第19話
まあまずは花音に票を集めたくない那由多の意図を聞きたい。
「は? なんでさ」
「ああやっぱり……ジンクスのこと知らないんだ」
「人気投票については詳しい訳じゃないんだ。ジンクスって何だ?」
ジンクスというと……縁起のある事柄だ。
特にそんな話を小野塚から聞いた覚えはない。
「……優勝した男女が交際するんだって。なんでも毎年起ってしまっているから女子の中では憧れる生徒も多いの」
おいおい、何だそれは。花音のファンクラブとしても俺自身としても、由々しき事態だ。
那由多がどうしてそんな事を訊いてきたのか理解できたが、同時に疑問点も増える。
「那由多……お前、俺が運営側だと知っていて話していないか?」
俺が何かするだろうと踏んでいたみたいだけど、基本的に運営じゃなかったら何も細工できない……匿名性を守る部分とかしっかりしているみたいだからな。
「え、運営だったの? 知らなかった。というか運営なのに詳しくないんだ」
「まだ先の話だから調べていなかっただけ」
「でも、もし工作するなら早い方がいいんでしょ? 運営だったら、むしろ何もしない方が珍しくない?」
俺の性格から工作すると思われているの、普通に心外なんだけど……まあお嬢様の雑用係としてやってきたことを思い返せば、それもそうか。
「そんな……俺が何かしでかすのが普通みたいに言われてもな」
俺はこれでも花音のファンクラブ会長。
順当に行けば花音が勝つのに、態々危ない道は進まないし手も加えない。
「でも、ジンクスの事を知ったんなら話は違うんじゃない?」
そうかもしれない。合理的に考えるか感情的な判断をするか……難しい問題になってきた。
「……そうだな。お嬢様に忖度しつつ、花音の代わりを探して……」
男子の人気投票で考えたら、不知火迅の当選が濃厚。
奴の危険性はその決断力の早さと積極性だ……一度決めたなら必ず行動に移す。
逆に諦めも早い……お嬢様に近づこうとした時も奴の手を引く速さだけは評価していた。
ジンクスなんて知っていれば、例え本当に花音の事が好きでなくても、面白半分でモーションかけてくるのが目に見えている。すると気を付けるべきは花音一択。
忖度せずともお嬢様にはまあまあ票は入るだろうし、多少は自信回復にも繋がるだろうからそちらは放置……まだ化けの皮が一切剥がれておらずお嬢様への憧れを持つ生徒もいるからな。
「うん? 化けの皮」
「えっ?」
「いや、ちょっと考え事だ」
サラッと脳裏に浮かんだワードが引っかかった……まさか、そういうことか。
やはり達郎から利用できるかもしれない事として、俺が運営に選ばれたと考えるべきだろう。
もっと早く気付くべきだった……ジンクスだなんてあったなら利用しない手はない。
ならば俺にできることは、そうだな……。
「那由多、人気投票についてなんだけど、頼み事があるんだ」
「結局何かするのね。頼みって?」
「きっと、那由多は嫌がるかもしれないけど……」
「まずは話を聞かせて」
「わかった。那由多には――」
俺は、これから計画の全容を話した。予想通り那由多が顔を顰める。
「秀吏の計画は理解できた。でも、共感は出来ないと思う」
「だろうな。正義感の強い那由多らしいよ」
「……そのやり方は素直に賛同できない」
「ああ……だけどさ、お嬢様を信じてみないか?」
俺はきっと試されている。でも、こうする他に進むべき道がないのなら、挫けたって一歩を踏み出さないといけないとも思う。
「その言い方は……狡くない? 狡いよ」
「狡いかな……そうだな、これはこれで那由多がお嬢様の友達として相応しいか、俺がそう試しているみたいだ。キツイなら降りていい。俺だけでも出来る」
那由多に無理をさせるつもりは最初からない。
「ううん。秀吏がそこまで言うならお嬢様を信じたい……かな」
「……悪いな。那由多の役割は……気分がいいものじゃない」
まるで責任を押し付けるみたいで心が苦しい。だからこそ、確実に結果を出さないと。
「大丈夫だって言っているでしょ。もう納得した。『約束ノート』に書いておく」
「それは、花音に見られたらいけないな」
「そうだね。時期が近づいてきて、もっといいやり方が無かったら――」
「……そんな顔するなら、それまで待つよ。俺の計画に乗るか降りるか……決断を急いでいる訳じゃないから」
酷い顔を見せる那由多。やっぱり、正義感の強い彼女には厳しい計画かもしれない。
「ごめん……そうしてくれる? 耐えられそうにないから」
やけに素直。課題に追われ疲れきった那由多は無防備で、今の言葉が本音なんだろう。
強要はしない……嫌なら何もしないまま見ているだけでもいい。
「……って、暢気に話していたけど、課題終わんない」
話題を変える那由多。喋りに夢中で、ドラマの内容もあんまり頭に入ってこなかった。
「あっ、花音から連絡が来てた! 今から戻るから机拭いておいてだって」
「その前に文房具移動させないと。でも花音がいるなら夕飯の後に手伝ってもらえばいっか」
「それは、俺も参加できるのか?」
「え……ヤダ。さっき沢山お願いごと聞いた」
沢山じゃないだろ。頼んだ立場ではあるけど、結局返答は保留にしたわけだし酷くないか?
