第6話

 一件落着かと思ったその時、再び花音が口を開く。


「うーん。やっぱり、付いていくだけでもダメなの?」


 しかし、お嬢様は再び話題を繰り返す。それだけ花音が心配なんだろう。


「ダメです。木刀振り回したんですよね? また怖がらせても逃げられてしまいます。心配でしたら、ここは交渉するのが良いと思います」

「交渉?」

「お嬢様が木刀を振り回した件について口止めさせるんです」


 なるほどね。


「口止めの代わりに見逃すって事ね」

「本当に大丈夫なのかしら。相手はストーカーなのに……」


 秀吏はまだ警戒されているらしい。

 納得できなくもないけど、本当は勘違いだからこそ、


「はい。その辺はかりなく考えています。お嬢様はもう少し私を信頼してください」

「そ、そういうことなら、わかったわ」


 花音がいつも以上にゆずらなかった。あたしもお嬢様にはあまり秀吏に敵意を持って関わってほしくないので良かった。


「それにしても……笹江の席ってそこでしょ? のよ。花音に近づかないでほしいわね」

「席が近いなら無理な話でしょ。というか、空奈って笹江に何か恨みでもあるの? 以前から思っていたんだけど」


 元々、一方的に秀吏を嫌っているような気がしていた。


 あまり秀吏の名前を出して、何かにかんづかれたくなかったので知らないフリをしていたけど、この際に問うておいて損はないと思い訊いてみる。


「そういえば、お嬢様が笹江くんを気になっている様子を何度か見たことがありますね」

「……は? え、そそ、そうなの? 空奈」


 花音の言葉に、あたしの方が反応してしまい、花音には微妙な表情をされてしまう。

 でも、気になっている……ってそうの是非で解釈合っているよね?


「冗談止して。私が通っている道場のはんに顔が似ている感じがして……つい敵意を向けてしまっているだけ」


 道場とさり気なく言ったけど、お嬢様の習い事はふじくら道場という剣道道場の他にない。

 その道場の名前を花音が出す度に秀吏がみょうに反応していたから、あたしも覚えていた。


 剣道の強さを求めるお嬢様の目には、師範が倒すべき相手として映っているんだろう。


「なるほど。そういう事だったんですね」

「他人のそらだったんだ。じゃあにらんじゃうのも仕方ないかぁ。あっ、でも席については問題ないんじゃない? ほら、先生が近いうちに席替えあるって言っていたし」


 お嬢様の勝手な理由にムッときて、話をらすように席替えの話をしてみる。

 すると机を叩き、こちらを見てくるお嬢様。


「そ、それよ! 万が一にも花音の近い席にならないよう工作すればいいの! 花音、出来るでしょ? いつも私達の席を近くにしてくれているもの」

「え……?」

「出来ない事もありませんけど、確率を上げただけで完璧じゃないので……」


 いつも席替えで工作をしていたのは秀吏だったし、それも先生が勝手にランダムで振り分けている席をいじっているに過ぎないらしいので、工作にも限界がしょうずる。


 チラッと、花音があたしをいちべつしてきた。

 秀吏を態々近くの席にしたのは、あたしの私情がはらんでいたからだ。お嬢様の近くの席に秀吏がいなくたって、使用人としての仕事にはあまり支障はない。


 それでも花音はあたしの意を汲んで、工作を運が悪く近くの席になってしまったことにしてもいい……そう気を遣ってくれて、工作は完璧じゃないと表現したんだろう。


「花音が席弄れるなら、離した方が良いのかもね。空奈の心配もそれで無くなるなら……それとも、実は男子一人席を離すのって難しかったりする?」

「い、いえ……大丈夫です。一応安全策として、そこはやっておきますね」

「まあ、私は笹江のことこれからも睨むけどね。木刀振り回したことで悪評がたったら、花音にまで迷惑かけちゃうし」


 お嬢様は父親であるたつろうさんのことを嫌って、日々弱みを与えまいと考えている。

 日頃、夕飯の後に花音がどう過ごしているのか、お嬢様は知らないから、様々な心配をしているのだろう。


 実際には、防音の個室から裏屋敷に赴いているのだが、お嬢様は知らない。お嬢様が花音を想う気持ちと対照的に、あたし達は雇い主である達郎さんから与えられた課題を熟している。今はお嬢様の自信を取り戻させる事が、使用人としてあたし達の大きな目標だ。


「あいつ……笹江」


 お嬢様が小さな声で呟く。その言葉に促されてチラッと教室の扉を見ると、秀吏が気まずそうに教室へ戻って来た。ちゃんとサボらずに帰ってきたんだ……偉い。


「ごそうさまでした。ちょっと話してきますね」


 花音が立ち上がり、自分の席へと向かう秀吏の元へ行く。お嬢様の方を見ると、秀吏と顔を合わせたくないのか、残りの弁当へと食いつき始める。


 弁当箱を見れば、今回のトラブルのほったんにはあたしのミスも絡んでいる事を思い知らされるような気がした。


 近い席だから弁当の入れ替えとかもしやすかったけど、席替えしたらいつも以上に気を付ける必要がありそうだ。


 あたしがくだらない事に耽りながらお茶を飲んでいると、花音が秀吏へ話しかける声が聞こえたので耳を傾ける。


「あ、あの、笹江くん。放課後、大事なお話があります」


 そして、花音の第一声を聞いてお茶を零しそうになった……てか、むせた。


「ぶっふぉ……」

「那由多、私まだ食べているのが見えない?」

「空奈、ごめん」


 どうやらお嬢様には聞こえなかったみたいだけど、花音の言い方は誤解を生んでもおかしくなくない? 大事な話って……わかっているあたしでも反応してしまった。


 教室の一部が席をガタガタと揺らし、空気がソワソワし始めている。花音にはファンクラブみたいのがあるらしいし、それかもしれない。


「ただいま戻りました。大丈夫そうです……って、那由多はどうして苦々しい顔をしているんですか?」

「なんでもないから、気にしないで」

「そうですか……」


 いつの間にか花音も戻ってきたし、丁度お嬢様も食べ終えたようだ。


 あたしは、自分の悩みを話すどころではない状況に困っていた……というより、なんか自分の悩みが相談するまでもない滅茶苦茶さいなことみたいに思えてきた。

 思いがけず、自己完結できてしまった。

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