第2話 僕と

 数日後のある日、


「あっはっはっ。いやー、本当にすごいな、クロウくんは」


 涙を指で拭いなら、第二研究室に一人の男がやってきた。

 その男は、白衣を着て柔らかな茶色マッシュヘアーの、年相応な温和かつ爽やかな笑みを浮かべていた。


「ジェンか」


 アイファ・シューラーにジェンと呼ばれた男は、


「彼女はさ、発想が飛び抜けているよね」


 いつものように胡座をかいて、魔法薬理学の書物に読みふけっているアイファの隣に座った。

 彼は、ここ“第二研究室”の、一つ下“第三研究室の教授で、アイファと同じく魔法薬理学者だ。


「おチビは、何をやらかしたんだ」


「んー? お前が素っ気ないのは、胸が小さいからだと思い、成長促進剤を開発したんだよ」


「……馬鹿だろ」


「それがさ、配合を間違えてしまったのか、大きさじゃなくて、長さの方を強めてしまったらしくてね」


「……だから、馬鹿だろ」


「ロケットのように勢いよく伸びて、鞭のようにしなったクロウくんの胸と、それで遊ぶイアリが面白くてさ」


「……何やってんだ」


「あははっ。気にしなくていいのにね。アイファはむしろ、小さい方が好きなのに、な?」


「うるせぇ」


「むしろ、自分で揉んで大きくしたい、変態なのに、なぁ?」


「だからうるせぇぞ。俺の偏好へんこうに一々口を出すな。大体、俺の小せぇもん好きは、身長がこうなる前からだろうが」


 アイファは身長が百九十六もある。だが、ここまで背が高くなる前から、幼い頃から、彼は小動物のような小さいものが好きだった。


 そんな彼の偏好へんこうを、何故ジェンが知っているかというと、アイファ・シューラーとジェン・オネットは幼馴染みだからだ。互いの好みや性癖など、知り尽くしている。


「そうだったな、悪い悪い。それにしても」


 ジェンはふっと笑い、アイファを見た。


「何だよ」


「よく耐えているな」


「…………」


「クロウくん、お前の好みド真ん中だろ?」


「…………」


 アイファは頭をがしがしとかいた。何日も風呂に入っていないせいか、肩に頭垢ふけが落ちた。


「——なぁ、アイファ。そろそろいいんじゃないか?」


「……何がだ」


「もう、恋愛をしたって」


「……わかっているだろ。俺はもう二度と、人を愛さない、


「…………」


「それより、おチビはドレイユのとこか?」


「そうそう、イアリのとこ」


「相変わらずだな」


「な。妬けちゃうくらい仲がいいよな」


 二人が妬いてしまうほど、仲が良い、アイファの助手ミッチェル・クロウと、ジェンの助手イアリ・ドレイユ。

 彼女らは同い年で、出会ってすぐ意気投合し友人になり、今では大親友である。


 そんな、“恋する助手”な二人の出会いは、三年前に遡る。

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