第3話 田中 琉生樺 17歳
私は田中
「はあ…。」
どうしよう。
普段開くともと思っていなかった本を開いている自分が嫌になる。
「妊娠しちゃった…」
通勤ラッシュの山手線にいる周りの人にも気づかれないほどの小さな声で言ったのに。
「妊娠しちゃった⁉」
少し大きいだろ、と思う声を出し、遠くの方の本棚にいた子が近づいてきた。
「しーっ!」
周りの人たちがこちらを見る。
取り合えずあの距離から聞かれていた驚きを隠し、静かにするように言う。
「あ、ごめんなさーい」
その顔を見て結局驚く。
女神の様な造形。
黒く艶々としたロングヘア―が雪のような白さの肌に映える。
しかも瞳は鮮やかな紫。
日本人ではないけれど、外国人でもない。
しかも声は鈴のよう。
漫画や小説の挿絵から飛び出してきたかのようである。
小声で言う。
「大きな声出さないでよっ!ってか、なんで分かったの⁉」
「すみませんっ。あ、でも大丈夫ですよ。
あと、本の題名が見えれば誰でもわかりますって。」
「…」
「私、周りの人には見えていないんで。」
「はい?」
「事実、事実ですよ。」
「じゃあ何で周りが私達の事見たのよ⁉」
「それは、誰もいないのに突然「しーっ!」って言い始めたからに決まってますよ」
「じゃあ、本当に周りから見えてないってことを証明してよ」
「はいはい。」
面倒くさそうに周りの席の人たちの前を回っていく。
あの子が髪をつまんだりするとされた人は不思議そうな顔をして辺りを見回し、
変顔を目の前でするとまったく気づかない。
周りの席を全て回ると、私のところに戻ってくる。
「ほら、誰も気づかないでしょ?」
「それは認めた。じゃあ、なんで気づいたの?」
「それは…、秘密ですね。周りに変な顔をされてますけど、大丈夫ですか?」
確かに周りが変な顔をしてみている。
「うわ、やばい。トイレの個室で話さない?」
「あ、良いですよ。琉生樺さん1人で入っていくように見えますしね。」
図書館に併設されているトイレに行き、小声で話し始めた。
「…琉生樺さんは今、本当に好きな人との間に子供が出来たと。
でも親になんて言えばいいかわからなくて今のところ2人で抱え込んでいると。
2人は堕ろしたくないと。」
「そう。」
もう驚かない。あの子が人ではない、ということが分かったからだ。
「どーしますかねぇ…」
「あのさ、いつの間にかあんた私の相談役みたいになってない⁉」
「いーじゃないですか。問題も解決されるんだし。」
「はあ…。」
「ま、とりあえず両家の親に言えばいいんじゃないんですか。
『子供妊娠した』ってさ。意外と受け入れてくれるかもよ。」
この子が言うと、それで良いような気もしてくる。
「んー、でもさ、条件とか、絶対出されるじゃん。」
「それは例えば、朝学校に行く前と夜学校から戻った後は学校のある琉生樺さんが
赤ちゃんのお世話をして、昼は定時制の学校に通ってる現在18歳の夫さんがお世話するとか?
琉生樺さん、部活とかは言ってないみたいですし。」
「それだ。
「多分、どっちかの家の人は認めてくれると思うんで。
どっちも金持ちなんだから、金の心配はいらないでしょ。」
確かに事実と言えば事実だが。
いったいこの子はどこで情報を手に入れているのだろうか。
「秘密です」
「言うと思った。ってかあんた、秘密だらけじゃん。」
「あー、それはそうですね。」
「認めたな。」
「んじゃ、多分これで解決するんで。
私はこれで。さよならぁー。」
「え?え?」
え、と言っているうちに女の子の姿は薄くなり、消えてしまった。
「取り合えず、修己と話してみるか…。」
お腹を撫でて、トイレから出た。
さあ、修己の家へ行こう。
5年後のある日の朝。琉生樺22歳、修己23歳。
「パパー、お腹すいたぁー。」
「ちょっと待っててね。もうすぐでできるから。」
私は無事、両家の親に出産と結婚の了承を貰った。
法律的な事もいろいろあったが、元気な男の子を生むことが出来た。
今は3人でマンションに暮らしている。
男の子の名前は
優紀は今4歳。保育園に行っている。
私は保険会社で、夫は旅行会社で働いている。
朝の家事は夫が、夜の家事は私がしている。
優紀は保育園へ出かけた。
その保育園は始まるのが割と早い。
私達より前に保育園へ行く。
夫が家の前に来る保育園バスに優紀を送り、帰ってきた。
出発まであと30分ある。
「あのさ、私たちが結婚して優紀を産めたのって、誰のおかげか知ってる?」
「え…?最初に提案してくれた琉生樺と、許してくれた両家の両親、じゃないの?」
「まあ、それもある。それもあるけど…」
私は、あの17歳の時の話をした。
「…っていうことがあってさ。ほんっと、あの子のおかげだよ…。」
「そうだったんだな。琉生樺も僕も、その子に感謝しないとだな。」
「そうだね。」
綺麗な紫の眼をしたあの子、本当にありがとう!
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