第18話
文句を言って中断させたドラマの録画……俺も気になって一話から見てみると、中々面白かった。
あっという間に夕方、突然として現れた那由多が俺の頭にチョップを叩きつけて来る。
「ていっ」
「お、おい……やめろよ。驚いた……妙に痛いと思ったらノートを縦にして叩いたら痛いだろ」
文房具と昨日買った眼鏡と、更に幾つかテキスト……勉強道具を手に持つ那由多がそこにいた。一旦テーブルに置き、急ぎなのか焦るような様子を見せる。
「そんなことより、花音が何処に行ったか知らない?」
「お嬢様のところだろ。朝食べた後すぐに連絡着て向かっていたし」
「今、何時だと思ってんの? あれから一度も帰ってきてないでしょ?」
「そう言われると確かに遅いな。とても心配だ……連絡してみるか」
まさか、事故にでも遭っていないだろうか。
お嬢様が俺を一方的に嫌うように、俺はお嬢様に信頼を置いているのだけど、心配になる。
「連絡ならもうあたしが先にしてみたけど出てくれなかったの。多分電源切れてる」
「放置していて気付いていないだけじゃないのか?」
お嬢様のことだから、スマホの電源に気を回していなくてもおかしくない。
「そうかな? ……そうかもね。でも一報くらい欲しかったなぁ」
「お嬢様の傍にいるだろうし、危険はないだろ。何か困ることでもあるのか?」
「ちょっと……苦手な課題があるから、それを一緒にやろうと思って」
課題? そんなものあったか。
やってない……けど、カッコ悪いので平然を装っておこう。
「それは困ったな。だったら念の為も兼ねてお嬢様の方に連絡してみろよ」
「えっ……花音のこと訊くなんて不自然じゃない? 使用人だってバレちゃうかもだし」
「いやいや、誰が直球で訊けだなんて言った!? 今日の宿題大変だよね、みたいな感じに日常的な会話で花音の話題出せばいいだけだろ」
それが自然な会話じゃないのか?
那由多が不器用なのは知っているけど、思い詰めすぎだ。
「日常的って……用事も無いのに、連絡入れるのおかしくない?」
「友達同士なら普通だと思うが……むしろ、お嬢様の方だって喜びそうだぞ」
たわいない事に悩んでいたようだ……偶に那由多は思い込みの激しいところがあるな。
お嬢様だって花音意外に友達が出来たことないんだし、疎いから寛容なはずだ。
「お嬢様は別に友達なんて求めていなかった。あたしは無理矢理そうなっただけ」
「あのな……求めていないのに受け入れてもらえたんなら、黛那由多は強引な部分もあるけど仲のいい友達って事だろ。少なくとも、俺は那由多のことをそういう認識でみているしな」
「…………」
まじまじと無言で俺を見てくる那由多。間違ったことを言ったとは思わないけど。
「まあ嫌ならいいさ。焦ることでもない」
「……ううん、秀吏の言う通りだと思う。あたしからお嬢様に探りを入れてみる」
その場で連絡を取っているのかスマホを弄りだした。部屋に戻って電話すればいいのに。
那由多が静かになったので、視線をテレビに戻し音量を小さくしながらドラマの続きを見ていると、数分経った後に再びチョップをくらった。
「やめい」
「予想通りお勉強中みたいだった。花音が一緒かわからなかったけど、察してくれたみたいで花音の方からも連絡返ってきた。二人で課題やっているみたい」
「良かったな。ドンピシャだったみたいだし」
課題は……俺も終わってないけど徹夜でやれば何とかなるか?
