第3話 彼女と

「……何よ、これ」


 三年前のある日、ブロンド髪をポニーテールにしたイアリ・ドレイユは、猛勉強の末、難問山と言われている魔法植物研究所MPLの試験を何とか突破し、ラボの入り口で突っ立っていた。


 彼女に採用通知と共に送られてきたのは、入所式の日時と場所、それとラボまでの地図のみだった。


「何よこれー!」


 ラボは、とてつもなく広かった。


 一番奥の教授たちが暮らす、研究棟は一本道でわかりやすいのだが、それ以外は侵入者対策のために、入り組んでいた。そう、まるで。


「巨大迷路じゃなーい!」


 巨大迷路なのである。


 彼女の周りには、同じような紙を持ち困り果てる人たちがいた。恐らく入所式に来た同士だと、イアリも気づいた。だが、派手な見た目とは違い、彼女は、


「……挨拶もしてない初めましての人に、聞けるわけないじゃなーい!」


 激度の人見知りだった。


「でも、どうしよ! 入所早々大遅刻! そんなんで目立ちたくないよー!」


 べそをかき始めたイアリに、


「あのー、入所式に来た新人さんですか?」


 声をかけてきた者が一人。

 イアリはぱあっと顔を明るくし、声の方を振り向いた。


「そうなんですー! 迷子になってしまっ……」


 声をかけてくれた人を見て、声が弱まっていった。


「あの、何か?」


「もーっ、ダメじゃなーい。おチビちゃんが迷い込んじゃー。お父さんに会いに来たの? それともお母さん?」


 低身長童顔の、見た目は十代前半なピンク髪の女性の肩を掴んだ。


「確かに私は“おチビ”と呼ばれていますが……、こう見えて二十二です!」


「二十二!? え!? タメ!?」


「え? 同い年?」


 緊張の糸が一気に解れたイアリは、


「いやーんっ、こんなにちっさくて可愛い子がタメなんて信じられなーい! かーわーいーいー!」


 当時、二十二歳だったミッチェル・クロウを抱きしめた。


「——お胸が、ボインボインだ……」


 ミッチェルがイアリの胸の大きさに感動していると、


「やぁ、入所式に来た新人さんかな? おや、一人はクロウくんだったか、これは失礼」


 二人に温和で爽やかな声がかけられた。


 声の主に、


「オネット教授、それ、わざとやってますよね?」


 ミッチェルはムスッとし、


「——……」


 イアリは目を見開き頬を紅潮させ固まった。


「わざとって何がだい?」


「だって、去年も私が困っていた新人さんを案内しようとしたら、そう言ってきましたよね?」


「そうだったかなー? もう五十四だから、最近物忘れが激しくてねー」


 ジェン・オネットは、あははとわざとらしく、でも爽やかに笑った。


「なら! 私が教えて差し上げます! 私がチビっ子に間違えられなくなってから! 覚えているだけでもこれで五回目です!」


「いやー、さすが“謎の天才ベビー”くん。記憶力もばっちりだねー」


「え……」


 “謎の天才ベビー”、その言葉でイアリは我に返った。


「そういえば、オネット教授はこんな所でどうしたんですか?」


「ああーそうだった。アイファを連れ戻してほしくてね」


「先生を?」


「うん、また入所式をサボタージュするみたいなんだ」


「えー! またですかー!」


「そう、また。だから、たまには顔を出せって言ってやって。あ、ほら、噂をすれば」


 ジェンが指した先に、猫背で暗緑色髪の男が、ふらふらと入所式がこれから行われる、大研究広間とは違う方向に向かっていた。


「わっかりましたー! 必ず連れていきます!」


 ミッチェルはイアリから体を離し、


「それじゃ、えーと」


「私? イアリ・ドレイユ!」


「イアリちゃん! また後で! 入所式でね! せんせー!」


 ミッチェルはイアリにぶんぶんと元気よく手を振ると、走ってアイファに向かっていった。

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