第15話
席替えは昼休み前の学活の時間を使って行われ、何事もなく終わった。
俺の席は窓際の最後尾という意外と目立つ位置。大体の位置を定めていたとはいえ、こんな端に追いやられてしまうとは思わなかった。
「よう、今回は近くなったな。運が良い」
「まさか前後の席とはな。けど花音と遠くになったのに運が良いのか……?」
小野塚のお陰でボッチは無事回避したんだし、俺も内心運が良いと捉えておこうか。
「いやいや、ファンとしての楽しみは交友を持つより見守ることにあるからな! 喋れる奴が近い方がいいだろ」
良い奴かよ。
ちなみにお嬢様と花音の二人は無事
「真っ当な意見だけど若干気持ち悪いな。ほら、すぐそこの石倉の顔を見てみろ」
隣の席を見れば引き笑いのクラスメイト。名前は確か……
俺が名前を出したことを意外に思ったのだろうけど、反応からして話を聞いていたはずだ。
「ちょっと……放っておいてほしいかな」
「そうか。そりゃ迷惑かけた」
石倉は不知火やその周辺と仲が良い女子だった気がする。普段はもっと明るい筈なんだけど、近くに友達がいないらしく気が沈んでいる様子だ。
「ところで小野塚……最近、塩峰さんにご執心なのか?」
「あ、あん? そんな訳ないだろ。どこから出てきた話だよ……それ」
「風の噂で聞いた」
「えぇっ……」
「小野塚の視線が塩峰さんに……ってな」
睨まれた件と関係あるんじゃないかと探ってみると、小野塚は悩む素振りを見せる。
「……まあチラッと品定めで見ていたかもしれないけど」
マジか。あんまりこいつを疑うようなことをしたくなかったんだけど、遂に認めてしまったら俺も無視できない。さて、どうしようか。
「……キモッ」
「グサッ!」
そんな時、俺の隣から小さくも俺達に聴こえる声で罵倒の言葉が投げられた。
小野塚が大袈裟にダメージを受けたジェスチャーをするが、この反応は本当に精神的ダメージが入った時のものだ。
「放っておいて欲しかったんじゃないのかよ、石倉」
「笹江くんには関係ないかもしれないけど、こっちは私にも関係あるから。ねえ、小野塚……最近私のこともじろじろ見ていたよね? 視線気付いてないと思っていたのかな?」
「えっ?」
意外な方向から話が逸らされたものの、内心で小野塚にドン引きした。
「いやおい! 品定めって言い方は悪かったけどよ……こっちにも事情があったんだ」
「へぇ……どんな?」
「クラス内で美人っぽいと思った女子を確認したかっただけで、性的な目で見ていたとか決してそんなんじゃないんだ! 笹江は信じてくれるだろ?」
小野塚か……微妙なところだ。
「そう言われたって俺もよくわからないんだけど……じゃあ一体何をしたかったんだよ」
引っ掛かりがあるとすれば、さっき言っていた品定めという言葉。
「あっ、いや……その、まあいいか。毎年行われる人気投票知ってる?」
「知らない」
「え、笹江くん、知らないの……うわぁ」
なんで引くんだ……知らない事を常識のように言われるとウザいぞ。あんまり喋ったことなかったけど、石倉ってこんな性格の奴だったのか。
「知らないもんは知らん。俺が情報に遅れているのか?」
「別に~? 興味ないなら知らなくても当然だと思うけど、噂くらいにはなっているんじゃないかな。特に女子の中では話題のタネだよ」
なら、さっきの『うわぁ』は本当になんだよ……理不尽か。
石倉の言う事をどこまで信じていいのか疑問に思いながら、話を訊く姿勢を見せる。
「笹江、冗談抜きで知らなかったのかよ。そういう男女別で行われる人気投票があるんだよ。一時期問題もあったらしいけど恒例なんだってさ」
「まだ先の話だけどね。んで、私や塩峰さんが気になったって? そういうこと?」
「ごめんなさい」
小野塚は潔く謝った……不快だったという表情が石倉の顔に表れたからだろう。
