第12話
お嬢様の大胆な発言や席替えの件について、あたしに出来る事は無いってわかっている。
ままならない事にやるせない
まだ雪も降らない今年の天気に感謝しながらも寒さに嫌悪する冬の夜……風呂から上がりもこもこのルームウェアで体温が逃げないようにしていると、花音がノックをしつつ部屋にやってきた。
「花音、どうかしたの?」
「今日、あまり那由多ちゃんが元気じゃなさそうだったので様子見に来ました。あとは、寒いので? あっ、そういう訳でスープ要りますか?」
気を遣わせているなーっと考えてしまうけど、素直に花音へ甘える。
ぽかぽかしている方が心地よいのでありがたくトレーから器とスプーンをもらった。
「飲む。ありがと……元気じゃないって顔に出てた?」
「どうでしょう。いつもより余裕が無さそうな受け答えが多かったので」
「本当? 自分で気付かなかったなぁ」
秀吏に見られていたら大変だ。
いや、秀吏は優しいから気付いた時点で話しかけてくるはず。
まだ気付いていないだろう。
少し休む時間を取れるといいけど……。
「あっ、心配しなくても秀吏くんには悟られていないと思いますよ。少なくとも、私も一緒にいる場の限りですけど」
「秀吏は関係ないでしょ……お嬢様にあんな事言われた花音の方が余裕ないと思ったのに」
「あれは……ふふっ、もう慣れちゃいました。昔から、空奈ちゃんはああなので」
「空奈ちゃん……ね」
お嬢様の前では決して呼ばないのに、偶にこうして言葉にしてしまうのは、数少ない花音の幼い部分だと思う。
花音の方が大人びていることには変わりないから、あたし
「あっ……言い間違えました! お嬢様ですね……今のはオフレコってことで」
「心配しなくても盗聴器は無いし気にも留めてないから。花音が使用人になった時の話とかは、確かに気になるけどね」
「そっちに関しては……いつか話しますね。私と秀吏くんがどうして二人一緒に採用されたのか、とか……とても複雑な事情があるので」
――どういうこと?
サラッと告げられた言葉に、あたしは目を丸くした。
「一緒に使用人になったんだ……。それ、初耳なんだけど」
「あれ? 言っていませんでしたか……まあ、知られて困ることじゃありませんけど」
「けど? 気になる……匂わせ?」
「違います。本当に気にしないでください。そんな事より、今は那由多ちゃんのことなんですから」
そう言って
はぁ、秀吏の方は元々部屋に来てくれないし……元はと言えばそれも、あたしの胸のドキドキが止まらなくなった末に追い出したのが原因で自業自得なんだけど。
「ちょっと……飲みたいなら、私が飲ませてあげますからそう言ってください。それとも、もう回復したんですか?」
ムスッとした顔をしてくる。期待通りの反応……ではない。
あたしが元気になったんだから喜ぶところだと思うんだけど、よくわからない。
「健康だから、大丈夫」
「そうですか……那由多ちゃんが一口を奪ってくるなんて、強気に振舞っているように見えましたけどね」
花音は察しがいい。
「何それ、考えすぎだと思う。
「いつも掃除しているのは私ですし、私が飲ませた方が安全です」
間違ってはいない……平日はあたし自身で掃除するけど、休日に花音が裏屋敷を徹底して掃除するから、お世話になっている。
何よりいつもその時間、あたしはベッドでぐっすり眠っているので、文句の言いようがない。
「それを言われたら、まあそうなんだけど……」
「なので! 那由多ちゃんにはお返しを要求します」
「いいけど……えっ、何のプレイなの……?」
花音はあたしにスプーンを持たせて、顔を近づける。飲ませてほしいというアピールだ。
引き下がる気がないみたいなので、諦めて自分で掬ったスープを花音に飲ませた。
お嬢様よりもそうであるような風格が、同性なのに惑わせてくる。
あたしがカトラリーを手元の器に戻すと、再びいつもの花音が意味有り気に微笑んだ。
「いつか、秀吏くん相手にこれくらい出来るといいですね」
「ちょっ、秀吏は関係なくない?
「そう聞こえましたか? 進展がないので応援したんですが……」
「本当に? ……って、どうしてあたしのベッドに寝転がるの?」
いつもはしない花音の行動に、困惑する。
「ちょっとした確認ですよ。うーん、秀吏くんの匂いはしませんね」
「する訳ないでしょ……部屋に招いたことすらないんだから。それと秀吏の匂いって何?」
どうして花音がそんなものを知ってるの?
羨まし……いや、意味わかんない。
「……そこには興味あるんですね。秀吏くんの部屋に入ってみればわかりますよ」
「ふー、ふうん……そう。だからって、匂いを
花音はあたしの気持ちを知っている。だからこそ、これもあたしをからかう為だってわかってしまう。
「ベッド、掃除しているのは私なんですからいいじゃないですか」
それなのに、いつも花音は一枚上手で対抗手段がないから困る。
「それでも、節度をわきまえてほしい……なんて、あたしが言える立場じゃないとは思うけど」
「仕方ありませんね。
仕方ない……と納得の言葉を述べるもベッドの上からはどいてくれない。
それどころか、今度は不敵な笑みを浮かべながら話を聞きだす態勢に出てきた。
どうやら、あたしの調子をまだ疑っているらしい。
忘れようとしていた悩ましい事を思い出しながら、はぁっと息がでてしまう。
「ふふっ、わかりやすく溜息。お悩みなんですね」
「花音って、朝とか割とぼんやりしているのに……なんでわかっちゃうのかな」
「何か悩みがあるなら、早めに白状した方がいいと思いませんか?」
彼女の声色からは純粋な気持ちが伝わる為、跳ねのけられない。
「普通、悩みってそんな脅すような言い方で訊きだすことじゃないと思うんだけど?」
「そうでもしないと素直になってくれない那由多ちゃんが悪いんです!」
あたしの部屋に押し入ってきた時点で、花音は何か勘づいているのは気付いていた。
スープを飲み終え食器をトレーに乗せてテーブルへと寄せ置いた後、あたしもベッドの上に座ってみたが、自然と背中から倒れ臥位になってしまう。
花音が真似して寝転がりあたしと顔を合わせるように横たわってきたけど、何となく恥ずかしくなったからすぐに背中を向けるように転がる。
「むぅ、なんで逃げるんですかー」
「顔の距離が近いから。それに、くっ付いたら暑いでしょ」
「寒いんですから、くっ付いた方が温かいくて、いいじゃないですか」
暑いなら上着を脱げばいいし、やっぱり見抜かれてしまう。
「いいから。くっ付かれると話しにくいでしょ」
お手上げというようにあたしから話を切り出すと、やっと花音は離れてくれた。
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