第3話 とある日の将棋

 俺は理沙と二人で将棋を打っている。二人の共通の趣味が将棋なので定期的に勝負している。実力は同じくらいだ。パチン、パチン。変な手を打たないように慎重に指していく。


「実は最近、絵里さんから電話が来て、二人で食事をしたんだ。銀座の美味しい天ぷら屋さんで夜ご飯を食べたんだけどね。すごいお洒落な雰囲気のお店でしっぽりお酒を飲んじゃった」


「日本酒と天ぷらが合ってて、美味しかったなあ。もちろん天ぷらは美味しかったんだけど、味噌汁と、普通の白いご飯でさえも美味しかったからね。後、締めでデザートが出てきたんだけど、フルーツがすごい美味しかった! フルーツまで美味しいとはすごい店だなあ、と思ったね。銀座はすごいね。普段行くことが無い場所から貴重な体験をしたよ」


「結構な金額になったんだけど絵里さんが払ってくれてね。カードでってスッとクレジットカードを出す姿、大人な感じでカッコよかったなあ。しかもクレジットカードはゴールドだったんだけど、持つのが難しいカードだよね? すごいよねえ」

 パチン、話しながらにも関わらず鋭い手を打つ理沙。これは長考が必要だな。


「絵里さんが、この前は怒っちゃってごめんなさい、って謝ってくれたんだ。女の子としてちょっと嫉妬しちゃったって言ってた。私も大人だからちゃんと謝ったよ。勝手に料理を作るなんてしちゃってごめんなさいって。とりあえずこれで仲直りかな?」


「なんか昔、絵里さんの元カレの家に行った時に浮気相手の女の子が料理を作って待っていたことがあったんだってさ。で、そこで発覚したのが実は絵里さんが浮気相手側だったといことだと。本命じゃなかtたんだってさ。トラウマになっているらしくて、それを思い出したらしいよ。また浮気相手なんかと思って取り乱しちゃったって言ってた。私は妹なのにねえ」


「まあこれだけ可愛い女の子だったら浮気相手も間違えられても仕方ないかな? なんちって。けどそんなエピソードがあるならその場で話してもらえれば大喧嘩せずに済んだのにね。まあ流石に大人だからそんなことは言わなかったけど」


「まあそんな話を聞いて、すっかり絵里さんに同情しちゃったよ。私も大人になったなあ。昔ならそんなこと知らないです、私はお兄ちゃんのお世話をしたいだけなんです、ってぷんぷんしてただろうにね。これからは勝手にお兄ちゃんの家に行くのは辞めないとなあと思っちゃった。事前に連絡してから行くようにするよ」

 パチッ。この手でどうだ。


「お互いの趣味の話なんかしてね。絵里さんは旅行とゲームが好きなんだって。ヨーロッパにアメリカ、オーストラリアに南米と色々なところにバックパッカーとして行ってるんだって。インドが1番面白かったらしいよ。大変だったらしいけど」


「ゲームも大好きらしくて、仕事終わりにはいつもお兄ちゃんとゲームしてるんだってさ。今度一緒にレーシングゲームをしようと言われたよ。テレビゲームは全くわからないから断ったけどね。将棋はどうですか? って言ったら将棋はわからないってさ。残念だね。将棋こんなに面白いのにね」


「将棋はスマホゲームでオンライン対戦するのもいいけど、こうやって盤を使ってパチパチ打つ方が面白いね。なんか音が心地よいというか。後、時間制限自由で勝負できるのもいいね。こうやって話しながら良い手を考えても問題ないというか。スマホゲームだと持ち時間が短いから最後には適当に打つことになったりして焦っちゃうからね」

 パチッ。


「なんというかね、私も気持ちは前向きなんだ。お兄ちゃんの幸せを祝福したいし、絵里さんと幸せになってほしいとも思ってる。ただ、まだ気持ちの整理には時間がかかりそう。絵里さんのこと好きになったかというと、そうはいえないなあ。やっぱりそこに関してはまだまだ時間がかかりそう」


「言ってしまえばポッと出の新キャラなわけじゃん。私とお兄ちゃんの20年の繋がりと比べるとほとんどゼロに等しい繋がりなわけでしょ? それで同じレベルで扱われるのはなあ…… 」


