第11話 変化
何かを一身に考え込んでいるカフネさんを横目に、私は彼女の中で何が起こったのかを未だ理解出来ずに、ただ隣を歩いていた。
一体、どういう風の吹き回しなのだろうか? 戸惑いを隠せないまま、ただ転んだ拍子に擦り剥いた手の甲がじわじわと痛む。先程あった事と言えば、私が転んで、彼女が手を差し伸べた事だけだ。それ以外には、何も無い。ひょっとして、私の転けた姿に同情したとか? ――いや、彼女はそんな人には到底思えない。
(でも、これって今度こそ、カフネさんは、正式に肖像画の依頼をするって事で、良いんだよね……?)
また今朝の言った言ってないの張り合いは嫌だぞ、と思いながら、私は恐る恐る口を開く。
「あの、ルオさんの所に行きたいのって、肖像画を依頼するって事で、良いんですよね」
「……ええ、そうね」
彼女が頷いたのを見ると共に、安心と困惑が同時に襲いかかってくる。益々意図が分からなかった。
「突然どうしてですか?」
「……気になる? きっと貴女には分からない感覚だと思うけど。まあ、あのガキにも説明するから、その時に聞いて頂戴」
そう言って僅かに微笑んだ彼女から「今は聞いてくれるな」という圧を強く感じ取った私は、それ以上何も言う事が出来なかった。
ルオさんの家に戻ってきたのは、午後一時前だった。ちょうど、昼御飯を食べ逃してしまった。カフネさんの様子からして、食べる様子でもないし、後でこっそり食べよう……なんて事を頭に浮かべながら、玄関の扉を開けた。
*
家に戻ってきたカフネさんは早々にルオさんの元へと一人で行ってしまい、ぽつんと取り残されてしまった私は、一人買ったばかりの野菜を使って、サンドイッチを作り始めた。きっとルオさんも自分で昼食を作るなんて事はしていないだろうし(使用人がいなかった間、どうやって生活していたのだろう?)そんなにお腹が減っていなくとも、これなら食べられる。
そうして一度包丁で指先を切ったりして一人大騒ぎしながら作っている最中に、顔を色を分かりやすく変えたルオさんが、どたどたとキッチンへと姿を現した。
「おいイーディアス。お前、あのババアに何をした?」
「はい?」
「あの偏屈頑固クソババアが突然心変わりするなんて妙だ」
「そうは言われましても……私も一体何が何やらで。私、本当に何もしてないですよ」
「嘘吐け。あの鋼で出来たババアが、“娘を描いて欲しい”なんて言ってきたんだぞ。何か無かったわけがねえだろ」
「え、娘さん、ですか?」
てっきりカフネさん自身を描くものだと思っていた私は、思わず持っていたサンドイッチを皿の上に落としてしまう。挟まれていた野菜が、白い皿の上にいくつかこぼれ落ちた。
「別にそれが問題って訳じゃねえがよ。既に亡くなった人間を描いてくれってのはよくある依頼だしな」
「そうなんだ……」
「それにしたって不気味だ。あの女の意思の曲げ方がこええよ。ほぼ直角だぜ、直角」
心底驚いた表情で私にそう伝えるルオさんに、私は下手くそな笑みを浮かべる。彼のように茶化したり、不気味に思ったりするよりも先に、純粋な疑問が前に出てくるからだ。
「でも、本当に何があったんでしょうか、カフネさん。戻ってくる直前から様子がおかしくなって」
「どう変だったんだ?」
「なんかこう、心ここにあらずって感じで」
「いつからだ?」
「それは……私が転んだ後から、ですかね」
「なんだお前、転けたのか?」
「あ」
絶対に馬鹿にされそうだから言うつもりなかったのに! と思っても、時既に遅しだった。案の定私は彼に馬鹿にされ、顔を真っ赤に染めるはめになる。
「――で、お前が無様に転けて、それを起こしてから、あのババアの様子はおかしくなったと」
「そうやって言葉にすると、本当に変な変化ですね。そういえば、肝心のカフネさんは、今どこに?」
「部屋に戻ってるよ。少し考え事がしたい~だとよ」
「それ、ひょっとしてものまねですか?」
ちょっと似てなさ過ぎる、と言ったらまたどやされるので言葉にはしないつもりだったのだが、表情にはばっちり出てしまっていたらしく、あっさりと考えは見破られてしまった。
「転んだお前の姿があまりにも無様だったから同情したとか」
「それ、私も考えましたけど。……カフネさんがそう考えるとは思えないんですよね。ルオさんじゃあるまいし」
「流れるように俺への悪口を言うな」
「さっき笑われましたから、そのお返しです」
頬を大きく膨らませてそう告げると、それらは悲しいかな一切彼に届いていないのか、頬を指でつつかれるだけの結果に終わった。
「……まあ、これからだな。あのババアが今度こそ帰るまで、あと一日。それまでに、少しでも多く情報を集める。それでいいだろ」
「ほんと、依頼人の方の相手をするのってこんなに大変なんですね……分からない事が多すぎる」
「それはあのババアが特殊ケースなだけだ。こんなに面倒な客、滅多にいやしねえよ」
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