「小野塚が私を見ていたことの理由は理解したけど、だからって気持ち悪いことに変わりないかなぁ」
「それは、ごめんって……」
どうやらこいつに言い返すという選択肢は無いらしい。普通のオタクはヒエラルキーの差にひれ伏すと小野塚自身語っていたし、それなのだろうな。
「まあまあ石倉……小野塚もこう言っている事だし許してやってくれないか? 別に可哀想だとは思わないが、反省しているのは見てわかるだろ?」
「どうしよっかな~。まだ先の話なのに怪しいし、品定めなんて気持ち悪い事したのは事実なんでしょ? 許していいのかなぁ」
面倒な相手だ。
友達だし小野塚の味方をしたいところだが――庇ったところでどうする。
「つ、つい噂を聞いたから誰が入れようかなと思っただけで……」
「言い訳?」
「本当に悪かったって!」
「じゃあ許してあげてもいいかな。 あっ……そうだ! 笹江くんって保健委員でしょ? 連れて行ってあげたら」
凄い……皮肉たっぷりだ。石倉を変な目で見るのは避けるよう注意しよう。
「酷い……ここまで
「…………」
「笹江くん、彼のフォローはやめたのかな?」
「……どうかな。それより石倉、最初は放っておいてほしいとか言っていた癖に、やけに積極的に絡むじゃないか」
迷ったけど俺は小野塚を友達だと思っているし、多少言い返してやろうと思い煽り返してみた。ただ丁度その時、授業のチャイムが鳴って昼休みに突入。
「ちょっとだけお喋りなだけ……私、食堂で食べるから」
そう言って石倉は足早に席を立ち去った。同時、斜め上の席の立ち去る那由多を確認する。
ああ、お嬢様とお弁当を食べに行くのか。
那由多は前の席の女子と話していた。疎外されていなかった事だけで、俺は少しほっと胸を
以前なら那由多自身が陰口を気にして誰とも話さなかったかもしれないけど、大丈夫かな。
それにしても石倉は那由多と仲良くしないのな。恐らく石倉はお喋り好きな性格なのに……不知火とお嬢様は仲が悪いなどという噂が流れているから、気にしているのかもしれない。
「弁当組の俺らとしちゃあ、席が近いと楽だな。食べようぜ」
「ああ、そうだな。ところで小野塚……さっき嘘吐いたよな?」
さっきの話、明らかな嘘があった。俺の質問に小野塚はニヤリと笑う。
「嘘吐いたぜ。俺が香崎さん以外に入れる訳ないからな」
人気投票で誰に投票するか迷っていたなら、それはおかしい。小野塚は花音のファンクラブ副会長であり投票先なんて花音以外ないのだから、そもそも品定めなんて必要ないはずなのだ。
「しかし俺も迂闊だったぜ。石倉が話に割り込んでくるとは……」
「石倉が異質なだけじゃないか? 黛は大人しかったし」
「黛さん? ああ、そういや一瞥もされなかった気がするな。でも、俺らにとってはそっちの方が楽だろ? 笹江の方は石倉と隣だし災難だったな」
「災難かな? 俺は普通に会話できるけどな。話しやすい方だろ」
イメージとは違ったが、話しやすかったのは本心か。
さて、そろそろ俺も一旦机の上を片付けて昼食の準備をし始めようか。
「忘れないうちに話を戻すけど、品定めっていうのは結局何の意味があったんだ?」
「ちゃんと話すから、そう急ぐなって。何しろ笹江には手伝ってもらうからな」
「は?」
何を言っているのかわからなかったが、まずは昼食の準備をして弁当を食べ始める。
「本題の前に、何も知らない笹江には知っておいてほしい事がある。まず、人気投票の形式は古典的なんだ」
「古典的? まさか、この時代に紙に直接書いて投票するのか?」
どう考えても非効率なのは言わずもがな。疑問は残るが、小野塚は肯定の意を示した。
「そうなんだよ。一応これにも理由があるんだぜ」
「……そうなのか?」
