第13話

 チラッと見てみれば、ぱぁぁっと嬉しそうな笑顔と共に耳を傾けてくれている。


「席替え……なんだけど、どうしても秀吏を離す必要あったのかなって……」


 花音相手であってもこういう話はあたしが照れるから、やっぱり顔が見えないようにしていて正解だった。


 あの時は黙っていたけど……刻々と席替えの日が近づくと、どうしても未練のように感じてしまう。いつか読んだ本に、失ってから気付く気持ちがある……なんて書いてあったけど、失いそうになって気付いたなら、どうするべきなんだろう。


「そういう事だったんですね。てっきり、納得していたように思っていましたけど……表情筋のコントロールが以前よりも上達したんですね」

「え、勘づいていたんじゃないの?」

「まさか。人の心が読める訳でもないんですから」


 そっか、そこまで見抜かれていた訳じゃなかったんだ……少し安心。


「ただ、まだまだ那由多ちゃんは気持ちが顔に出やすいので、悩んでいることがあるくらいなら簡単にわかります。あ、でも秀吏くん相手には我慢できているので安心してください」


 秀吏に対して見抜かれていないなら、別にいい。いつまでも知りたいと思われないようで少し寂しいけど。それより……気持ちが顔に出てしまうのは本当に問題よね。


 すると花音の見抜くような視線。観察される事で感じた若干の恥ずかしさが胸を焼き付けて、落ち着きのない想いが枕を抱えて一回転させる。


「え、なんで逃げるんですか?」

「何となく転がりたくなっただけ」


 勘違いされたので逆回転して元の位置に戻すと、小さく笑う花音の顔が目に入る。

 一瞬だったから見間違いかもしれないけど、その顔は何となく印象に残った。


「話を戻してまとめると、那由多ちゃんは秀吏くんと近くの席でいたいと……」

「そんな感じ? かもしれない」


 どうにも直接的な表現が思い浮かばなくて、あいまいに答えてしまったけど、花音は余計なことを追求してこようとはせず、考えているのか数秒黙り込む。


「悩みって言ったらそうだけど、別にどうにかしたい訳じゃないからね?」

「疑問なんですけど、那由多ちゃんが秀吏くんに近くの席にしてもらえばいいだけのお話じゃないんですか?」


 お嬢様の護衛係としては、近場を離れるべきじゃない。それは秀吏も花音もわかっているはず。だからそれなりの理由が必要になる。


「秀吏に対して何て説明すればいいと思ってんの? それじゃ、まるで好きみたいじゃない!」

「まるでじゃないと思いますけど……それはさておき成る程。那由多ちゃんは理由探しに悩んでいるんですね?」

「そうなの!」


 タイムリミットは迫っている。

 なのに、どう秀吏に言えばあたしの気持ちに気付かれず、動いてくれるのかわからない。


「まったくもぅ那由多ちゃん。もっと早く相談してくれればよかったのに」

「どういうこと?」

「那由多ちゃん一人に大した理由がなくても、私と協力して適当な話をでっち上げれば、秀吏くん一人騙すのは簡単ですよ」

「騙すの!? それって……凄く腹黒くない?」


 あたしは。花音を信頼していても気乗りはできなかった。


「……そんな事ないですよ。それに上手く話を広げれば、嘘もまことになります」

「え、もしかしてでっち上げる話とかってもう考えたの?」


 適当にでっち上げた話に真実味を与えるなら、ある程度の構想が花音の中で出来ていると考えられる。


「はい。以前、那由多ちゃんは視力が下がったと言っていましたよね。それを理由にしようと思います」

「そう、それなら……でも、あたしとお嬢様を前方に配置して秀吏が後方に行けばいいって結論に至らない?」


 そうしたら結局、お嬢様と秀吏の位置が近くなってしまう。

 お嬢様の命令に花音が背くのは論外だ。


「なので、ここでお嬢様も目があまり良くないことにします。動体視力が良いことは誤魔化せませんが、視力自体は秀吏くんでも知らない筈です」

「ごめん。話についていけないんだけど……」


 それだと、あたしとお嬢様の条件は同じになる。あたしとお嬢様と離れる動機付けがもっと難しい。しかし花音の話には続きがあるようだ。


「那由多ちゃん、眼鏡を買いましょう」

「どういうこと?」

「度が少し強めのものを買って、慣らすために後方が良いと言えばいいんですよ。そうすれば、自然とお嬢様と離れる理由にもなります」


 それはそうかもしれないけど……なんだか不満がつのる。


「でも、お嬢様も眼鏡かコンタクトを買えばいいって理由にならない?」

「お嬢様が剣道をする身だということは、秀吏くんも知っているので大丈夫だと思いますよ」


 脈絡のない話を出されて一瞬まどったけど、すぐにその言葉の意味を察した。


 そっか。競技用の眼鏡があるにしても、そこまで考慮すれば態々秀吏も勘繰ったりしないはず。


 花音の構想には筋も通っていて良い案だ。思ったより上手くいきそうで……肩の荷が下りた気がする。


「ついでに、秀吏くんを眼鏡選びに誘ってみるのも良くないですか?」


 また素直じゃないなどと言われるかもしれないし、聞こえる程度にトーンを落として「うん」と肯定の意を示した。


「では、まだ秀吏くんが起きていたら、私から話しておきますから、お誘いは自分でしてくださいね」


 花音が機転を利かせてくれたお陰で気分も良くなったので、身体を起こしてみると、ふと髪の毛先が首を擽ってくる。ふと、トレーを持って部屋を出ようとする花音を引き留めた。


「待って、花音」

「はい。なんですか?」

「ねえ、あたしの髪……前に切ってから結構伸びてきたかな?」

「髪を気にするなんて珍しいですね。寒いから伸ばしていたんじゃありませんでした?」


 客観的に短いのかどうか知りたい……自分でも不思議と女の子らしさを求めていた。

 『寒いから』という理由は秀吏相手に取って付けただけなのに、覚えていたんだ。


「……伸びたのか訊いているんだけど」

「女の子らしく見えるかどうか、ですか」

「~~っ!」


 髪を伸ばした方が良いらしいことを花音が聞いて教えてくれたから伸ばしているのであって……知っているくせに。


「はいはい、そうですね……ドライヤーにかける時間がにょじつに長くなっていませんか?」

「少しずつの変化じゃ実感なくて……」


 あたしの気が小さいのかわからないけど、それじゃ意味がないように思える。


「体感でいいんですよ。段々ドライヤーをかけるのが面倒臭くなってきたら、長くなったと思えるんじゃないですか?」

「あー、確かにそうかも。なるほどね……ありがと」

「どういたしまして、元気になったみたいなので、これにて失礼しますね」


 花音はさっそうと帰ってしまった。二人で話していたら、すっかり夜も更けてきたと思うけど、花音は疲れないのかな。


 違うか……最近、毎朝ぼんやりしている事が多いし疲れているんだろう。弁当忘れの件もあるし、なるべく心配をかけないようにしようと思った。

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