大文字伝子が行く36改

クライングフリーマン

元総理暗殺

 === このお話は、言うまでもなく、フィクションです。===

 ============== 主な登場人物 ================

 大文字伝子・・・主人公。翻訳家。EITOアンバサダー。

 大文字学・・・伝子の、大学翻訳部の3年後輩。伝子の婿養子。小説家。

 愛宕寛治・・・伝子の中学の書道部の後輩。丸髷警察署の生活安全課刑事。

 愛宕(白藤)みちる・・・愛宕の妻。交通課巡査。

 依田俊介・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。あだ名は「ヨーダ」。名付けたのは伝子。宅配便ドライバーをしている。

 福本英二・・・伝子の大学の翻訳部の後輩。高遠学と同学年。大学は中退して演劇の道に進む。

 福本(鈴木)祥子・・・福本の妻。福本の劇団の看板女優。

 物部一朗太・・・伝子の大学の翻訳部の副部長。モールで喫茶店を経営している。

 逢坂栞・・・伝子の大学の翻訳部の同輩。物部とも同輩。美作あゆみ(みまさかあゆみ)というペンネームで童話を書いている。

 南原龍之介・・・伝子の高校のコーラス部の後輩。高校の国語教師

 南原蘭・・・南原の妹。美容室に勤めている、美容師見習い。

 小田慶子・・・やすらぎほのかホテル東京副支配人。依田の婚約者。

 山城順・・・伝子の中学の後輩。愛宕と同窓生。

 久保田刑事(久保田警部補)・・・愛宕の丸髷署先輩。相棒。

 久保田(渡辺)あつこ警視・・・みちるの警察学校の同期。みちるより4つ年上。警部から昇格。

 久保田管理官・・・警視庁管理官。久保田警部補の叔父。

 橘なぎさ二佐・・・陸自隊員。叔父は副総監と小学校同級生。

 服部源一郎・・・南原と同様、伝子の高校のコーラス部後輩。

 青山警部補・・・丸髷署生活安全課課長。

 松下宗一郎・・・福本の元劇団仲間。

 本田幸之助・・・福本の元劇団仲間。

 草薙あきら・・・EITOの警察官チーム。特別事務官。ホワイトハッカーの異名を持つ。

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 伝子は叫んだ。「やめろー!!」


 金曜日。伝子のマンション。

 テレビニュースを観ている、高遠。

「伝子さん、大変だあ。阿倍野さんが亡くなったよ。銃で撃たれたって。」

「阿倍野さん、って『あべっこマスク』の?」二人は思い出していた。コロニーが流行り、市中にはマスクが消えた。転売屋組織の買い占めの為に出回らなくなったのだ。

 当時の阿倍野総理は国民に約束した。全ての家に布マスクを配布すると。届き出すのに数ヶ月かかった。野党とマスコミは叩いた。『遅い』と。届き出すと、今度は『小さい』と叩いた。

 殆どの人は届くまで、何とか凌いだ。数万円で取引されるマスクなぞ買える訳もない。ある野党議員は、「あべっこマスク反対派と知っての狼藉か!」と息巻いた。

 住民票に基づく配布ではなく、『郵便受け』のある建物に虱潰しに配布する形だったのに、把握していなかったからだ。配布を決めた会議をエスケープしたから知らなかったのだ。

 戦後の(米などの物資)配給以来のお上からの配給だからと、後期高齢者の一部ではありがたがられた。

 当時は飲む治療薬どころか、ワクチンも無かった。阿倍野総理は、感染被害者が多い国から、という原則論が飛び交う中、外交術で、何とか『第一便』のワクチンの取り付けをした。

 マスコミと野党はストックが大量にあるわけでも無いのに、今度はワクチン到着が遅い、と叩いた。病気が悪化した為に、止むなく姿氏に総理のバトンタッチをした。

 そして、今度は阿倍野元総理の病気の揶揄を始めた。珍しい難病の為、患者の会が出来ていた。患者の会は黙っていなかった。揶揄は止まったが、謝罪する者はいなかった。

 亡くなった知らせを聞いても、揶揄する者がいた。「阿倍野総理は人間じゃない。」みたいなことを言う者もいた。まるで「中世の魔女狩り」のようだった。

 謝罪すべきことは潔く謝罪、決断すべきことは早期決断。気さくな面もあり、気難しいアメリカのカード大統領にも信頼された。宗教や思想は現実を見させない。銃撃犯人もやはり、世間を、将来を、見誤った人物だった。

 その日の夕方。心肺停止だった元総理は、帰らぬ人となった。68歳。政治家としては、まだまだ活躍出来る年齢だった。翌々日の歓喜院議員選挙の為の応援演説を奈良県で行っている最中の出来事だった。警察の不備をあげつらう人々がいた。裏事情を知らずに。