「ショックだ」
「嘘。花音次第に決まっているでしょ」
勉強中はご機嫌斜めだったのに、手のひら返ししてくれるなんて珍しい。
顔には出さなかったが内心ほくそ笑んだ……運が良ければ、花音のお部屋に入れてもらえる可能性まである。
そして結果は…………残念。
花音の帰宅後、仲間外れにはされなかったものの、勉強場所はそのままリビングでした。
風呂の後、三人で勉強会を開催し……俺は早めに終えることができた。
「一息ついているところですけど、いいですか?」
「花音には課題手伝ってもらったんだ。良いに決まっている」
「明日の夕方、なるべく早く帰ってきてください。お出かけします」
お出かけとは……何だろう。大抵の事は面倒に思わないだろうから、断る理由もない。
「ちなみに、達郎さんも付いてきます」
久しく会っていないけど、多忙な人だと知っている為、態々何事かと首を傾げる。
「どうして休日にしておかなかったんだ。あの人、忙しいだろ」
「知らないんですか? 塩峰財閥は労働基準法が無効なんです」
「財閥はとっくに解体されているだろ。というか滅茶苦茶ブラック企業じゃないか」
「冗談です。無効なのは達郎さんだけですよ」
それはそれで……どうなんだよ。
「少し顔を見せるだけだと言っていたので、そのくらいは付き合ってあげてください。一応、雇い主なんですし」
難色を示したつもりはないけども。
「実際の待遇を考えれば、ライフワークバランスが心配になるくらい真っ白なのになぁ」
濁されてしまったが、そろそろ根幹に入ってもらおうか。
「それはさておき、何処にお出かけなんだ?」
「児童用の体育館です。運動大会がありますから」
児童用体育館で運動って、脆かったりしないか? と思った俺は場所を調べてみると、元々小さな道場で整備もきちんとされているらしい。
「それで、運動しにいく……ってことか? いいけど、何故達郎もついてくる?」
「誰の保証もなく高校生男子一人と女子二人が貸し切りで使える訳ないじゃないですか」
「確かに。だとすれば達郎じゃなくても……もしかして暇なのかよ」
いつも忙しそうにしていた気がするが。
「態々来てくれるんですから、そういう事言わないでください。那由多ちゃんのお願いでもあるんですから」
お願いって、運動できる場を借りることが? 那由多の奴、身体を動かしたかったのか。
那由多も普段は頑張らない割に張り切っているんだろう……一応、体育委員だし。
俺が保健委員で那由多が体育委員って、普通逆だよな。
「うん? あたしがどうかした?」
「明日、お出かけする話です。那由多ちゃんが達郎さんに依頼していた件ですよ」
「本当に? 結構前に頼んだけど忘れられたと思ってた。達郎さんにお礼言わなきゃ」
そう言って席を立とうとした那由多の腕を掴む。
「那由多……全問解き終わったのか?」
「終わってないけど? 少しくらいリラックスしてもいいでしょ。それとも何? 自分が先に終わったからってマウント?」
突かれたくない所だったのか顔色が一気に変化し、驚くほどツンツンしていた。
ただ訊いただけでこの反応……俺が原因じゃないだろ。
「……解けない問題でもあったのか」
「はいはい。私が手伝いますよー。何処が判らないんですか?」
その後、花音に教えてもらった那由多はすぐに解き終わったようだ。
ふふんと鼻を鳴らすように清々しい顔を見せつけられると、少しイラっとした。
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