第8話 そして、君が産まれる前から、僕は君の欠片を拾っていたんだ。

 濃いベージュ髪の筋肉質で大柄な男は、


「いいところで会ったな! 青年! そして! 青年よ! お前たちに頼みがある!」


「嫌です」


 アイファ・シューラーに間髪を入れず断られた。


「早いな! そして酷いな!」


「初めて会った身分もわからない人に力を貸すほど、俺は浅はかではありませんから」


「身分か! 確かにそうだな! 社員証を見せればいいか!? 俺はあの有名なラボの……」


 大柄な男は、白衣のポケット、ズボンのポケットを触り、


「ん……?」


 ワイシャツの胸ポケットまで触ると、


「——……」


 血色よかった健康的な顔色が一気にあおざめ、冷や汗をかき始めた。


「身分を証明できるものをお持ちではないみたいですね、それでは」


 アイファが踵を返すと、


「わー! 頼む! 待ってくれ!」


 大柄な男は両腕を広げて彼の前に立ち塞がった。


「俺は魔法薬理学者で! あの有名な魔法植物研究所MPLで助教をしている、ディック・クロウという者だ! 決して怪しい者ではない!」


 ディックと名乗った男の必死さは、


「それ、よくある手口ですよね」


 冷静沈着なアイファには伝わらなかった。


「え?」


「最近よく、報道番組で見るじゃないですか。魔法植物研究所MPLの研究員を名乗った、詐欺を」


「あ、ああ、確かに」


「この間は高齢の女性が、不治の病を治す薬とか言われて高額で購入させられた上に、体に毒な有害な成分が入った薬で、亡くなったという悲しい報道を見ました」


「た、確かに」


魔法植物研究所MPLは、ラボの中でも一二いちにを争う、有名な所です。そこの研究員を名乗れば、信用してしまうでしょう。白衣を着ていれば」


「た、確かに……」


 ディックの大きく響く活発な声は、段々と消沈していった。


「と、いうわけなので、身分もわからない信用できない人間には、協力できません。異論は?」


「ありません……」


 ディックは肩を窄め落とした。


「わかっていただけたなら結構です。それでは」


「……異論はないがー!」


 だが、ディックは諦めていなかった。


「俺の話をもう少し聞いてくれ! 今! 麓の村が緊急事態なんだ!」


「緊急事態?」


「そうなんだ! 人手がどうしても足りないんだ! 村では今、妻が奮闘中で……。妻……? ああー!」


 何かを思い出したように、ディックは大声を上げた。


「何ですか、突然」


「そうだ! 妻! 俺はよく物を失くすから! 妻が社員証を預かっているんだった! よし! だから! 麓の村へ行こう!」


 ディックはアイファの両肩を力強く掴んだ。


「何が、だから、なんでしょうか?」


「妻も同じく魔法植物研究所MPLで助教をしているんだ! だから! 妻に会えば俺の身分は証明できる!」


「…………」


「俺のことは信用してくれなくて構わん! だが! 俺ではなく、麓の村人を助けると思って! 力を貸してくれ!」


 ディックは真っ直ぐにアイファを見据えた。その瞳に揺らぎはなく、曇りもなく、熱意だけがあった。虚偽を言っているようには見えなかった。


「……わかりました」


 アイファは渋々、了承した。


「助かる!」


「しかし、あくまでも麓の村の現状を把握するためです。あなたのことは、微塵みじんも信用していませんから」


 相変わらずアイファは辛辣しんらつだったが、


「良い青年に出会えた! やはり俺はついているな! わっはっは!」


 ディックは気にしていないようで、豪快に笑った。



 これが、ミッチェル・クロウの父親、ディック・クロウとアイファの、必然的な出会いだった。

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