第16話 少女語らず


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 そして翌朝。ウェンディは父親に連れられて再びこの家を訪れた。


「では、何卒娘をよろしくお願いします」


 そう言ってゆっくりと頭を下げると、ウェンディの父親は町の中心部へと消えていった。無言のまま父の背中を、彼女は見つめていた。


「じゃあ、ウェンディちゃん。中、入ろう」


 彼女に対してどう接するのか、私の中ではまだ定まっていない。それでも仕事はしっかりとこなさねば。そう思って、私は彼女に話しかける。人見知りが激しい性格なのか、変わらず無言のまま、彼女は小さく頷いた。


「ご飯食べてきたよね? じゃ、ルオさんのところに行こっか」


 彼女は声を上げない。仕方ないか……と思いながら、準備を進めているルオさんのところへと彼女を案内する。遅えぞ、と言わなくても良いお小言を頂戴した後、私は仕事場の扉を閉め、今日の自分の仕事について考えを巡らせていた。


 今日は何をしようかな……魚屋に行って、お嬢様であろうウェンディの口に合う料理を教えてもらおうかな、そもそも、私の料理なんて素人に毛が生えたようなものなのに、彼女に食べてもらってもいいんだろうか? あ、あと、庭の草も伸びてきたらむしらないと行けないし、絵の具のストックも買い足さないと……そんな事をつらつらと考えながらいつものように拭き掃除をしていると、一時間なんてあっという間に過ぎ去ってしまう。いつも鐘の音を聞いて、私は時間の経過を知る。私にとっては色んな事が初めてだから、時間が経つのはいつだって早い。


 そろそろ買い物に行かなきゃな……と思考を飛ばした、ちょうどその時だった。


「――イーディアス!」


 突然ルオさんの声が耳に入ってきたので、私は肩を跳ね上がらせて、急いで彼らの元へと走った。


「はいっ! なんでしょう……?」


 私、なにかしたっけ? と少し怯えながら、仕事場の扉を開ける。部屋の中には、わかりやすく苛ついているルオさんと、顔を真っ赤にして今にも泣きそうなウェンディの姿があった。


「え……ルオさん、子供に何かしたんですか……?」

「なんで俺がなんかした事になってんだよ。何もしてねえよ」

「だってこの状況見てたら誰だってそう思いますよ!」

「このガ……依頼人が何も言わねえんだよ」


 今絶対ガキって言おうとしたよねこの人……と少し引きながらルオさんが向けた視線に釣られて、私ももう一度ウェンディへと顔を向ける。 


「俺が質問しても、何も言わない。頑なにだ! なんだ? 俺が何かしたってのか?」

「……顔が怖いからじゃないですか?」

「お前の前でもっと恐ろしい顔をしてやろうか?」

「結構です!! で、私を呼んだのには何か意味があるんですか?」

「おう、この依頼人の相手をしてくれ。良かったなウェンディ。言えば何でもやってくれる都合の良いおもちゃが来たぞ~」

「私絶対訴えたら勝てますよね!?」


 奇しくも、昨晩ルオさんが言っていた事が現実になった訳だ。ウェンディはそれでも口を閉ざし、私たちの事をじっと見つめている。


「本気の話だが、これ以上俺とこいつだけじゃ、進むもんも進まねえよ。お前を遊ばせときゃ、良い気分転換になるだろ」

「ちょっと今聞き捨てならない物言いがあったんですけど」

「気のせい気のせい。さっさとあのババアに使ったようなお得意の人心掌握術でも披露してくれ」

「あれは私が何かしたわけじゃないんですが……」

「ここでお前がうまくやったら、美味い飯屋に連れて行ってやる」

「頑張ります!! さ、ウェンディちゃん、こんな怖い人放っておいて、行こ! 私買い物行こうと思ってたんだ!!」


 背筋をぴんと伸ばして、私は座っていた彼女を立ち上がらせて、仕事場を出た。

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