第3話

 さて、冬休み明けだから久しぶりに雑用係としての仕事だ。

 花音からの緊急事態の連絡を受けた後、俺は体育の授業中だった為、出席確認だけして抜け出すことにした。


「これから俺、バイトのことで急用があって授業サボろうと思うんだ」


 ということで、出欠が終わり次第……まずは友人であるづかに耳打ちする。


「笹江……褒められたもんじゃねぇな。なんで俺に教えた? 共犯に仕立てるつもりか?」

「察しがいいな、協力してほしいことがある」


 そう言うと、小野塚はシニカルな笑みを見せてくる。相変わらず悪巧みが好きらしい。


 俺はもう引退しているが、元はネトゲ繋がりで仲良くなったあいだがらだ。今はただの友人であり花音のファンクラブの仲間だ。因みに俺が会長で、小野塚が副会長だったりする。


 小野塚には、俺と花音が秘密のバイト仲間だと伝えている。だからバイトで急用があると言えば、協力してくれるだろうと考えた。


「そんで? 理由はかねーけど、乗るかどうかは協力内容による」

「俺、これから腹痛で苦しむこんしんの演技しながらトイレへダッシュするフリするから。先生に適当な理由を付けておいてくれないか?」

「それさぁ、自分でいけよ」


 正論は止してくれ。


「怪しまれて引き留められたらだるい。んじゃ、頼んだ」

「しゃーないな」


 こうして学校を抜け出すことに成功した俺は、け出した。


 弁当を発見してリュックサックに入れると学校へと急いで戻る。軽い持久走だ。


 体力は余裕で持ったが、息をハアハア吐きながら教室へと辿り着いた。冬だからなのか冷えた室内でも、白い息がとてもよく見える。


「大丈夫だよな? ……よし、誰も見てない」


 かじかんだ手で早速花音の荷物のチャックを開けると、二つの弁当を忍ばせた。どうやら着替えをした制服も詰めたらしく、パンパンでチャックが締まりにくそうだ。


 教室は女子が着替える場所だが……時間大丈夫かな。


 いち早く去ろうとしたが、花音だったら荷物のチャックを閉め忘れるなんてだらしないことをしないと考え、俺は最後まで閉めようとする。


 こんなところ誰かに見られたらヘンタイ扱い確定だろうし、気を付けなければいけない。


「……あ」


 その瞬間、警戒で教室の扉へと目線を向けると、女子生徒と目が合ってしまい、固まってしまう。最悪……なんてものじゃない。問題はその目撃者が誰なのか。


 目撃者は――しおみねそら

 ……大変かんながら、この俺が陰ながら仕えているだった。

 ゲームオーバー。俺が白状できることなんてない。一番アウトな人に当たってしまった。


(さよなら、現世の俺。おはよう、来世の俺。待て、俺の人生はまだ終わっていない!)


 しかし、俺がここまでの冷汗をかいたのは何年ぶりだろうか。実家の剣道道場で師範代理にまで成り上がった時よりもずっと切迫した状況に追い込まれている気がする。


 けど、こんな時こそ諦めてはいけない……話し合いで解決できるかもしれない。


「ああ……塩峰さん」


 自分の席ならいざ知らず、明らかに女子生徒の荷物を漁っているように見える俺はお嬢様にとって荷物の所有者……つまり花音へ近づく不審者に違いない。


 だから、俺は前提をくつがえす為に平静を装ってみた……が、俺の目には鬼のぎょうそうが見える。


「それ、花音の……何してるの、ねえ」


 この行動には深い理由があって、説明には時間を要する。しかし、お嬢様がそこまで冷静な頭を持っている人間でないことは、俺がひと一倍よく知っていた。


「笹江って、そういう奴だったの。覚悟はできているわけ?」

「できている訳ないだろ!」


 俺がこんなに焦っている理由……それはお嬢様に嫌われるからだとか、使用人の仕事を解雇される可能性があるからとか、そんな理由じゃない。


 もっと単純明快にお嬢様の敵になってはいけない理由が、お嬢様の手にあった。いつの間にか彼女が手に持つそれは……いつも愛用している木刀。


(どこから取り出したんだよ!?)


 お嬢様と言われればおしとやかなイメージを浮かべるのが普通だろう。

 しかし、俺達が仕えるお嬢様は一味違う……とてもさつばつとしていらっしゃる。気付けばしゃがんでいる俺の目の前に立っていた。


 さて、一体このお嬢様はこれから何をするのでしょうか……高知能指数な俺の頭脳が教えてくれる。答えは処刑だ。


「おいおい、何するんですか? 何するんだよ!」


 言葉遣いなんて滅茶苦茶で、俺はとにかくパニック状態で何とかコミュニケーションを図ろうとするが、そんな高尚な交渉技術がこのお嬢様に備わっている筈もなかった。


「死ね!」

「あばっ! あぶふっ! あっぶないだろ!」


 間一髪、突きの一発をかわす。いきなり反則技を使ってきやがった! 剣道精神は!?

 剣士の風上にも置けない……なんてそれどころじゃない!


 お嬢様は続けて木刀を振り回し、俺を半殺しにするまで追い込もうとしている。


(なんて野蛮な女だ! それでも、俺が仕えているお嬢様なのか!)


 そんな言葉を叫びたかったけれど、俺の正体がばれる訳にもいかないので、歯を食いしばって口を噤んだ。生憎こちらに武器は無いし、俺に打てる手は逃走のみに限られる。


「ちょっ、逃がさない! ……って追いつけない! このストーカー野郎!」


 疲れていても……いや、身体が温まっていたからか何とか自慢の身体能力で躱し続け、俺は教室から抜け出すことが出来た。


 後は単純な追いかけっこだが、容易くお嬢様を置いて逃げ切り……気付けば屋上まで上がっていった。案外、運動神経なまってないことを確認できてよかったのかもしれないけど、アドレナリンの分泌のせいか、いつものように楽観的にもなれない。


「……冬は、サボタージュの季節だよな。ウサギさんも冬眠しているよ」


 落ち着くと、無意識にそんなことを呟いていた。現実から意識を背けて虚ろな顔だろうから、様にはなっていないだろう。


 えっ、ウサギは冬眠しないって? 巣穴にこもっているだけなら、大した違いはない。

 とうの上に座り、息を整え休むとチャイムが鳴ってしまった。もう昼休みの時間だ。帰りにくくなってしまったな。


 ここまでは想定していなかったが、万が一は小野塚に頼ろう。連絡手段だけは今も持っているので、体調不良のため早退という形にできる。


 ある程度休まったので、こっそりと校庭の景色を見ると、サッカーをしている他クラスの生徒たちの姿があった。


 誰かが蹴ったボールが、同じクラスの男子に当たっていた……痛そうだ。

 痛いのはイヤだな。うん、教室に戻る理由が見当たらないよな。


「さて、帰るか」

「帰るな」


 帰ろうとしたら、背後からチョップされた。


「……ッ! 何やつ! ……って、那由多か。何でこんなところいるんだよ」

「それはこっちの台詞! 一体どうしたのよ」

「色々あったんだよ。実は――」


 俺を追っていた訳ではあるまい。偶然はち合わせたとして、気になることはある。


 しかし何故ここにいるのかを訊く前に、まずは俺の事情の方を伝えることにした。

 そうしないと那由多の機嫌が収まらなさそうだったから。

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