第11話

 しかし、そんな日の昼休みに事件は起こった。

 トイレから戻ってきてすぐ……クラス内に広がる異質な空気。


「え、何?」


 こそこそと、小声で話すうわさばなしに耳を傾ければお嬢様の名前ががる。また何かやらかしたのかと頭が痛くなった。いや、頭痛の原因は状況がわからないことだ。


「ん……? 小野塚どうしたんだ? 変な顔して」

「ああ、なんか……塩峰さんが、俺のことにらんできてさ」


 えぇ……。もしやこいつが噂話の中心にいるとか……ないよな? そうなると困る。

 俺自身、ただでさえお嬢様からは花音のストーカーと勘違いされてあまりいい目で見られていないのに、別方面でまた警戒されると厄介だ。


「小野塚…………何やったんだよ」

「おい待った! なんで俺が何かしたと思うんだ。塩峰さんと接点すらないだろ」

「それはそうだが……じゃあ教室内がそわそわしているのは、一体何があったんだ?」

「あー、それがな。塩峰さんが、大きな声で香崎さんの親面をしたからだよ」

「……なんて?」


 あまりにも珍妙な情報に首を傾げる。

 もっとくだいて説明してほしいと促すと、俺が空けた弁当から勝手にからげを奪い去られた。対価か? 花音が作った弁当の価値は高いぞ。


「急に、花音には自分が認めた相手じゃないと許さない……とか言い出したんだ」

「……そうなんだ」

「まあ皆に聴こえるように言ったのは、わざとだと思うけど、その後に俺が睨まれたんだ。意味わかんなくね?」


 昨日から野菜三昧だっていうのに、もう一つ貴重なから揚げを奪われる。

 こんな寒い季節に温かい食べ物がどれだけ貴重なのか……この畜生が。


「それ、お前の顔がぶさ……イケメン過ぎて拒否反応が出ただけなんじゃないか?」

「面と向かって、その言い換えは無理がある。てか、普通に酷くね……」


 小野塚が知らないだろうけど、お嬢様は外見だけイケメンを好いていない傾向にあるから実は誉め言葉だ。例を出すと不知火みたいな男を指す。


「ちょっとした冗談だから気にするな。それにしても、そんな事言っていたのか……」

「大胆だよなぁ、あのお嬢様」

「褒められたもんじゃねぇだろ……ん? 何だよ、その目は」

「いやさ、塩峰さんって……笹江のタイプではないと?」


 勘弁してほしい。

 お嬢様は美人かもしれないが、性格が合わない。


「当たり前だろ。花音の事が好きで一緒にファンクラブを立ち上げたお前にそんな事言われるとは思わなかった」

「呼び捨てにするなよ。けっ、幼馴染っていうのが本当ならうらやましい限りだね」


 その点に関して恵まれている自覚はある。


「本当だし、だからこそ色々知っているんだよ。情報は共有しているだろ?」

「それはそれ。これはこれ。俺だって香崎さんを呼び捨てで呼びたい! でも今更呼び方変えたら混乱を招くだろうし、失敗したなー」

「まあ、要らぬ誤解が生まれるのは俺も望まない。あと幼馴染って言ったけど、腐れ縁に近い」


 花音とは小学校の頃からずっと同じクラス……これは事実だ。


「へぇ……でも、今はバイト仲間みたいじゃないか」

「仕事内容を聞いてこないのは、お前のいいことだと思っているよ。詳しく言えば……あのお嬢様すら知らない花音の副職だからな」


 副職は嘘でお嬢様すら知らないのは本当というややこしい説明になってしまった。

 しかし小野塚はこういう話を自ら切り出してこないだろうから、適当でいいだろう。


「学生で、塩峰さんの従者で、密かにバイトもやっているって……流石香崎さんだよな。もう違う世界の住民だよ」

「簡単な仕事だし、世の中そんなもんだよ。仕事内容教えられないのは守秘義務だ」

「疑ってねぇから心配すんなよ。話を戻すが……お嬢様の性格も結構メリットだぜ? うちのファンクラブとしちゃ」

「確かにそうだな。ふむ、その点は信頼できる……ふむ」


 お嬢様が花音を大切にしているのはわかるけど、ついけんせいを図ってくるとは驚いた。


 彼女は花音と正しく幼馴染の関係を築いている。そして花音が使用人にされてから……何かにしばられるように庇護欲がにょじつに色濃くなった。


 今回は俺のストーカー行為を勘違いして警戒が爆発した形だと考えれば、突然のタイミングでもないのかな。


 お嬢様がファンクラブの中心人物である小野塚を睨んだことも説明がつく。


「どの道、けする奴への牽制にもなるのは大きなメリットだ」


 とはいえ小野塚のような元々チキンオブチキンと呼べるほどの奥手な人畜無害にまで敵意を振りまくのは、今後どう転ぶのか予想が付かない。


「同志くらいは信用してやれよ」

「名前も知らない奴らを信用……ね。あいつら無駄に行動力があったりするからな」

「その分、飽きっぽい気もするけどな」

「飽きっぽいってお前みたいな? 部活に入らなくてもいいから、ネットの方だけでも笹江戻ってこねえのかな」


 珍しいことを言う。

 俺以外にだってネトゲの友達はいるだろうに。


「例の格ゲーの話か? それやるくらいなら……実際に剣道やるかな。どうだ?」

「笹江の方が強そうだから遠慮しておく。痛いのはイヤだ」

「成長に多少の痛みは必要なんだよ。それに……勝たなきゃカッコよくないぞ」


 逃げたってカッコよくない……逆説的な表現は、自分に向けた言葉だったのかもしれない。

 俺にだってプライドや見栄っ張りな部分がある……こればかりは本心だ。


「俺に対してカッコつける必要性の無さよ。てか、男同士で見栄を張るんじゃねぇよ!」

「一応ファンクラブ会長だからさ、威厳ってやつ大事にしてんだよ。小野塚も見習って花音に名前呼びしてこいよ」

「うわっ、その話に戻るのかよ……威厳の獲得どころか、色々失いそう」


 自信なさげだが、変に自信つけて空回りするのもよくないか。


「ご馳走さまでした」


 空になった弁当にふたをして、手を合わせる。教訓にもなったし、小野塚がから揚げを奪い去った事は不問に付しておこう。

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