 翌土曜日。伝子のマンション。

 EITOベース用の画面に理事官が深刻な面持ちで現れた。

「大文字伝子君。助けてくれ。」「何です?」

「橘一佐が病院から抜け出した。何でも担当看護師の話では『思い出した』とか『しまった』とか言っていたらしい。阿倍野元総理の銃撃のニュースを見た後だった。」

「ひょっとしたら?」「うむ。一佐は記憶の全部を思い出したに違いない。銃撃に関することだ。」「陸自バッジで探せないんですか?」「正確には探せない。本人が押さない限りは。今分かっているのは東京都内。それだけだ。」「わかりました。あの時の写真でもう一度探しましょう。」

 画面が消えた後、高遠はLinenで皆に連絡を取っていた。緊急テレビ会議が開かれた。

「雲を掴む話だな。あの時、皆余ったチラシを持って帰った。それぞれでコピーして大きな駅で配ろう。」と物部が言った。

 山手線主要駅の東京駅、上野駅、池袋駅、新宿駅、渋谷駅、品川駅の6駅を物部・栞、福本・祥子、依田・慶子、南原・蘭、山城・服部、松下・本田が受け持ち、青山と愛宕とみちるはコンサートホールや病院に「家出人探しています」の貼り紙を貼った。

 2時間後。本庄病院から一番近い池袋駅で目撃情報があった。続いて、Linenの情報関連で、サンシャインシティで見かけたという情報が入って来た。

 伝子はサンシャインシティから網を広げることにし、他の地区の担当者には引き上げて、移動するように指示した。

「草薙さん。」伝子がEITOベース用PCのディスプレイに向かって呼びかけると、草薙が画面に出た。

「何でしょう?」「サンシャインシティの催し物で、政府と関連づけられるようなことはないかな?」「しばし、お待ちを。」伝子が煎餅を2枚食べる間に草薙は答を出した。

「サンシャインビルの2階のホールで今夜ライブがあるんですが、虹町あかりのライブです。虹町あかりは、前総理の姿美英の娘、姿茜の芸名です。」

「それだ!!学。みんなを引き上げさせろ。」そう言って、こんどはあつこに電話した。

「あつこ。すまんな。今夜のサンシャインのライブにSPチームを配備してくれ。姿元総理の娘が銃撃される。なぎさは力ずくで阻止する積もりだ。」

「了解。」「草薙さん、理事官から元総理にライブに行かないようにお願いして。」

「こちらも了解。」

 午後7時。6時半に開場し、ライブは盛り上がっていた。突然、男が現れ、あかりに銃を構えた。その男に、どこからか飛んできたナイフが刺さった。すぐにSPがあかりを遠ざけ、客に変奏していた警官隊が男を取り押さえた。ワンダーウーマンに扮装したみちるが、男に平手打ちをした。

「流石だな、ワンダーウーマン。後は我々に任せて下さい。」と、青山警部補が言った。

 姿元総理の家。車に乗り込もうとした元総理に短筒を向ける男がいた。

「そこまでだ!」車の前に立ちはだかった女性がいた。橘なぎさである。

「お前は?ああ。シャブ漬けでレイプされてヒイヒイ言っていた、お嬢さんか。処女は格別だったな。」「きさまああああああああああああああ!!」

 なぎさは、いつの間にか手にしていた三節棍で男の短筒を払った。飛んだ短筒を、『釣りタモ網』で、ワンダーウーマン姿のあつこが受け取り、久保田警部補にリレーした。

 久保田警部補が、控えていた爆発物処理班に短筒を渡した。

 なぎさは、男にナイフを振り上げようとしていた。

 ワンダーウーマン姿の伝子は叫んだ。「やめろー!!」

 伝子はナイフを蹴った。

 男はヘラヘラ笑いながら伝子に言った。「助かったぜ、ワンダーウーマン。」

 伝子はボディーブローを男に打ち込んだ。「助ける積もりはない。」

 そう言い、振り返って、久保田警部補に言った。「お願いします。」

 久保田警部補がうなずくと、警官達を呼んだ。

「ダブルキーック!!」二人のワンダーウーマンが叫ぶと、男は前につんのめった。

 姿元総理の秘書が近づいて来た。「ありがとうございます。」

「いいえ。あなたも逮捕します。」と久保田警部補は秘書に手錠をかけた。

「阿倍野元総理の事件の犯人も秘書が『手引き』していました。そこで、あなたの経歴や行動をチェックしました。全て阿倍野元総理の秘書と同じパターンですね、大林さん。ハニートラップですか。羨ましくも何ともない。欲がないものでね。おい、頼む。」

