第2話 とある日の散髪
土曜日の夜、俺は家で理沙に髪を切ってもらっている。散髪セットは一式理沙が持ってきてくれた。
チョキチョキ。器用にカットしていく理沙。思ったより上手だ。
「髪切るの上手でしょ? 今までずっとお兄ちゃんの髪を切ってきたからね。でも…… お兄ちゃんは、今はお嫁さんが髪を切ってるんだってさ。「髪切ろうか?」って言ったら「絵里さんに切ってもらうからいいよ」って。絵里さん元美容師だからね。私の役目は御免ってわけ。私も散髪自信があるんだけど、プロには敵わないよ。」
チョキチョキチョキ。散髪を続けながら理沙の愚痴は続く。
「この前お兄ちゃんの家に行ったんだけど、絵里さんと喧嘩になっちゃってさ。お兄ちゃんはどっちつかずでオロオロしてるし、最悪だったよ。なんかね、久しぶりにご飯を作ってあげようと思ってこっそりお兄ちゃんの家に入ってハンバーグ作ったの。仕事で疲れてるだろうなと思って、たくさん食べれるように大きいハンバーグを作って待ってたんだけどね。そしたらお兄ちゃんが絵里さんと一緒に帰ってきて」
「絵里さんがご飯を作る予定だったみたいで、スーパーの袋持ってたんだ。で、玄関で鉢合わせて。「何してるの?」って聞かれたから「ご飯作ってました」って言ったら怒られちゃった。私が考えて食材買ってきてるんですけどってさ。勝手に家入るなんてどうかと思いますよって言われたから思わず言い返しちゃったけどね。家族だからいいでしょって」
「お兄ちゃんは困った顔しているだけで何も言わないし、絵里さんは怒ってるし、私もイライラしているしで大喧嘩よ。流石に殴り合ったりはしなかったけどね」
「まあ確かにさ、一言言わなかった私も悪いと思うよ? でも別に今日は私のご飯食べて、明日絵里さんのご飯を食べればいいじゃん。それだけなのに怒っちゃってさあ」
チョキチョキチョキチョキ。とんでもないエピソードに俺もお兄ちゃんばりに困惑している。というか誰でも困惑するだろう。あータバコが吸いたいな。
「やっぱり絵里さんは自分がお兄ちゃんの家族だという想いがあるんだろうね。出会って数年しか経っていないのによくそこまで思えるもんだよ。私なんてもう20年家族やってるんだけどね」
「昔も彼女にちょっかいをかけてお兄ちゃんに怒られたことあるんだけどね。お兄ちゃんがお風呂入ってる間に勝手に彼女さんとLINEしたりとかね。後は実家でいい雰囲気になってる時を察して部屋に突撃したりとかしてたよ。でも大体いつも可愛い妹さんだね、って彼女さんは笑ってくれたんだけどなあ。絵里さんの心が狭いのか、奥さんだからかはわからないけどね。絵里さんは他の女に嫉妬するようなタイプに見えなかったけど、わからないもんです」
チョキチョキチョキ。
「そもそも私に彼氏いないのもお兄ちゃんと比べちゃうからなんだよ。お兄ちゃんと比べると良い男がいないっていうだけで…… お兄ちゃんが悪いんだよ。普通に大学生してたらモテモテなはずなんだけどなあ。私見てよ。料理も出来て散髪も出来て、他も掃除や洗濯ばっちりだよ? しかも自慢じゃないけど顔も整ってるし、スタイルもいいんですけど。今時こんな全部完璧な大学生女子は珍しいと思うんだ。多分私が本気出せばすぐ彼氏なんて出来ると思うんだけどさあ」
「わかると思うけど結構モテるからね。高校時代は違う学年の後輩から告白されたこともあるし。大学では時々合コンに連れられて行ったけど、連絡スルーしてたらあまり発展がなくてね。ナンパもよくされるけど怖いから全部無視してる。その結果今のところフリーですよ。まあそもそもやっぱお兄ちゃんと比べるとどうしてもね…… 顔がイケメンとか、性格がいいとかいうわけではないけど、全体的な雰囲気? が全然違うんだよ。優しくて包容力があるというか、癒されるというか…… お兄ちゃん会ったことないよね? 一回紹介したいなあ」
チョキ、チョキ、チョキ、チョキ。
「前髪切るね。そういえば、お兄ちゃん以外の人の髪の毛切るの初めてなんだ。やっぱりちょっと髪質が違うね。お兄ちゃんの髪はもうちょっと硬いけど君の髪は柔らかい感じ。ねえ、友達に髪の毛切られるのって恥ずかしい? それとも興奮する? ふふふ、近いから恥ずかしいね」
「ふう、なんとか出来たかな。鏡見てみてね。あ、そうだ。眉毛も整えてあげるね」
特に問題なく綺麗に髪も眉毛も整えられていた。思ったより理沙は散髪が上手なのかもしれない。
「あ、ちょっと大人しくしててね」
ブーン。ドライヤーで残った髪の毛が床に飛ばされる。
「どう?気に入ったら嬉しいんだけど。一生懸命頑張ったからね。そうだ。ねえねえ、今度はパーマとか挑戦してみる? 軽く巻くのもオシャレな感じで似合いそう。後、カラーリングだね。茶髪とかどうかな? やったことはないから失敗したらごめんね。でも似合いそうだからチャレンジしてみたいな」
なぜか俺の髪に興味が湧いてきたようだ。勘弁してくれ。
「そうだ。せっかくだからご飯も作ってあげるよ。本気のオムライスを披露してあげようじゃないか。家族じゃない男の人に振る舞うの初めてだよ? 誇りに思ってくれて良いんだよ。さ、早速具材を買いに行こうか」
「オムライスのお肉は、鶏肉とウインナーとどっちがいい? お兄ちゃんの好みはウインナーなんだけど、君の好みに合わせてあげるよ。私、オムライス得意なんだよね。卵をふわふわにして綺麗に包むこともできるんだ。オムライス屋さん開けるかなあ、と思ってるくらい自信作なの」
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