第17話

 休日の朝、食事を終えてもソファーに座り録画を見始める花音と那由多が視界に入る。

 いつもの光景なんだけど、今日は呆れながら声をかけた。


「なあ、那由多……眼鏡買いに行くんじゃなかったのか?」

「あ、待って……今良い所だから」


 いきなり今朝の食事中、「突然だけど今日暇よね? 付き合ってくれない?」と半ば強引に誘われたから、花音の説得の末に応じてやったというのにそりゃないだろう。


 今はネトゲも卒業している那由多のことだ……他に視力の下がる原因があるとすれば、今みたいに近くでテレビを長時間見ている事じゃないだろうか。


「花音、そいつどうにかしてくれないか?」

「私はお嬢様の連絡が入らない限り、梃子でも動きません」

「いや、動かなくてもいいから那由多に出かける時間だと……はあ」


 お嬢様に呼び出された通信を受け取り次第、花音は表屋敷へ向かう必要がある。

 だから今日、花音は付いてこないのだが、説得したのは彼女なので協力してほしい。


「ていうか、秀吏はなんでそんな不審者じみた格好しているの?」

「食事中……話を聞いていなかったのか? そのままの恰好で出て、もしもクラスメイトに一緒にいるところ見られたら困るだろ」


 不審者じみた格好は、笹江秀吏として見られない為の変装なのだ。


「でもファッションセンス悪くない? 変装というより着こんでいるだけじゃん」


 外は寒いから、着こむのは仕方ないだろ。

 フード付きのもこもこのワンピースをルームウェアとして着ている那由多の言えたことではない。というか、早く着替えてほしい。


「あっ! それなら眼鏡買いに行くついでに、服は那由多ちゃんが秀吏くんに何か選んであげるのはどうですか?」

「そうだね! そうしよっか」

「好きにしてくれ……とにかく行くぞ」

「あと数分で終わる筈だから、待って」

「録画してあるんだから後にすれば……はあ、わかった。あと十分後には準備しろよ」


 ストローでジュースを飲みながら、「はぁい」とやる気のない返事をしてくる。

 待っている間にすることもない俺は、コーヒーを一杯入れた。



 ――数時間後。

 俺達は同級生に会う筈もないだろう遠くのショッピングモールへ赴いた。

 眼鏡の売り場へ着くと、那由多はじっと二つのフレームを持ち上げて悩み込んでいる。


「何やっているんだ? かけてみればいいじゃないか」

「ちょっと待って。重さを体感で調べているから」

「似合うかどうか見せるために俺を連れてきたんだろ? 実用性を重視するのか」


 メインは眼鏡を用意することで、似合うかどうかを知りたいだなんて言っていたのは那由多だったはずなんだけどな。


「だから待って。重いとじわじわと耳が痛くなるらしいんだけど、実際にかけてみると重さわかんないから慎重に比較しているの」


 朝から何回目の「待って」だろう……今日は多いな。那由多はとことん拘りが強いらしい。

 ドレッシングですら何を言っても譲らなかったし相当なものだ。こりゃ長くなるな。


「それなら、フチの無いやつが一番軽そうだが」

「似合っているかどうかによるー。先に重さ図っているから、秀吏はあたしに似合いそうなやつ探して持ってきて」


 言われた通りに探す。最初にピンと目に留まったのは、丸っこくて少しお洒落を感じる金属製のもの。しかし、素材がニッケル合金であるせいか、他と無視できない値段差があった。


 実用性も考えているなら那由多が除外するだろう。取り敢えず三つ選んだ。


「秀吏が遅いから先に視力測ってきた」

「それは待たせたな。はい、この三つ」

「中々いいじゃない。服と違って眼鏡を選ぶセンスは及第点なんじゃないの」

「それで、どれが良いと思う」

「うーん。このサイズ大きいのも秀吏が選んだの?」


 那由多が指を差したのは、最初に選んだ丸っこい眼鏡だった。


「そうだけど……どうして疑問に思うんだよ」

「ううん、凄くかわいいから秀吏もセンスあるんだなぁって。うん、これにしよ」


 アクリルケースの上に置いて見比べているが、結局重さを比べることはやめたのか。


「なら、それ買うか。作り終わるまで時間かかるなら待ち時間アパレルショップ行こう」


 那由多は頷きながら再度選んだ眼鏡をかけて鏡で確認する。


「……ねぇ」

「ん? どうした」

「本当は……花音に似合いそうな感じの選びたかった?」


 質問の意図が掴めなくて戸惑う。


「どうして花音? 那由多と来てんのに」

「そっ、そう。別に……気にしないで」

「いやいや、なんだよ藪から棒に……気になるだろ」

「秀吏は失礼な奴だから……女子へプレゼントを選ぶ時、好きな子が欲しそうな物を選びそうなタイプかなぁって思っただけ」

「心外だな。わかんなかったら……どんなのが良いか訊くだけだろ」


 自分の欲しい物を選ぶ奴はいるかもしれないけどその例はひねくれていると思う。

 一緒に花音が来ていたとしても、那由多が挙げたケースはありえない。


「そう。じゃあ認識改めておく」

「そうしてくれ」


 不愛想な顔で心意は読めなかったが、ふと見えた那由多の口元は緩んでいた。


 その後、すっかり空が暗くなるまで、那由多に振り回された末、荷物を大量に持たされ……俺は荷物持ち要員として連れてこられたのだと気付いた。

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