「でもまた、お兄ちゃんの新しい一面を教えられたよ。最近脱出ゲームにハマっているらしくて色々な所に行って挑戦しているんだって。今年だけで10箇所以上行ってるらしいよ。日本中の遊園地なんかに友達と行って謎解きをしてるらしいよ。この前はわざわざ大阪まで新幹線で行ったらしいんだ。皆で謎を解きながらミッションを全て完了させてゴールになるから役割分担しながら進めていくんだって。

 他にもマーダーミステリー? だっけな。犯人を推理するゲーム? そんなのもよく友達と遊んでるんだって。昔はミステリーの本とか大嫌いで全く読んでいなかったし、ボードゲームさえ途中で放り出してたのにねえ。知恵の輪も全然出来なかったし将棋もすごい弱かったのに。頭を使って考えるのが楽しいみたいなんだけど、キャラ変わりすぎじゃない? 何があったんだろってびっくりしちゃったよ」

 

「後、肩こりもひどくなったらしくて毎日のように絵里さんがマッサージしてあげてるんだってさ。社会人になってパソコンで作業するようになったからなのかな? マッサージなら私得意だよ、ってお兄ちゃんにLINEしたら既読スルーされちゃったけど。私の扱いがどんどん雑になってるよ」


 パチッ。駒を打つ音が部屋に響く。そろそろ一気に攻めるか。


「むっ。中々厳しい手を打つね。ちょっと強くなったんじゃない? まあまだまだ私に勝とうだなんて10年早いけどね」


 パチッ。すぐに打ち返された手は非常に難しい手だ。これはまた考えるしかないな……


「兄妹でYoutubeやってるチャンネルあるじゃん。ああいう関係もありだよね。仕事の関係だけど兄弟らしく仲がいい感じとかさ。カップルチャンネルとは違う良さがあるよ。カップルチャンネルは別れると基本的に終了だけど、兄妹なら破局はないからね。」


「で、二人でご飯を食べながら雑談する動画や買い物に行く動画、ドッキリしあう動画なんかを撮影して投稿するの。お兄ちゃんとやってみたいなあ。ただお兄ちゃんあんまりトークが面白いタイプではないんだよね。どっちかというとあまり話さないタイプだから、チャンネル作っても伸びるとは思えないのが残念だけど。なかなか初見で魅力が伝わるタイプではないんだよね。伝われば人気が出ると思うんだけど、そこまでの道のりが大変そう」


 パチッ。パチッ。パチッ。お互いに駒を進めていく。


「王手。これでどうだろう? そろそろ終わりじゃない?」


 パチッ。パチッ。パチッ。


「そういえば負けた時にどうするか決めていなかったね? 負けた方は何かする? 私が負けたら…… マッサージをしてあげるよ。君が負けたら…… 買い物の荷物持ちをしてくれるかな?」


 パチッ。パチッ。パチッ。


「おお、また盛り返してきたね。やるなあ。マッサージして欲しいのかな?」


 パチッ。パチッ。パチッ。パチッ。パチッ。

 お互い余裕がなくなり、考える時間が増える。そして少しずつだが俺が押し始めた。この調子で行けば勝てるかもしれない。

「将棋って奥が深いよね。順調に攻めてても1手で逆転されることもあったりとか。今の盤面だとどっちが勝ってもおかしくないよね」


「ちなみにお兄ちゃんには私負けたことないんだ。いつも私が勝っちゃうから途中から勝負してくれなくなっちゃった。だから大体相手はおじいちゃんとかお父さんだったよ。どっちも結構強かったから鍛えられたよ。本を読んで勉強したりもしたなあ」


 パチッ。パチッ。パチッ。


「あー負けました…… 投了です。いやーあそこから逆転されるなんてね。余計なこと言わなかったら良かったなあ。ちゃんと肩と腰をマッサージしてあげるよ。」


「こんな暑い時にマッサージなんてしたら汗まみれになりそう。今度マッサージしにいくからその時はエアコンちゃんと着けてね? 汗だくでマッサージとかしたくないからね?」

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