第2話

 一緒に朝ご飯を食べる仲で、しゅんとした顔を見せられると……萎える。

 しかし、あたしの視線に気付くや否や、秀吏はすぐに調子を取り戻した。


「早く食べないと遅れるぞ。それとも、朝からお嬢様のご機嫌取りをしたくないとか?」

「はぁ……」


 あたしはとしてお嬢様と一応のを築いている。だから、気まずさという点で秀吏の指摘は当たっていた。


 今はそれより秀吏の態度が気になる。せめて、花音の不在に落ち込んでくれた方が、あたしが付け入ることも出来るのに、そんな陰見せてくれない。


 そういったポジティブな思考だから、あたしは彼を好きになったんだと思う。

 弱いところを見せられた後だからこそ、その強さにまたかれてしまう気がした。


 さっき冗談でツンデレだと言われたけど、実は当たっている。

 秀吏の言葉は当てずっぽうだったりするから、見抜かれているのかわからなくて内心ドキドキが止まらない。


「おいおい、なんだか花音がいなくなった瞬間に静かだな。悠長にしていていいのか?」

「呆れているだけだし? あたしは先に登校するから時間に余裕あるの」


 一緒に衣食住を共にしているとはいえ、一緒に登校なんてしない。学校であたしと秀吏はただのクラスメイトじゃないといけないから。


 花音だって朝ご飯だけは毎日あたし達の為にこっちで一緒しているけど、登校はお嬢様と一緒らしい。それが少し羨ましかったりする。


(というか、レディーファーストだとか言って登校の順番をあたしに譲ったのはこの男だというのに……まずは自分の心配しなさいよ)


 あたしが遅くなればなるほど、秀吏に余裕がないのに……こういうところが、本当に気に食わない。


「俺だって走れば余裕で間に合う。足の速さが違うからな」

「あたしの足が遅いって言いたいわけ?」

「そうじゃなくてさ。こんな季節に走って汗でもかいたら、風邪になる可能性がある」

「…………」


 それなら、最初からそう言えばいいのに。一々見栄を張ってきて、秀吏の思いやりはわかりにくい。

 でも、言葉にされると本当に優しくて困る。うっかりデレを見せたらどうしてくれる?


「……それは、秀吏だって同じでしょ」

「気付いたか……バカは風邪引かないと言うけど生憎俺は頭が良いから、引いてしまうかもしれないよな」


 カッコつけたつもり? クラスで陰キャと蔑まれ過ぎて、遂に頭がおかしくなったのかな。秀吏の身体は筋肉質みたいだし、根性でどうにかなりそうな気もするけど、あたしの気持ちも考えてほしい。心配になる。


「でも、その時は花音が看病してくれるから、マイナスばかりじゃないかもなぁ」

「…………」


 ああ、結局はこれだ。冗談で言っているようだけど、それが本心であることは日頃から秀吏を観察しているあたしにとって余裕で見抜けてしまう。


「なんで黙るんだよ」

「普通に考えて花音は忙しいんだから看病に回されるのは、あたしでしょ。花音じゃなくて残念でした~。そんなことに気付かない頭なら、風邪引かないでしょ」


 不貞腐れた感情が言葉に乗ってしまう……花音が看病しないなら、風邪を引くメリットなんて秀吏には何一つない。


 あたしは秀吏の為なら一日くらい一緒に学校休んでもいいし……あたしなら花音と違ってそれが出来る。尤も、秀吏自身は望んでくれないことだけど。


「まあ那由多でも十分嬉しいんだけどな」

「え……?」


 耳を疑ってしまった。秀吏があたしに看病されて嬉しい? まだ夢の中だったっけ?


「だから、看病してくれるんだろ? 何処に残念な要素があるというんだよ」

「はっ……はあ? 何よそれ、どういう意味?」


 ニヤケそうになる表情を硬く我慢したら声を荒げてしまう。


(ど、どどど、どうしよう!?)


 これじゃあ動揺しているのがバレバレじゃない? 大丈夫かな。……うん、多分セーフ。


「いや……ちゃんと看病してくれる気があるんなら、役得だなって」


 な、ななな……何言ってるの!?


「は、はあ? 何が役得よ。そんなの当然でしょ。一緒に住んでいるのに、意味わかんない」

「そうだな。一々騒ぐなよ。まったく今時のツンデレは……」


 わざわざ言葉にしないでほしい。

 照れてしまいそうになる。


 それとも内心のドキドキが本当に見抜かれている? それはそれで……って想像したら顔に出てしまいそうだから、気を付けないと。


「……そもそも、二人とも走らないようにすればいいだけでしょ! あたし、もう着替える!」

「ああ、そうだな。あ、弁当忘れるなよ」

「そうだ、あっぶない!」


 逃げようとしたら、昼飯を忘れるところだった。

 急いで厨房へと向かうと、何故か二つとも弁当が厨房に置いたままだった。


 いつもは花音が冷蔵庫の中に入れているのに、珍しい。気温が冷えているからかな。花音は一人で四人分のお弁当作っているから、さいなことにケチを付けるなんていけない。あまり気にしないようにした。


「はい、弁当……秀吏も早くしなさいよね」

「サンキュー。じゃあ、また学校で」

「うん、学校で」


 秀吏と別れ、自分の部屋に戻る際、少しスキップしてしまう。


 あれ、お弁当の風呂敷いつも使っていたかな? 花音とお嬢様はいつも使っているけど、花音もうっかりして四人分に風呂敷使っちゃったのかな……まあ、いっか。


 久しぶりの学校なんだし、うっかりくらいするよね……?


 そんな風に軽く流してしまったが、この時のあたしはもう少し考えるべきだったと後になって悔いた。


 学校に着いてすぐ、花音からあたしと秀吏宛にメールが飛んできたのだ。


『あの、お嬢様と私のお弁当をミスして置いてきてしまいました。あのあの、どうすれば……こんな事初めてで困りました』


 ……あたしのせいじゃない、よね?


 風呂敷の違和感を考えていれば、気付けたはず……その可能性が脳裏に過って唇を噛んだ。

 しかし不幸中の幸いにも、これは、あたしと秀吏が弁当を譲れば解決する話だ。


 それなのに、あたしがそう提案する前に次のメッセージが飛んでくる。


『体育の時間、どうにか取りに帰る』


 秀吏の見栄っ張りの邪魔は、したくなかった。それをしたら、嫌われると思ったから? ううん、あたしも秀吏のそんな姿が好きだからだと思う。

 また……この浮かれた恋心が仕事を邪魔している。

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