「ああ。背景から話すと、この人気投票っていうのはこの学校の卒業生が作ったイベントで……最初は女子だけを対象に男子の中だけで行われたものらしいんだ」
へぇ……女子達の間で話のタネになるって石倉が言っていたけど、元は逆だったのか。
「でも、規模が大きくないとはいえ生徒会に目を付けられて、色々問題になった事があったんだとよ。そんで、和解の末に男女別で公式に行われるようになったんだとさ」
「なるほど……っておい待て。問題になったのに、どうやって和解に繋がったんだ?」
勝手に女子をランキング付けなんてセンシティブな問題になっていておかしくない。
「これが面白い話なんだ……当時の生徒会長が人気投票で圧倒的一位だったから、照れた会長が許したらしくてな」
「なんだそりゃ……生徒会長それでいいのかよ」
「確かに賛否両論だったけど匿名であったことも救いだったらしい。それが紙に直接書いて提出する理由に繋がっているって訳だ」
「……ネットでやっても変わらないだろ」
どいつもこいつもが、俺のようにハッキングの技術を持っている訳じゃないだろうに。
「公式とはいえ生徒間で行われるなら、運営をする奴も疑われる。ネットだと怖いんだとよ」
「はぁ……回りくどいな」
「投票先を知られたくないって意見もわからなくはないし。男子と違って女子は繊細だから」
「まあ気にするのも無理ないか……納得した」
でもやっぱり非効率だと思うけどな。
「まっ、発表だけはこの学校の限定掲示板で行われるみたいだけどな」
限定掲示板はアクセス権限が在学生しかないから、書き込むだけなら自由。書き込むユーザーの在籍番号は隠しようがないので成りすますことも難しい。
しかし、学校側もよく許可したな。元が生徒会主催だったから交渉したのかな。
「なるほど。そして……小野塚が今回の運営って訳か」
「ご明察。どうしてわかった?」
「詳しすぎなんだよ。それこそ石倉が言うように気持ち悪いくらいだ」
というか小野塚の様子がおかしいような気がしたからな。少しやましいことがあるのかと疑ってしまった。
「普通に傷ついた。石倉が毒舌だったのは意外だったな」
「ああいうのは毒舌じゃなくて思った事がそのまま言葉に出るタイプだろ」
頭の中で類似例を那由多で想像してみたが、あいつは一息入れて考えている方だからもう少し賢いかもしれない。
「それはまあいい。笹江に手伝って欲しいのは……全部だ」
「お前は一体何を言っているんだ。運営担当は小野塚なんだろ。なんで俺に任せるような言い方する……」
俺が機械に強いことを知っている筈だからてっきり集計等を任せられると思っていたのに。
「それはそう。正確に言うと俺と笹江の二人が運営役に選ばれた。元々、運営は二人で行うのが恒例なんだよ。不正対策でな」
――不正対策ね。
「二人って言っても俺達じゃ不正し放題じゃないか……キャスティングミスだ。少なくとも俺なら同じクラスから二人とも人選したりしない」
「笹江の言う事も尤もだけどその辺は俺にもわからねぇよ」
そういう偶然もあるか。先輩から指名式らしいけど、適当に選んだのかもしれない。
けど偶然じゃなかったら……もしかすると達郎が手を回して俺を試している? そんな脳裏に憶測が
急にお嬢様を人気投票で勝たせる……なんて課題が与えられても、困るぞ?
「まっ、そういう事なら協力するさ」
「助かる。じゃ、まずは早速投票箱とか紙とか作っておいてくれない?」
「そこからか。ほんと前時代的だな。まあわかった」
きっと小野塚の品定めというのは、花音の勝ち目を考えていたのかもしれない。平気で私情を挟む男だからな。
まあ人気投票だってまだ先のお話だし、作業はゆっくりと進めていけばいい。
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