吏くんだって運動していないんですから」

「あ、ああ」

「まずはストレッチからですよ!」


 身体を動かし始めていたら、日が沈むのが早かった。冬だしな。


 花音は球技でキャッチが上手だ。自分から盾と言うだけあるのか、とてもボールを上手く受け取っていた。最後の種目であるドッジボールで活躍できそうだ。


 那由多はボールのコントロールが全体的に正確だった。投球が速い訳ではないが、バレーではいいアシストになるだろう。

 そして俺自身だが……予想よりも悪かった。


「秀吏……どうしてそんな投球下手なの?」

「センスが無かったみたいだ」

「で、でもでも! 秀吏くんはボール避けるのが得意じゃないですか」

「……あんまり役に立たなそうだ」


 花音が励ましてくれるが、剣道以外の運動が苦手なのは自覚できたよ。


 役に立てそうになくて情けないと考えていると、那由多がボールを渡してきてバスケットボールのゴールを指差した。


「せめて、あれに入るようになれば、役に立てるんじゃない?」

「……高さは低いけど――」

「はいはい、言い訳はいいから。見ててあげるんだから何回かやってみて。ほら!」

「わかった」


 背中を叩かれて促された通り狙ってみると、普通に外れた。


「もう一回」

「はいはい、やりますよ……っと」


 俺よりも秀でているからか那由多は上機嫌だ。那由多なりの励ましなのかもしれない。


 夢中になって何度も試行していると、段々と感覚が掴めてきた……が、そんなタイミングで腹の音が鳴ってしまう。


「あー、今何時だ?」

「えっと二十時ですね。お腹……減ってしまいましたよね」


 腹の虫が鳴る音が聞かれていたのかわからなかったのに、希望は花音に潰されてしまう。


 寒くて窓を開けておらず換気されている筈なのに、狭い体育館に熱がこもってドキドキが止まらなくなってきた。


「秀吏、耳が真っ赤なんだけど」

「身体を動かして、気温と体温の差で火照っただけだろう。気にしないでくれ」


 恥ずかしさが耳に出ていたみたいだ。

 まったく、今日の那由多は嫌なくらい楽しそうだ。


「まあまあ、今日はこのくらいにしておきましょう」


 花音も疲れた様子を見せながら、よっぽど張り切っているらしい。

 運動大会まで毎日練習するつもりなんだろうけど、女子二人よりも先にへばってられないな。


「この後、おでん屋さんが近くにあるみたいなので行きませんか?」

「えっ、本当? すっごくいいね! 早く行こうよ!」


 ぱあぁぁっと笑顔になる那由多。

 対する俺は憔悴……とまではいかないが、少なくとも腹が空いている。


「ああ、空腹で腹の虫が鳴りそうだ」

「もう鳴ったでしょ」

「人が現実逃避して忘れたフリしているんだから、やめてくれよ」

「事実なんだから隠さないでいいでしょ。別に格好悪いなんて思ってないんだから」

「那由多だって急に鳴っても知らないぞ」

「それは…………聞かれたくないかも」


 那由多は想像しただけで頬を赤らめた。女子の方が繊細でそういう事気にするだろうし、もし鳴っても気付かなかったフリをしてやろう。


「あ、これ先にどうぞ。風邪ひいちゃいますから二人とも羽織ってください」

「何これ、お揃いのアウターだ」


 花音から軽いトレーニングウェアを受け取った那由多は早速着てパタパタと身振り手振りはしゃいでいた。


「同じ部活のユニフォームみたいでいいですよね」

「花音、態々ありがとう!」

「いえいえ、あったら気合入ると思って用意しておいたんです」

「普通、ジャージとかじゃないのか?」


 冬用なのか、ちゃんとフードも付いている……外で運動する時にも使えるな。


 万が一使える体育館が見つからなかった時を見計らっていたんだろう。


「折角花音が用意してくれたのにケチ付けないの! 花音、こんな奴放って行こっ?」

「喜んでくれて私も嬉しいですが、暗いのではぐれないように三人で行きますよ」

「急いで先に行っても、おでん屋の場所を知らない那由多ははぐれてしまうな」

「わかったから、のろのろしないで……ほら!」


 手を差し伸べられてつい握ってしまった。


 からかわれるだろうから言葉にはしなかったけど、本当に今日の那由多は楽しそうで……その笑顔に一番励まされたような気がした。


 さっきまで運動していた筈のその手は、もう冷たくなっていたのにな。

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