第23話

 そして運動大会当日がやってきた。

 身体を温める為の運動とはいえ、寒さで身体を震わせている女子が何人も。体育の授業は男女別に受けている為、こういう機会ではやる気に満ち溢れる男子達との違いが新鮮だ。


 最初の種目はバスケットボール。俺のチームは始め待機だった。適当に体育館の壇上に座って見ていると、横から小野塚が話しかけてくる。


「香崎さんの番だな。あんまし得意そうには見えねえけど大丈夫かな」

「ああ、思いっきり顔にボール当たらなければ……って」


 俺がそう言った瞬間、花音のチームが攻められ先取点を取られようとしていた。


 花音は四人に揉まれながら上を見上げて、相手から打ち出されたボールがゴールに入らない事を祈りながらカバーを入れようとしている。


 しかしボールを目で追うのに夢中だったのか、相手チームの人と身体がぶつかった。


 ゴールを外したボールは花音の丁度おでこに当たってしまう。


「あっ! おい笹江、お前が縁起の悪い事言うから香崎さんの顔面にボール直撃したぞ!」

「俺も心配になったけど俺の所為にするな。一応額に当たったぽいから大丈夫そうだぞ」


 ボールは場外に出てしまい相手チームの女子が花音に謝っていた。


 前線で離れていたお嬢様が近づこうとしていたが、花音に止められていた。お嬢様には俺に木刀を向けた前科があるからな……喧嘩になったらと考えたら冷汗をかいた。


「すげぇ、あれ塩峰かよ……速くね?」

「本当運動神経良いよなぁ、あのお嬢様」

「バスケ経験者なのかな」


 続く試合の中、壇上に座って見ていた周囲からお嬢様への称賛の声が上がる。お嬢様は素早い身のこなしでドリブルし何度もゴールを決めた。


 お嬢様ばかり称賛されるが俺は心の中で、那由多に感心していた。その裏では、針に糸を通すような正確なパスがあったからだ。


「へー、黛さんも中々良い動きしてるよな」


 隣の小野塚のそんな一言に寒気がした。俺以外にも気付く奴がいた事に、ムズムズする。


「そうだな。いつも良い位置にいる」

「最初は心配していた香崎さんもカット上手だし、コンビネーションいいよな」


 小野塚って……中々目が良いんだな。感心しながら俺は平静を装う。


「あの三人って元々仲良いから、気が合うんだろ」


 お嬢様を中心とするチームは女子だけで構成されており不利に思えたが、結果は圧勝。


 花音がボールを顔にぶつけたことでやや相手チームの強い選手に罪悪感があったのか勢いが弱まったとはいえ、攻め切ることができたのは彼女達自身の力だ。


「おい笹江……と小野塚。行くぞ」

「不知火か。なんだ、もう次俺達の番なのか」


 背後から俺達を呼ぶ声があったので振り返ると、不知火の姿。次は俺達の番だ。


 不知火の後ろには欠伸を我慢しようとしない大橋と、軽くストレッチをする石倉。


「やる気無さそうじゃねーか。マジでこんな奴らとチームなのかよ」


 まだ一試合もしていないのに不知火は不貞腐れたような顔を見せる。


「まあいい、お前ら二人と大橋は適当にディフェンスしていればいい」

「ポジションは?」

「決めても役割通りに動けねーだろ」

「そんな事やってみなきゃ――」


 そこで不知火の大きなため息が響く。


「黙れ。いいか? お前らに期待してないからとにかく俺にパスすればいい。あと、ボールを持ちながら三歩以上歩いたらルール違反だから気を付けておけ」


 小野塚が抗議しようとしたが、威圧に屈していた。一応、不知火がリーダーだしな。

 しかし俺達はトラベリングも知らないと思われているのか……相当舐められている。


 そうして始まった俺達の試合……結果は圧倒的ではなかったものの優勝を収めた。


 トーナメント方式の為、俺達のチームとお嬢様のチームは当たらなかったが、不知火は荒っぽかったから、安心する。


 俺達のチームはかなり防御面が脆かったが、不知火と石倉の二人が強かった。


 後で聞いた話だが、不知火はバスケ未経験者でここまで強かったらしい。天は二物を与えずなんて大嘘だった……調子に乗る訳だ。



 続いて、バレーボールの時間。

 俺達のチームは固定で、更に何人か加わって入れ替わり式のメンバーローテーション。


 今度もすんなり勝てると高を括っていたが、バレーボールは惨敗。不知火と石倉以外の誰かを狙い撃ちにされて簡単に点を取られ続けたのだ。差し詰め、チームワークが足りなかった。


