第5話

 秀吏に体操着とついでに弁当を届けてあげた後、あたしも昼食を食べようと教室へ戻った。

 昼休みはお嬢様に合流して、あたしもお昼を一緒することになっている。


 けど、いつもの事なのに秀吏の言葉が脳裏にチラついて落ち着かない。あたしの悩みをお嬢様へ相談しようと思ったものの、謎の緊張が妨げる。


 冷静に対処しようと思った矢先、お嬢様は開口一番愚痴を零し始めた。


「……ってことがあったの。本当にありえなくない? 笹江の奴、許せない」


 予想通り秀吏とお嬢様の間にあったさつの話。しばしば秀吏から聞いた話とがあるし、お嬢様なりに話を盛っている部分がある。秀吏はしっかり嫌われているみたいだ。


「お嬢様、落ち着いてください。さっきも確認しましたけど、何かを盗まれた訳でもなさそうですし、後で私が事情を――」

「ダメ! 花音には危険よ!」

「で、でも……きっと大丈夫ですよ」


 止めてくるお嬢様に対して、花音はどうにか説得しようと試みるが――。


「大丈夫じゃないよ! 態々他人の荷物漁ろうとするなんて、ストーカーなんじゃないの? とにかく、ダメよ。那由多もそう思うでしょ?」


 漁ろうとする……ね。その表現から、弁当を入れたことまではバレておらず、勘違いしているのがわかる。


 お嬢様は、友達として接しているあたしよりも、明確に使用人として傍にいる花音の方ばかり気にしている。今だって、あたしに目を合わせようとしない。


 そう、あたしがイヤなのはそういう部分だ。お嬢様にとってあたしは、お嬢様自身ではなく花音のための友達として扱われている気がしてならない。


「空奈の言い分だけしかわからないんだけど……一つだけ疑問があって、言っていい?」

「えぇ、何かおかしなこと言ったかしら」

「空奈の話だとまだ授業中の出来事だったんでしょ。空奈こそ、どうして教室に帰ったのかなって。何かあったの?」


 友達として、ここで共感しておかないのは間違っているけれど、お嬢様に対しての様々な憤りが重なって口に出してしまった。


 お嬢様が嫌おうと関係ない立場としてあたしが扱われているのだから、寧ろ利用してやればいいじゃない……と、魔が差した言葉を内心で正当化した。


「ちょっとコンタクトが気になったから、手鏡で確認しようと思っただけよ」

「洗面所で良かったんじゃないの?」

「別にどっちでもいいじゃない。なんか那由多……今日変じゃない?」


 ぜっせんが不得手なあたしでは、お嬢様相手にすらかんづかれてしまうかもしれない。

 ううん、きっと感情が言葉に出てしまっていて伝わりやすいくらいだ。

 だからこそ、感情を表に出してあたしの思いを伝える。


「笹江に逃げられたって言うけど……あたしにとっては、さっきの話で木刀振り回したって言っていた方が……事実なら空奈だって危ないと思うし」


 名家のお嬢様に剣道なんて似合わない。本人が自信を持てない現状では、お嬢様の行動がマイナスのイメージしか生み出さないことを突き付ける。この言葉があたし達の目的に反する事を理解しながらも、口が止められなかった。


「それは……そう思われるかもしれないわね。けど、私はこれでも――」

「那由多ちゃん、大丈夫ですから。手鏡も……本来私が取りに行くはずだったのに、お嬢様が気を遣ってくれただけですから」

「……そうだったの。ごめん空奈、あたし言い過ぎた」


 反省する。

 自分勝手な考えが先走ってしまった気がする。


「気にしないで。私は大丈夫……これでも冷静だもの。那由多の言う通り、木刀で立ち向かったのは誤った判断だったと思う。それでも、笹江については納得いかなくて」


 お嬢様が実際に見てしまった事をその場に居なかったあたしが否定することは出来ないと思う。誤解だとしてもお嬢様の中では見たものが真実なのだから。


 でもお嬢様の最終目的は、父親によって無理矢理自分の従者にさせられた花音を開放することだ。その為に今自身の評判を落とす訳にはいかない事は理解しているはず。


 その証拠に、普段理性的ではないお嬢様がここまで冷静……目的を優先して花音を守りたいという気持ちを抑制しているのが顔に見て取れる。


 欲って……友達に向けるものじゃないからわかりやすい。


「えっと、笹江くんは席が隣なので間違えただけかもしれません」

「でも逃げたのよ?」

「ちゃんと話を聞こうとしたんですか?」

「それは――」


 花音の言葉に、お嬢様は言葉を詰まらせる。


「私はお嬢様の使用人なのに、お嬢様に助けられたら立場が無くなってしまいます」

「…………」


 お嬢様は、花音に対して対等な関係を望んでいる。だから、過剰過ぎる庇護欲を自覚してしまえば、言葉が続かない筈だ。


「えっと……花音がどうにかしてくれるみたいだし、空奈も、ここは信じてあげようよ。友達なんだから」


 お嬢様には申し訳ないけど、秀吏のために譲れない。友人という立場を最大限利用させてもらう。卑怯な言い方だと思いながらお嬢様をさとすと、案外簡単に折れてくれた。


「那由多の言う通り、かしらね……わかったわ。でも、何かあったら絶対報告してよ?」

「はい。心配ご無用です!」


 心残りがありそうなお嬢様へ、花音は純粋な笑顔を向ける。

 花音だって、こんな話が達郎さん……お嬢様の父親の耳に入って秀吏が解雇クビなんてことを懸念しているのかもしれない。


 お嬢様が父親を憎む気持ちに反して、達郎さんは娘に愛情を持っていると、あたしは勝手に思っているから。

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