 警官達が大林を連行した。久保田警部補は伝子達に近づいた。なぎさは肩を振るわせ、伝子に体を預けて泣いていた。

 あつこは久保田警部補に言った。「まこっちゃん、リンゴ好きよねえ。」差し出されたハンカチでナイフをくるむと、あつこは腰のベルトにさした。

 午後11時。

 歓喜院議員選挙は、いよいよ明日だ。

 翌日の日曜日。

 午前6時から、選挙投票所に向かう人々がテレビに映っていた。

 午前11時。沖縄から少し離れた領海。

 隣国の船が近づくと、日本の原潜と護衛艦が現れた。そして、海上保安庁の船も。護衛艦の甲板には30人のワンダーウーマンがいて、隣国の船に対峙していた。そして、海上保安庁の船にも10人のワンダーウーマンがいた。

 正午。隣国の船は遠ざかって行った。

 伝子のマンション。EITOベースからの中継の画面を伝子達は観ていた。

「凄いなあ。こんなのテレビでも映画でも観たことない。」と依田は興奮して言った。

「だろう?こんな安上がりな抑止力はない、自衛隊員や警察官にはない発想だ、と副総監も陸将も喜んでおられた。勿論、海将空将もだ。ありがとう、アンバサダー。それに諸君、前回に続いて地道な作業ご苦労だった。ありがとう。一佐、ご機嫌は治ったかな?」

「はい。」と元気よく言って、なぎさは皆に頭を下げた。

「心配かけてごめんなさい。石井と谷津兄弟と、今回逮捕した中道と、奈良で阿倍野元総理を襲った岩田の四人は、所謂アベノンノンで、ネットで知り合った人物、いや、人物達に雇われたの。阿倍野元総理や姿元総理の娘の襲撃は一ヶ月前から準備をしていて、そのメモが頭の片隅にあったの。朦朧としながら、岩田のアジトまで行こうとしていたのね。」

「じゃ、ハルカスに行こうとしていたんじゃなく、近鉄で奈良に向かおうとしていたんだね。」と福本が言った。

「そう。4人にレイプされた時は死んでしまいたい、と思った。でも、みんなにまた会えて嬉しいわ。総理秘書は多分、隣国に総理が行った時にハニトラかマネトラにあったのね。」

「中道は、私たちが叫んだだけでビビった。所詮その程度の男だったのよ。」と、あつこが言った。

「姿元総理の娘は落ち着いたら改めてライブを行うということだ。ワンダーウーマンのオファーを言われたが、『悪人が多いからなかなか来れないと思います』って言っておいたよ。」と久保田警部補は言った。

「私はいつでも・・・。」と言いかけたみちるに、愛宕は「オファーはワンダーウーマンじゃないか。君は僕の奥さんだろ?白藤警部補。」と言ったので、皆笑った。

「黒幕は?二人の秘書?」と南原が言うと、「今夜が最終決戦だ。」と伝子が言った。

 午後8時。選挙の開票が始まった。10分後。与党の移民党が大勝確実となり、選挙第一主義で、何でもかんでも『見当をつけます』と口癖のように言う、『見当師』志田一郎の政権は安泰となった。

 選挙時事務所。休憩に事務所の外にでた、総理秘書の町屋は、十数人の男に囲まれた。皆、銃を持っていた。

「何者だ、あんたらは?」「作戦の失敗は償って貰う。日本では、政治家の責任は秘書が負うんだよな、町屋さん。」と、男達の中の一人が言った。

「町屋はこっちに渡して貰おうか?」と、ワンダーウーマンが言った。

「お前がワンダーウーマンか。昼間のワンダーウーマンのどこにいた?」「昼間?ああ、ラーメン食ってた時かな?」「ふざけやがって、やっちまえ!」

 15分後。銃を構えていた筈の男達は『4人』のワンダーウーマンにやられて、夜空を見てのびていた。男達は警官達が全て連行して行った。

 ずっと、見ていた町屋を、久保田管理官が手錠をかけた。「あなたにお聞きしたいことがあるのでね、2人の元総理の後ろから何を指示していたか、ってことをね。」

 警官達が連行していくと、騒ぎを聞きつけやって来た総理に向かって、久保田管理官が言った。「ああ、総理も逮捕されますので。別動隊の仕事だけど予告しておきますね。」

 午前0時。『選挙の日』は終わった。

 翌日。阿倍野元総理の国葬が決まった、とテレビで報じられた。

 ―完― === 非業の死を遂げられた、英雄安倍晋三氏の死を悼んで ===




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