「みたいね。流石にお嬢様と花音が二人で勉強しているなら、あたしは邪魔したくない」
「そりゃ、宛が外れたな」
「……さっきから疑問だったんだけど、秀吏は何でそんな暢気なの? 秀吏だって、課題終わってないでしょ」
「ばれたか」
鋭いな。
絶対に気付かれないだろうから、こっそり徹夜する予定ではあったが。
「昨日の朝から大体一緒にいるんだから、わかるに決まっているでしょ。大変そうだから、手伝ってくれる?」
「そうだな。こっちこそ……そうした方が助かる」
那由多から助け舟なんて珍しい。本当に猫の手も借りたい状況なんだろうな。
それにしても、テーブルに置かれた眼鏡に視線がいってしまった。
「昨日買ったやつだろそれ……眼鏡いるのか?」
「まったく……何のために眼鏡買ったと思っているの? 勉強するためでしょ」
「学校の授業を万全の状態で受けるためだろ。遠視なのか?」
「ううん、近視」
何故か眼鏡が気になってしまった。なんていうか……よく考えたら、彼氏が彼女に選んだみたいな? そんなこそばゆさを感じたのかもしれない。
「じゃあ、無理にかけても目に悪いだけなんじゃないか?」
「秀吏が似合いそうって言ったからかけている姿見せてあげようと思ったのに、酷くない?」
「そう拗ねるな。悪かったよ。似合っているって。でも、それなら学校でも……あー」
席替えで那由多の方が若干前にいるから、堂々と見ることはできない。こうして態々見せてくれるのは、サービスなのだろうか。
「一々ケチ入れないでよね、秀吏らしくもない。課題終わらなくなったらどうするの」
ドラマの見過ぎで頭が上手く回っていなかったのかもしれない。反省しよう。
「そんじゃ、俺もテキスト持って来るよ」
「……あのっ、ノートだけでいいんじゃない? テキストは二人で見ればいいんだし」
「どうした……? 熱でもあるのか?」
おかしい。
妙に那由多の距離が近い。
「ないけど! 何? あたしなんか間違ったこと言った?」
「こういうこと言うのもどうかと思うけど……そういう言動は男を勘違いさせるぞ。まるで好意があるみたいだった。遂にデレか?」
テキスト一冊を共有すると、自然と隣に座った。必然的に距離は近くなるし、俺だって意識してしまうだろう。勘違いさせるようなことを言われると困る。
「はっ……はあ? 違うから。効率化を図るためだからぁ」
「いやわかっているさ。変な事言って悪い。気を付ける」
冗談に聞こえるように言ったつもりだが、俺の方が恥ずかしくなってきた。
逃げるようにリビングを去って自分の部屋へ向う。
結局テキストは持ってこない方がいいのかな。
「油断した。ねえ、この宿題面倒すぎない?」
勉強を始めて数時間……そろそろ夕飯を作る頃。花音からの連絡によると何か適当に買って来るらしい。なので今は勉強に励みながら待つ。
「そこの三問目間違えているぞ」
「え、どこどこ?」
「ここの計算。二乗を忘れている……って、やっぱり近いだろ」
直接指で間違っている箇所を指摘すると、自然と那由多にくっ付いてしまう。
那由多は赤面していながら何も言わない。意識していると思われたくないのかな。
「い、意識しているの? やめてよね、そういうの……困るんだけど」
挙句、この言い分だ。異性なんだから俺だって意識してしまう。
室温は十分温かいのに、それでも近づくと少し放熱する体温が伝わってしまうから。
元はと言えば、テキストを共有していることが大間違いだ。
「……今更だしな。その問題解いたら、少し休憩しないか?」
「オッケー」
ずっと座りっぱなしで、那由多もくたびれている様子が見て取れる。
先に解き終わった俺は、軽食を探す。頭を使ったせいか甘いものが欲しくなり、二人分のココアを入れることにした。未視聴のドラマを視ながら、ソファーに那由多と横並びになる。
「あのさ。今度……人気投票あるじゃない」
「あるな」
「秀吏、誰に投票するの?」
「花音だよ」
即答した。判り切っている事を訊くなんて那由多らしくない。
「じゃあお嬢様を一位にしようとか、そういう計画はないんだ」
「そう……だな。特に考えていなかった。お嬢様に票を集めてほしかったのか?」
お嬢様ならば気にしなくても、それなりには票が入るだろう。もちろん、一位狙いともなると、相当な自信に繋がるとは思う。ただ達郎からそんな命令は出されていない。
「ううん。むしろ逆……集めてほしくない。もっと言えば、花音にも票が入って欲しくないの」
待ってくれ……なんだそれは。
別に一位になることが名誉なことだとか、そう思っている訳ではない。
しかし逆に票が集まるのを避ける理由なんてないだろう。
那由多の言い分に、俺は首を傾げた。
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