「おい、笹江! 今の試合お前が戦犯だよなぁ!」


 試合が終わると不知火は声を荒げた……反省会らしい。


「まあ、否定はしない」


 肝心なのはサーブ。コントロールを磨く練習をしていたものの、致命的にセンスがない俺は悉くサーブを失敗してしまった。


「全部成功させた私が言うならともかく、不知火が言うの? 二回失敗した不知火が?」

「石倉……お前だって笹江が戦犯だと思っているだろうがよ」

「思ってないから。冷静に考えれば小野塚も大橋も一回二回しか成功していないでしょ。一人だけに責任転嫁するのは筋違いだと思わない?」


 石倉はまるで俺を庇ってくれるが、これは一種のアピールなのだと気付く。実際には暴君に真っ当な意見を言える女子として注目を浴びるためだと、その魂胆は見え透いていた。


 とはいえ、委縮しそうだったチームメイト達は胸をそっと撫でおろしている……不知火に目を付けられず、安心しているんだろう。その安心は、そのまま石倉への評価に繋がる。


「チーム全体の責任ってかよ。ケッ、本気でやれねー奴責めて何が悪いんだか」


 捨て台詞を言い残し不知火は先に何処かへ行ってしまった。


 運動神経が元からいい不知火にとっては、出来ない事が本気じゃない事のように見えてしまうのだろう。


 だから、余計な事は言わずに心の中で謝罪しておく。その後、俺と石倉が残った。


「あいつの言う事、そんなに気にすることないからね?」

「わかっているよ。いつも不知火の傍にいるからか慣れているんだな」

「は? 心外……誰が好き好んであんな奴とつるんでいると思っているのかな」


 溜息を吐かれた。思っていたよりも複雑な関係なのだろうか。


「へえ、そんなに仲良くないのか……確かにその顔は苦労が伺える。イメージと違った」

「それは私の方も。笹江、案外話しやすいね」

「席替えで隣になった時よりは、俺も話しやすいと思ったよ」


 人を選ぶタイプなのかと思っていたが、石倉は誰に対しても接し方が変わらなかった。


「でも悪いな。俺を褒めても人気投票で入れる相手は決まっているんだ」

「え……? あー、そうなんだ」


 そこで動揺を見せるのは、さっきのことをアピールだと認めたようなものだ。


 生憎俺は、口下手な那由多のお陰でこういうのに慣れている。

 しかし、石倉も取り繕って、肝が据わっている女だ。


「図星突かれて驚いているな。悪くないアプローチだとは思うよ」

「……はぁ、そう。笹江って意外と鋭いんだね」

「まあな。慣れていたって態々リスクを冒して不知火に反論するほど庇う必要性はない」


 蛮勇としか言えない行動。

 俺が知っていた彼女の印象と大分違ったから。


「……そうだね。言う通りだよ。推察通りなんだけど……言わせてもらっていいかな?」

「何だ」

「疚しい気持ちはあったのは認める。でも、嘘を吐いた訳じゃないから、そこはわかって?」


 申し訳なさそうな顔。何だか指摘したのが悪いように思えてきた。


「わかったよ。ありがたく優しさだと受け取っておこう」

「うんうん。意外に物分かりもいいんだ」

「褒めたって人気投票の投票先は変わらないからな」


 何を言われても、絶対に投票先を変えるつもりはない。


「ちょっと狙っていたけど。そこは優しさだって受け取ってよ。あっ……ところでさ」

「ん?」

「私の水筒飲み干しちゃったから、スポドリあったらくれない?」

「きっちり思惑あるのかよ。まあ、それくらい分けてやるよ」


 水筒を渡すと、そのまま何も気にせずゴクゴク飲まれた。代謝が良さそうだ。


「ぷはっ。実は結構喉乾いていたんだ。ありがとう」


 石倉は色々と頑張っていたからな……他のチームを歓声している間も掛け声を出し続けていた事を思い返す。水筒は三分の一くらいまで減っていた。


「どういたしまして。昼飯挟んで次はドッジボールか」

「案外、日が過ぎるのは早いね」

「まあ、な。ドッジボールでは迷惑かけないよ」

「へぇ、得意なんだ」

「いいや……避けるのだけは大得意ってだけ」


 褒められる特技じゃない。


「それ、迷惑かけないだけで役に立たないんじゃ……」

「鋭いな」

「あはっ、そこは言い訳しなよ。もしかして笹江って変人?」

「普通ではないかもな」


 他者とズレている部分があることを否定できない。


「そう、じゃあ一つ訊きたいんだけど……人気投票誰に入れるの?」


 じゃあ……って言う割に脈絡あったか?

 やけに会話を切らないと思えば、それが知りたかったのか。


「香崎さん」


 石倉は教室の席が近い。俺と小野塚の会話に聞き耳を立てれば、遅かれ早かれ気付く事だ。


「ふーん、私は笹江に入れてあげようかなって思ったのに、やめておこうかな~」

「やめておいた方がいい。そういうあざとい言葉は男子を勘違いさせるから」


 俺には免疫があるから効かないが、彼女の甘い言葉に勘違いする男子がいてもおかしくない。


「その言い方、やめてほしいのは投票なのか誘惑なのかわからないよ」

「どっちもだ」

「ふーん、そう。笹江って真面目なだけかぁ」

「そうだよ。成績は普通だけどな。しかし、石倉の言い分からして不知火に入れたりはしないんだな。同じグループだろ」


 まあ本当に石倉が入れなくても、多くの女子が不知火に投票するのは想像に容易い。


「いやいや、天地がひっくり返ってもないから!」


 冗談めかして言ってみたが、身振り手振りで全力の否定をされた。


「勘弁してよ。さっきの口論見て私があいつと気の合う関係だと思ったの?」

「まあ……そんなとこ。ごめん」

「全然違うから。むしろ、笹江と不知火の方が気合うんじゃない?」

「えっ? どういう意味で?」


 俺はともかく、不知火……?


「だって、あいつも香崎に入れると思うから……あっ、この場合笹江と不知火って恋のライバルになるのかな」

「だな……困った。実は俺、塩峰のお嬢様に嫌われていてモーションかけづらいんだ」

「あはは、それ以前の問題だと思うな」

「酷い。まあ平凡な顔だって自覚はあるし……俺なりに頑張るよ」


 俺の方こそ石倉が案外話しやすくて驚いた。

 あまり期待はしていなかったが、俺の計画に有益な情報を落としてくれたのだった。

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